第21話 果てなき彼方で輝いて
闇の中で輝く光に導かれながら、
気がつけば叶南は、星見宅の居間にあるソファで寝かされていた。
半身を起こした彼女の隣には、フローリングの床で横たわるエステルミア。眠っているかのように見えるがその意識は、依然として『
そんなエステルミアの胸元に、青く煌めく宝石を見つけて、叶南は拾い上げる。
ごめんね。小さな謝罪が口から漏れた。悲痛な思いが胸を圧迫する。
だがすぐに、視界の端で見た人物に安堵を覚えた。
「真礼……」
叶南の顔を覗き込むようにして、向かいのソファから腰を浮かす涙目の友人。当惑に満ちたその顔がくしゃっと歪んだ直後、みるみるうちに瞳の雫は膨れ上がり、頬を流れ落ちた。
瞬間、真礼は叶南に近づくや、
「ばかっ! もう、もう二度と、あんな無茶すんなぁあああ……っ!」
悲痛な泣き声を耳にするうち、叶南も自然と涙が溢れた。だが、それは
――でも、それでも私には救わなきゃいけない人がいる。
決意を確固たるものにするや、叶南は抱擁を解いて立ち上がった。
「行かないと」
「私も行く」
切実な目で同行を望む真礼を、しかし許すわけにはいかないと叶南は拒む。
「真礼、来ちゃダメ」
「ううん、行くから」
「でも危険すぎるよ」
「絶対に行く。私がデウス社のサーバーに侵入して、ワンダフルアリスの『
「そんなことできるの?」
「わ、わかんないけど、これでも一度は解析できたし。やってみる価値はあるし!」
技術的知識に秀でた真礼であれば、外部からのハッキングで妨害措置を施すことも可能かもしれない。もし成功すれば、この上ないアドバンテージとなる。これから決戦に赴く叶南からしてみれば、願ってもない援助であろう。
だが……。
「しょうがないな。けど、もし危なくなったら逃げてもらうよ?」
「うん、任せて。友達の危機だもん。見過ごすなんて無理――」
「私も同じだよ」
そう短い一言で微笑するが早いか、叶南は虚空に手をかざして魔法を使った。極彩色の光とともに現れる
「ちょっと!?」
「ごめんね、真礼」
「こんなのってないよ!」
その拘束が意味するところにやはり不安を抱いたのか。真礼は叶南との距離を詰め、すがるように手を伸ばし引き止めてくるが、それでも叶南は優しく振りほどいて後ずさる。
「もう誰にも傷ついてほしくないの。だから、ごめん」
「待って――叶南ッ!!」
悲鳴にも似た真礼の制止が、遠のく背中を追いかける。
激しい感傷が鋭く胸を抉るも、叶南の決意は揺らぐことを許さなかった。
真礼をこの場に残すのは正しい。死に追いやらずに済む。
叶南の運命とは違うのだから。
玄関扉を抜けると同時に、視界を瞬くふたつの飛影。ミネルヤが魔法のコートを連れ、屋外へと踏み出す少女の前に現れた。
「コイツを連れてけ! 気まぐれだが役に立つぜ!」
「そっか。ありがとう。じゃあ早速……」
言うや叶南は『
昂揚する肉体に意識を沸騰させながら、ディアアステルは『
するとそれまで橙色だったコートの生地が、ディアアステルの衣装に合わせて、目の覚めるような青に染まっていくではないか。
全身を
「どう? 似合ってる?」
「まぁ、いいんじゃねぇか?
「……あーもしかして……ぜんぶ知ってる?」
「ヘン! アイツの視覚を通してな!」
アイツ、と言及されたエステルミアを想起し、【聖女】はバツが悪そうに苦笑した。
「あはは、そっか。見てたんだ?」
あの〝祈りの彼方〟で起きた一幕を、ミネルヤもまた使い魔という立場を利用し、エステルミアの視覚を通じて見届けたのだろう。そしておそらくは、叶南が何をするつもりでいるのかわかっている。だからこそ、死装束などと口にしたのだ。
「……それで、自分の魔法は思い出したのか」
「うん、バッチリ。絶対に勝つから安心して」
そう胸を張って明るく宣言したはいいものの、やはりこれからする自分の行いを思うあまり、
記憶を取り戻したことで知り得たディアアステルの魔法は、エステルミアからの供給が無い今となっては魔力が足りず、その効果も乏しいままである――が、【聖女】の能力を一時的に向上させる〝
しかしそれは、持ち前の魔力を枯渇させる羽目になり、星見叶南は死ぬことになる。
契約者の魔力供給が無い『
怖くないと言えば嘘になる。自分の死ではなく、その後のイリスを想えばこそ。
おそらく
街を巻き込んだことで責められるかもしれない。
でも、それでもあの子ならいつか、いつかきっと幸せになれる。そう伝えたい。
どんなに失敗しても、挫けそうになっても、強くなれるその時まで。泣かないように、背中を押すように、お姉ちゃんが見守っているからと――
「大切な妹だもん。助けるよ。命に代えても」
胸の内を締めつけるような覚悟とともに、ディアアステルは繁華街の方角を見やった。
目指すは崩壊した街の中心部。そこに立つ決闘場。
フィッツジェラルドが待つ死地へ。
「ミネルヤ。真礼をお願いね」
「おい、ディアアステルッ!」
だが今にも飛び去らんとするディアアステルを、ミネルヤが大声で呼び止める。
「え、なに?」
戸惑いぎみに振り向く【聖女】へ、銀梟は言いづらそうに謝罪した。
「そのぅ、悪かったな。本当のこと黙ってて。……スマン」
「……ううん、むしろありがとうだよ。私を選んでくれて」
許しの言葉は心からの感謝で。
今生の別れは、短く、簡潔に。
「それじゃ――行ってきます!」
ディアアステルは大きくその場から飛び上がり、流星の尾を引いて空を翔け抜けた。
☆☆☆
大災害に見舞われた泡沫市の上空で、未だ轟音を鳴らし飛び続ける高機動ヘリコプター。
その機内に搭乗する魔法結社TVのアナウンサーは、眼下に広がる惨状を見下ろしながら、暗澹たる思いでカメラマンにつぶやいた。
「おい……どうするんだこれ……」
「わかりませんよ。まさか、こんなことになるなんて」
ワンダフルアリスがフィッツジェラルドに取り込まれたことで、すでに魔法の支配から解放された彼らは、理性を取り戻したこともあり街の惨状を嘆いていた。
崩壊した地上は、そこかしこが炎上し黒煙が立ち込め、まるで戦場の廃墟さながらの様相を呈している。生き残った市民の何人かは重篤者を助けようとしているが、消防・救急施設ともに災害に巻き込まれたおかげで手の施しようがない。
親とはぐれて泣き喚く子供。茫然とした足取りでさまよう会社員。夫の死に泣き崩れる婦人。どこを見渡しても地獄絵図。風に運ばれる阿鼻叫喚。救いがない。
「我々は……なんてことを……ッ!」
アナウンサーが苦悶に声を軋らせたときだった。ヘリコプターの騒音よりも甲高い音が鳴り響き、次いで操縦士が驚愕を口にする。
「おい何だありゃ!?」
直後、夕焼けを背景に西から東へと流れ過ぎた青い閃光は、ヘリコプターのすぐ真横を
「あれは……」
この遥か上空で煌めくそれを見た瞬間、アナウンサーは思わず歓喜した。
「ディアアステル!」
希望の星。
その輝きで人々を導かんと、絶望と言う名の闇を切り開く〝救済の乙女〟。
流れ星のような軌跡を描いて塔の頂へ。
限りなく頼もしい存在がいま、馳せ参じた。
「頼むぞ。そいつを止められるのは――君だけだ」
機内の窓から決闘場を見下ろしながら、アナウンサーは祈るようにささやいた。
☆☆☆
天高く空を翔け抜け、決闘場広場へと降り立ったディアアステルは、着地と同時に感知した魔力の波動から、イリスがフィッツジェラルドに取り込まれているのを見て取った。
ディアアステルとワンダフルアリス。お互いが魔法で繋がっているがゆえに透視できる――バンダースナッチの
加えて『
身の丈は三メートルを優に超えて余りある筋肉質な巨体。獰猛な肉食獣たる獅子や熊でさえ、これほどの威圧は感じさせまい。虎のような動物を思わせる面貌に、ぎらつくほど底光りする金色の瞳。全身を覆う銀の体毛は夕日に照らされ、まるで炎のような輝きを発していた。
そこにいるだけで総毛立つ緊張感。
はたして自分は勝てるのかという不安。
だが、それでも勝ち目が無いわけじゃない。
そもそも正当な所有者でなく、出力にも乏しいフィッツジェラルドでは、いざ戦闘において『
そして当然ながら、フィッツジェラルドもそれを
なればこそ、絶対に勝てない相手ではない。
――以上の分析をもってして、ディアアステルは前方の人虎を睨みつけた。
「遅かったじゃないか!」
今にも噛みつかんばかりに牙をのぞかせ、フィッツジェラルドが笑みを浮かべる。
「やれやれ心配したぞ! クリスマスパーティーに誰も来ないトラウマが蘇るくらいには! だが許そう! すぐ許そう! 主役は遅れてやってくる――」
「ひとつ聞かせて」
興奮する物言いがヒートアップするかに思われたそのとき、ディアアステルが水を差すかのように遮った。
「なんでイリスとお母さんを捨てたの?」
「……パードゥン?」
事ここにきて予期せぬ問いを受け、フィッツジェラルドが顔を
「エステルミアか。アイツから聞いたんだな?」
「いいから答えて!!」
無駄口を許さぬ【聖女】の気迫に呆れつつも、人虎は唸るように吐き捨てた。
「私の人生において最大のミスだからだ」
「な――――っ」
あまりにも度し難い返答を前に、ディアアステルは一切の表情を欠落させる。
「――何を、言ってるの?」
「私には叶えたい夢がある」
「は?」
「誰にも邪魔されず、批判されない。心行くまで自分の思い通りに番組を作りたい。それこそ我が生涯において最高傑作と思えるほどの。でも責任がそれを許さない。家族がそうだ。夢に費やす時間が奪われる。だから捨てた。やはり男は身ひとつで成功しなければ」
その弁明にますます表情を虚ろにすれども、【聖女】は黙って聞くしかない。
「確かにキミの母親とは愛し合った仲ではある。が、それは一時の迷いだった。よもやイリスを身籠っていたとは知らなかったがね。でもだ。立身出世を望む男に、家族というしがらみは邪魔でしかない。私は偉大になりたいんだよ。強烈な個として認められたい」
「お前……」
事前にエステルミアから聞かされていたとはいえ、当人から確認するまでは懐疑的であったその理由も、淡白な口調で言われるだけに
「なんてヤツ……ッ!」
「それは褒めてるのか」
「違う、呆れてるの!!」
「どこに呆れる!? 高い理想を掲げる私に家族など足手まとい!! だから、父親をする暇があれば夢のために
「最低よ、お前……心無い最低野郎ッ!!」
「あるさ心なら!! 私だってボランティアはするし電車でお年寄りに席は
「こ、の……ッ!」
怒りは限度を超え情念を
この男に少しでも自身を顧みる余地があれば、家族を思いやる心があれば、母は今頃復讐に狂うこともなく、イリスだって傷つくことはなかったのに……。
なのに、この男は――ッ!
「もういい……」
みずからの『
「お前は私がブッ飛ばす」
実行するは〝
使用方法は記憶を取り戻したことで
【聖女】が持つ固有魔法。
その名を口にした後で〝
はずだった。
「『
詠唱した魔法の呪文が虚空に響き、次いで【聖女】が突撃の構えを示した瞬間、
「……えッ!?」
口から出た固有魔法の名称に、不可解な
「な、なんで……」
胸元の宝石は沈黙を保ったまま、一切の反応を示さない。
「どうして言えないの!?」
「――クハハハハハハハハハハハハッ!!」
そんな【聖女】の反応が心底愉快なのだろう。
フィッツジェラルドは哄笑を響かせた。
「悪いが、その手は使わせない。決闘は互いの実力で執り行う」
「……何をしたの」
「我が社のネットワークから『
「卑怯者ッ!!」
まさに予期せぬ妨害であった。だが、なんら不思議ではない。フィッツジェラルドはデウス社の一員であり、そして『
蛮勇に過ぎたか。そんな後悔が【聖女】の思考を締め上げる。
もしも真礼の申し出通り彼女を戦いに同行させていたならば、このふざけた妨害もすぐさま解除できたはず……。
――バカ、それは違うでしょ!
ディアアステルは
「フッ、そう焦るなよ。〝
ディアアステルの心情を見透かしたように、フィッツジェラルドが肩をすくめる。
「言ったはずだ。私はエンターティナーだと。公平な戦いを望んでいる。まあ、もっとも契約を破棄した今のキミに消耗戦は自殺行為。魔力の蓄えがある私とは違って、活動時間はかなり短いはずだ。それまでに私を――」
刹那、フィッツジェラルドは言葉を切り、その姿を瞬時に消すや、
「倒せるかな!?」
慄然とするディアアステルに詰め寄り、渾身の体当たりを見舞った。
「ぐ――ゥッ!?」
突然の初撃に受け身など望むべくもなく、ディアアステルは地面を転がって吹き飛ばされる。もはやトラックに衝突されたも同然の威力が、彼女の身体を
「さぁ、始めようじゃないか。最後の戦いを」
ひざまずき苦悶するディアアステルへ、フィッツジェラルドが歩み寄る。
「負ければ住民は塵と化す。私の魔力源として消えるのだ」
そして嘲笑うように語りながら、取り込んだアリスを露出させた。
「キミの妹も永遠に、我が夢の糧となろう」
ビキッ。ディアアステルのこめかみに青筋が立った。街を崩壊させ住民の大半を死なせただけでなく、血の繋がりを持つ幼い家族を、イリスを、まるで物のように扱う腐った性根。その横暴を前にして――激痛に呻く暇はないと――軋む身体に鞭を打って立ち上がる。
「化物め――そんなことさせない!!」
たとえ必殺の目算が狂わされようとも。
魔力供給の有無を
それにより変身を保てなくなるその時まで、戦いを長引かせられたとしても。
でも。それでも自分には。倒さなければいけない〝悪〟がある。
人の心を持たない〝悪〟がこの世にはいる。
他者を傷つけ、理不尽に命を奪う〝悪〟が。
その鬼畜を、外道を、前にして敗れるなど。
願った理想の前では――絶対にありえない!
『良かった……ありがとう……本当に良かった……』
記憶の中で微笑む少女が、ディアアステルの心に火を点けた。
彼我の距離は三〇メートル。
人であれば数秒とかかるその間隔を、【聖女】と人虎はわずか一歩で互いに肉薄。
繰り出された拳は鉄の如し。瞬きひとつの間にて激突する。
直後、衝撃波が発生。決闘場は大きく揺れ動き、二人は場外まで吹き飛ばされた。
しかし、今度は戦いの場を空へと移し、宙を翔け再びぶつかり合う飛影たち。
地上にいる人々は、ただ成す術もなく凝然と。
幕を切った黄昏の決戦に、
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