第14話 激突! ディアアステル VS ワンダフルアリス!
「――ッ!?」
同時刻、叶南たちを襲った異変はエステルミアにも届いていた。
魔力の波動を感じ、凝然と振り仰いだ方角が朝露高校だと判断するや、エステルミアは部屋の窓を開けて身を乗り出した。
「飛べ!!」
指示に応え、エステルミアの肩に羽織られたコートが天高く飛翔。彼女を見晴らしの良い空まで運びあげると、浮遊状態を維持したまま静止する。
「あれは――」
上空から遠望する先には、『
チッ。予期せぬ事態に魔法使いは舌打ちし、急ぎ目的地に向かって飛び荒ぶ。
泡沫市で魔法が使えないエステルミアにとって、この上ない助けとなるのが無詠唱で飛行を可能とする
それが煌めきを放ちながら飛行するさまは、さながら夜に翔ける流星を連想させよう。何も知らない者からしてみれば、思わず目を引かれるほどに。
だが、この飛翔を許さない立方体が、同じ空で待ち構えていた。
次いで灼熱の衝撃。それがエステルミアの身体をガクンと傾かせ、彼女を上空から落下させたのだ。
だが、幸いにも落下先は市内でも有数の森林公園だった。なかでも整備以来より手つかずの原生林が、その枝で彼女の身体を何度か受け止め、衝突までの勢いを軽減したのである。
それでも負傷は避けられなかった。全身を激しく打ちのめされ、石礫のように地面を転がりながらエステルミアは、先ほどの衝撃が何であったかを悟った。
〝……やられた。くそ、今のビームはドローンか――ッ!〟
心中で確信するかたわら、ふと脇腹に熱い痛みを感じて苦悶する。
着弾の瞬間、『
なんて無様。エステルミアの口から溜息が漏れた。それから上空より降下してくるドローン――その上部に乗るスーツ姿の男を認めて、思わず悪態をつく。
「やってくれたな、フィッツジェラルド。私を鳥と間違うとは飲んでるのか」
「いやいやいや、キミを狙ったんだ。目の前を
ドローンから飛び降り、わざとらしく肩をすくめるフィッツジェラルド。
それをエステルミアは、心底呆れたと言わんばかりに鼻で笑った。
「戯言はそこまでにしろ。用件があるならとっとと言え」
「ないさ、別に。ただ、バトルの邪魔はしないでほしい」
「邪魔、ね。一般人を巻き込みながら、よくもほざけたものだ」
「面白ければ何でもする。それが我が番組――魔法結社TVだ」
「そうかい。やはり私とお前とでも
言いながらも、エステルミアは警戒になずんでいた。
アリスの呪いで魔法も使えぬこの状況。
まさに袋の鼠と変わりない。が、逃走の算段はコートの下に充分とある。
魔道具――『
ゆえにすぐにでもこの場から脱するべく、エステルミアは右手をコートに忍ばせた。相手に隙を誘発させる魔道具を取り出そうとして――
だが次の瞬間、閃く紫電によって阻まれる。
「――――ッ」
エステルミアの全身を電撃が駆け巡った。
発生源は彼女の頭上に浮く菱形ドローン。それが昨夜見せた複数の形態となって、先端から紫電を放っているのだ。
たまらずエステルミアは地面に膝をついた。『
「ノゥノノノウッ! 逃げようたってそうはいかない!」
「せっかくのバトルなんだ。横やりは無粋だよ」
ゆえに電撃が続くことはなかった。
エステルミアが行動不能と見るや、菱形ドローンは制裁を中断。次いで先端より新たな光を照射すると、虚空にホログラフィックビジョンを展開した。
ホログラフィックビジョンは、映画のスクリーンほどもある大きさだった。
映っているのは魔法結社TV。内容は朝露高校における後半戦である。
「前から自然の中で番組を見たくてね……」
照れくさそうに頬を緩ませて、フィッツジェラルドがスクリーンを背に両手を広げた。
「さぁ、一緒に観戦しようじゃあないか!?」
☆☆☆
怒りに駆られた叶南の疾走は、青い閃光のようだった。
「――っ!?」
凝然とするアリスに掴みかかり、その勢いを利用して崩壊した教室から校庭へと。 有に三〇メートルはあろう地上まで、二人の【聖女】は大砲のような速さで落ちていった。
端から見てそれは、ただ人が人に突進しただけの行為。
それでも落下した刹那に舞い上がる粉塵の勢いは、常人の域を超えている。
ともすれば、それだけの衝撃を生み出す肉体が反動で耐えられるはずもなく。
だが、反して二人の身体は頑強だった。もつれ合い、ともに勢いよく地面を転がれども、彼女たちの衣服や肌には傷ひとつ付かない。
叶南がアリスに馬乗りになり、拳を叩き込まんとして振りかぶった。
しかしすぐに横を外れ、地面だけが
「――あらなぁに? 戦いたくないの?」
訝しんだアリスが、目を剥いて嘲笑する。
「あはは! そんなにわたしを傷つけるのはいや? 殴りたくない? でも大丈夫! わたし殴られるのは慣れてるもの! だからさっさとやりなさいな! ほらやって! やれよ!」
叶南は答えない。
「バカ、アホ、マヌケ! 臆病者! わたしに憧れるだけの変態!」
それでも答えない。
「ザコ、クズ、ゴミ! オラ、戦えよ! 戦えったら――」
パン。
ヒートアップするかに思われたアリスの挑発を、そのとき乾いた音が妨害した。
「は?」
最初、アリスは何をされたのか分からなかった。だから、もう一度挑発すべく、
「このボケ――」
パン。またもや遮られたことで、ようやく頬をビンタされたと思い知る。
「どうしてあんなことしたの」
低い、別人のように低い叶南の声が、滴下する涙とともに漏れ出して、
「どうしてひどいことするの」
仰向けに横たわるアリスへと、悲しい響きとなって降り注いだ。
「アリスはね。正義の味方でなくちゃいけないの」
「ふざけ――」
「アリスはね! 綺麗で輝いてなくちゃいけないの!」
パン。都合三度目のビンタを皮切りに、叶南が涙ながらに語りだす。
「住民を傷つけちゃいけないし、汚い言葉遣いもダメだし、正々堂々と戦わなくちゃいけない。前に言ったよね。あの廃ビルで。なのに、なんで傷つけるの。なんで
「うるさぁい!!」
虚空に響くアリスの怒声。
「知らないくせに。わたしがどれだけ頑張って来たか知らないくせにぃ! なのにみんなしてわたしのこと
激語で返されたこの瞬間、叶南はようやくアリスが街を支配している理由を察した。今まで、やはりアリスは落ちこぼれであったがゆえに、自分だけが活躍する世界を作り上げたのだ。
「誰もわたしを褒めてくれない! 認めてくれない! だから支配してるのよ!
この街を! みんなわたしを好きになってくれるように!」
その怒りを、嘆きを、叶南は理解できたが共感には至らなかった。
世間に認められたい。評価されたい気持ちは誰にでもある。叶南もそうだ。アリスに憧れるあまりオーディションを受けた。自分も彼女のようになりたいと心から願ったのだ。
だが実際に【聖女】となって、学校の惨劇を前にして思い知った。尋常ならざる【聖女】の力は、決して私利私欲のために使ってはいけない危険な力だと。
だからこそ叶南は――
「私たちの力には責任がある」
絶対に譲れない信条とともに、
「誰よりも強くなった責任がある!」
直後、アリスの胸元――ピンク色の『
「な――っ!?」
アリスの驚愕と制止の手は、ほぼ同時だった。『
「この……触るなあ!」
「力は誇示するものじゃない!」
それでも叶南は離さない。
「自分だけのものじゃない!」
骨が軋もうとも離さない。
「人々を助け、悪を
宝石の金枠が力で歪む。
「どうして忘れたの!? どうしてわからないの!? それが思い出せるまでこれ預かるから!!」
「知るかそんなことぉ!! ――ジャブジャブゥウウウウウウウッ!!」
アリスに呼ばれたジャブジャブーが、耳をつんざくような叫声とともに地上まで降下。長いクチバシで叶南を
「ぁが――ッ!?」
ところが大通りのビルに叩きつけられ、そのまま五〇メートルの高さから地上へ落下しても、まだ意識を保っていることに叶南は驚いた。身体は激痛を感じてはいるものの、我慢できないほどじゃない。立ち上がるのにも支障はなかった。
「すっ……ごい……【聖女】って頑丈……」
痛みに耐えながらも身を起こした瞬間、視界に入って来た人物に面食らう。
「だ、大丈夫ですか……?」
スーツ姿の男性が声をかけてきた。
それだけじゃない。スマホ片手に叶南を撮影する者までいた。無理もない。生中継している以上、衆目が集まるのは時間の問題であった。
『おおっとディアアステル! ジャブジャブーに投げ飛ばされた先は大通りだあ!
この街の観光名所〝夢見タワー〟を背景に迎え撃つつもりかあ!?』
大型ビジョンより響く実況に触発され、叶南の周囲に集まる野次馬が増えていく。
「ね、ねぇちょっと! 危ないからみんな下がって!」
慌てて避難を呼びかけるも住民たちは一向に聞く耳を持たず、なおも留まり続けるので叶南はひどく焦った。このままでは彼らが……。
「――死ねぇ!!」
事実、叶南の危惧した通りそれは起こった。上空より殺意を
「だめぇえええッ!!」
だが衝突までの一刹那、叶南がその場で跳躍し、拳を怪獣に叩き込んだことで事なきを得た。
しかし、その勢いたるや双方ともに吹き飛ばされるほど。【聖女】ならではの脚力を経た叶南の迎撃は、本人の予想に反して物理法則を超えたこともあり、ジャブジャブーもといアリスをも巻き込むかたちで公園広場まで投げ出されたのだ。
倒れる怪獣。転がる【聖女】。幸いにも公園は無人であった。
「なんて馬鹿力……」
苦しみもがくジャブジャブーを尻目に、アリスが立ち上がろうとした。
瞬間、落下の衝撃で
狙いは一点、『
突き出された手はそこだけを目指して。
無論、それを看過するアリスではない。
「舐めてるの?」
振るわれた腕を掴み、立ち上がりざまに続く二本目の腕も受け止めてアリスは、
「本気で来て!!」
そのまま渾身の頭突きでもって反撃を開始した。
「ぐっ――ッ!?」
軽い
〝やっぱり強い。肉弾戦じゃ向こうが上だ……ッ!〟
叶南は自身が追い込まれていることを悟った。アリスの動きたるや
「お願い、みんな!」
だからこそ数で応戦しようと、叶南は『
が、次の瞬間――ガチン、と円盤が音を鳴らすよりも早く、表面に突き刺さる三枚のトランプ。いずれも極彩色の閃光とともに炸裂するや、紅蓮の炎を膨張させ爆発。叶南を後方に吹き飛ばした。
「うぁ――ッ!」
宙に投げ出され、そのまま激しく地面を転がり続けながらも、叶南は態勢を立て直すべく身を
急ぎ反撃すべく再び左腕を構える叶南。だが、起動するかに思われた魔道具は一切の反応が無かった。訝しみ、魔道具を確認。視界に入った無残な状態に愕然とする。
「そんな……ッ」
ひび割れた『
トランプの爆発が招いた損傷である。
「うふふ、召喚なんかさせないんだから」
狼狽する叶南を嘲笑うかのように、アリスが口元を歪めた。
「それ『
「……知ってるの?」
「ええ、もちろん。だって私のお下がりだもの」
言うやアリスは、叶南が声を漏らして動揺するのを
「あはは、最初見たときはびっくりしちゃったけど……そっかぁ……そうなんだぁ。わたしじゃ使いこなせなかったそれをアイツは……エステルミアは……あぁああアアぁあああァムカつくムカつくムカつくムカつくぅううう!!」
目を怒らせ、髪を振り乱し、怒りに我を忘れてアリスが叫ぶ。
「ジャブジャブゥウウウウウウウッ!!」
「――ジャブゥゥウウウウウウウッ!!」
復活を果たしたジャブジャブーが、叶南の背後から迫りくるや、
「あ――ッ!?」
巨大な足で身体を踏み倒し、彼女を仰向けにして押さえ込んだ。
「うふふ、お馬鹿さぁん♪ ぺしゃんこにしちゃえ♡」
ジャブジャブーの背に乗ったアリスが、嗜虐的な笑みを浮かべて命令する。
〝まずい……ッ!〟
焦燥に駆られて身を起こそうとするも、ジャブジャブーの重さからは逃れられない。巨大な足はがっちりと
「ふっ……ぐうぅ……あ……ッ!?」
身体中の骨が軋むごとに苦しみ
いくら耐久力に優れた【聖女】であろうと、巨大な怪獣に踏まれてはひとたまりもない。
〝なんか……なんでもいい……飛び道具、みたいな――ッ!〟
胸部の圧迫で息が詰まるなか、脳裏に描かれるジャバウォッキーの必殺技。
〝そうだ、
おそらくは、窒息までのわずかな合間、心臓が送り出した最後の血液が、脳を巡ると同時に想像させたであろう破壊光線。それが、明確な
驚愕は等しく、その場にいた誰もが抱くことになる。
「――ぅううああああああああああああああああ――ッ!?」
「ジャブァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
もはや逃れる術はないと死を覚悟した叶南の目が、突如として蒼白に輝きだした瞬間、その双眸から青白い熱線が発射されたのだ。
それは、どう見ても〝目からビーム〟としか言いようのない攻撃だった。
この予想外の事態は、さしものアリスすら仰天した。
「なによそれぇええええええええええええええええええ!?」
だがジャブジャブーに押さえ込まれ、身動きできない叶南にとっては
「わっ……わっ……ビーム出た……出せたぁ……っ!」
まさか本当に出せるとは思いもよらず、叶南はビームで熱くなった目を
「何だかわかんないけど……とにかく良し!」
いったいどういう仕組みが先の奇跡を可能としたのか。その疑問をひとまずは棚上げにして、態勢を立て直したジャブジャブーと対峙する。
「――許さない。消し炭にしてやるぅうううう!!」
再びジャブジャブーの背に乗って反撃を命じるアリス。
だが次なるそれは、クチバシや
「ジャブジャブーッ!! 〝
大気中のあらゆる物質を取り込みエネルギーへと変換する熱線。灰すら残さないと言われるその必殺技を、ジャブジャブーは開いた口から発射しようとしていた。
「まさか……ここで撃つつもり!?」
信じられないという顔で咎める叶南に、アリスが平然として言い放つ。
「文句ある!? 今さら謝ったってやめないから!!」
まさに昨夜の脅威の再現であった。あのときは撃たれるより前に、叶南がジャバウォッキーを倒したおかげで阻止できたが、今回ばかりは間に合いそうにない。もし
ゆえに――
「いいよ。負けないもんっ!!」
迎え撃つしかないと断じるや、叶南は再び眼を青く光らせた。
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