第15話 激突! ディアアステル VS ワンダフルアリス!

 鬱蒼と生い茂る森林のなか、番組アナウンサーの実況が響く。


『これはなんという熱い展開だああ!? ジャブジャブーとディアアステルッ!! 互いにビームをぶつけ合い、まさしく火花を散らしているぞおおおおおおおお!?』


 ドローンによって虚空に投影されたホログラフィックシアター。それがいま、青と紫の光を発しながら激闘を映し出している。


 ジャブジャブーが口から吐く〝絶許滅殺ぜつゆるめっさつビーム〟。

 叶南が両目からほとばしらせる――〝蒼白の破壊光線〟。


 二つの巨大なエネルギーがせめぎ合い、映像の向こう側で暴風を巻き起こしていた。


「インクレディブゥゥウウウウウウウウウルッ!!」


 手に汗握る展開を前に、やはり歓喜する男がこの場にひとり。


「いいぞ! いいぞ! これだ! これこそがバトルの醍醐味だいごみ! 二つの技が全力でぶつかり合い覇を競う! 番組を盛り上げるにはこうでなくちゃあな! ハハハーーーッ!」


 興奮のあまり小躍りしたフィッツジェラルドが、満面の笑みで映像に駆け寄った。


「メニサァンクス、ディアアステル!! キミのおかげでいま、私は最っ高に気持ち良くなっているぞぉおおおおおおおおおおおおお!?」


 そのうちさらなる刺激を求めたくなったのか、上着の内ポケットからスマートフォンを取り出すや、画面をタップして何処(いずこ)かへと連絡する。


「私だ。視聴率はどうなってる。……ほうっ、三〇パーセントを切ったか!?」


 おそらくはテレビ局から訊き出したそれを、子供のような無邪気さで喜んだ。


 しかし一方で、その番組を何の感慨も無さげに見る女がいた。


「…………」


 エステルミアである。依然として膝をついたまま動かない。


 体制を維持するのは電撃のダメージが原因か。

 もしくは逃走の隙を未だに窺っているのか。

 いずれにせよ、彼女は一言も発さず、ただ睨みつけるかのような目で戦いを――


「やはりな」


 静観するかに思われたそのとき、口から鋭い声が響いた。


「お前。いったいどれほどの魂をアリスに食べさせた?」

「――あ……?」


 ちょうど通話を終えたらしいフィッツジェラルドの顔から、笑みが消えた。

 その反応からすべてを察し、エステルミアはさらに続ける。


「ふっ、おかしいと思った。そもそも【聖女】は変身を保つだけでなく、その行動すべてに魔力が消費される。ことが戦闘に及んでは消費量も数倍増し。そこへ魔法ともなればさらに跳ね上がる。通常は日を置けば回復するものの、その総量にも個人差が出てしまう。ゆえに上限を超えるとなると、私のような魔法使いと契約する必要があるわけだが……さて困ったぞ。魔法使いじゃないお前は魔力を供給できないし、見たところアリスには契約者がいない」


 魔法は万能ではなく、また永続ではない。

 【聖女】も無限に活動できるわけではなく、その魔力量にも上限が設けられているため、いつかは変身も魔法も解除されるのだ。


「加えて『幻想加筆・概念置換オーバーライト・アトモスフィア』だ。これほどの魔法を維持しようものなら、それこそ膨大な魔力が必要になる。強力であるがゆえに燃費が悪いからな。しかも彼女は魔法に嫌われているときた。そんな状態で使い続ければ、あっという間に魔力は底をつくだろう。だが妙なことに、この街は一年も彼女に支配されている。なぜだろうな?」


 フィッツジェラルドは黙っている。


「答えは簡単。人の魂を食わせて魔力に変換する。お前が今の泡沫市でしていることだ」

「――ハッ!」


 看破され、フィッツジェラルドは目を剥いて賞賛した。


「そこまで見抜くとは! 大した洞察力だ!」

「考えればわかることだ。それで、何人だ?」

「ざっと百人くらいかなあ!?」


 肩をすくめて答えるフィッツジェラルドは、だがむしろ呆れているふうでもあった。


「いやはや『聖櫃輝石ラナ・ジュエル』には驚かされたよ。契約者のいない魔法少女――おっと失礼、【聖女】だった。とにかく魔力不足を解決する方法が、まさか生き物の魂を吸収するなんてねぇ。じつに非人道的だが、おかげで結界も維持できている」

「アリスはそこまで堕ちたのか」

「いいや、さすがの彼女も道徳心はあった。だが少し強めに言ったら聞き入れたよ」

「脅すの間違いだろう」

「違うね。パパの教育さ!」


 そう愉快げに否定するフィッツジェラルドを、エステルミアは心の底から嫌悪した。


 魂食いとは、本来アースノールにおける霊的存在、もしくは人狼や悪霊といった魔族の食事方法であり、これを魔力の補充機能として組み込んだのが他でもないデウス社である。


 だが、それは【聖女】の活動限界を解決するべくアースノールが提供した術式だった。補充対象も草木や水、または野生動物などの自然が持つ生命力に限定されていたはずなのだ。


 もしそんな安全機構セーフティを解除するとなれば、それはもうデウス社の仕業としか言いようがない。そして、おそらく設定を変えるよう技術部門に指示したのは――


「戯けが。よくもあの子を穢したな。フィッツジェラルド……ッ!」


 艶やかな美貌を零下の殺意に凍らせて、エステルミアが外道を睨んだ。


 刹那、フィッツジェラルドの総身を戦慄が駆け巡る。それほどまでにエステルミアの眼光は鋭く、射抜くような視線となって彼を怖がらせたからだ。


 しかし、依然として形勢はフィッツジェラルドに有利だった。

 魔法も使えないエステルミア相手に、何を怖がる必要があろう。


「怒るなよ」


 みずからの優勢に気を大きくし、フィッツジェラルドが余裕の笑みを浮かべた。


「新世界創造のためには必要な犠牲だった。わかってくれ」

「新世界。呆れたヤツ。まだあの〝幻想ユメ〟を見ているとは」

「そうとも!!」


 短く、胸震わす歓喜を込めて、男は告げた。


「誰もが誇りと矜持を持って娯楽に傾倒する。そんな新世界が欲しい!!」


 これでもかと歯茎を剥き出して。


「私はな、エステルミア。娯楽とは世界を救う仕事だと思っている! なぜなら人間から娯楽を奪えば社会不安を招くからだ! 人間は〝食って、寝て、働く〟だけでは満たされない生き物だからな! この考えはあのローマ帝国すら持っていたのだよ! 闘技場コロッセオ競技場キルクス、演劇といった娯楽を重要な政策とまで認識していたのだ! それはこの現代においても変わらない! 人生に〝楽しみ〟が必要である限り〝娯楽〟が人間に与える影響は重大だ! 犯罪を抑制すると言っても過言ではない――ところがだ!」


 怒りのあまり地面を踏み鳴らして、フィッツジェラルドはさらに声を大きく。


「〝未成年の犯罪を助長する〟――こんな悲しい言説を振りかざす奴らがこの世にはいる! それどころか娯楽を規制しようとする有り様だ。こんな話があるか! 私はな、エステルミア、もう一度言うぞ!? 娯楽とは世界を救う仕事だと思っている! ゆえに新しく作り変えるのだ! 誰もが食うに困らず、無償で楽しめて、あらゆる娯楽を認めてくれる新世界を――『幻想加筆・概念置換オーバーライト・アトモスフィア』でッ!!」


 静寂に満ちた森に響き渡るほどの大演説。

 余韻が、フィッツジェラルドを悦にひたらせた。


 だがエステルミアにとっては、馬鹿馬鹿しいまでの独りがり。


「ひとつ肝心な事から目を背けているぞ。フィッツジェラルド」


 感情をし殺して言う彼女は、もう眉間に皺を刻んでいない。

 ただ、相手を突き刺すように告げるだけ。


「〝パンとサーカス〟」

「……何だそれは……」

「やはり知らなかったか。いい機会だ。教えてやる。詩人ユウェナリスが残した警句だ。無償で提供される食事と娯楽、つまりパンとサーカスは市民に政治的関心を抱かせず、社会的堕落を引き起こさせ貧富の差を拡大する。果てはお前の言うローマが辿った没落の一因となるわけだが……自分の理想郷がそうならないと、どうして言えるんだ?」


 詩人ユウェナリスが当時のローマ社会の世相を批判して使用した〝パンとサーカス〟という表現は、彼が残した警句のなかでも愚民政策の比喩としてしばしば用いられている。


 その内容は先のエステルミアの説明通り、飢えることなく文明の繁栄を謳歌し、提供される娯楽に興じるあまり労働を忘れ、政治的無関心となった民の末路が〝亡国〟であった。


「お前は理想に固執するあまり、その未来さきが見えていない。ただ〝そうあれかし〟と焦がれるだけで、願い自体が引き起こす問題に気づきもしない。そんな生半可な設定では、お前の言う新世界は維持できまい。かの魔法は常に〝完全無欠〟を求めるからな」


 突きつけられた刃のように鋭い指摘が、フィッツジェラルドを苛立たせる。


「そんなもの……アリスに魂を喰わせて――」

「世界を補強するか。だが一時凌ぎだ。キリがない。それこそ波打ち際で崩れゆく砂の塔を、また新たな砂で塗り固めるも同然だ。しかも砂は人間――有限なんだぞ」


 契約者がおらず、魔力量に限界があり、また〝魔法に嫌われている〟難点を持つワンダフルアリスにとって、『幻想加筆・概念置換オーバーライト・アトモスフィア』は使うだけでも負担が大きい。


 ましてや、そう易々やすやすと発動を維持できるわけもなく、だからこそフィッツジェラルドは市民を魔力にするという禁忌をおかしてまで、みずらかの理想を叶えようとしているのだが、それもゆくゆくは限界が来ることを魔法使いは先見する。


「なぁフィッツジェラルド。いい加減、その痛ましい夢から醒めろ。外見そとみばかり気にするような芸当に中身が追いつくことはない。自分が望む事と実際にできる事。周りから評価される事は別物だと、いったい幾つになったらその少ない頭で学ぶんだ?」


 冷静な言葉は、この上なく男を憤慨させるには充分だった。


 エステルミアの挑発は、かつてフィッツジェラルドに辛酸を舐めさせた前支社長の侮辱と、奇しくも同じものだからである。


 そのときの屈辱を、怒りを、しっかりと憶えているがゆえに……。


「死にゃおあああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


 かつてない憎悪に叫びながら、彼は魔法使いに向かって手を振り仰いだ。


 瞬間、フィッツジェラルドの怒声と合わせて、周囲のドローンが一斉にビームを発射。あらゆる物体を溶解させる光の束が、魔法使いへと殺到する。


「《パルギュストール・ゼノストル》――」


 だがエステルミアは動じない。

 どころか腰元の杖を引き抜き、その支柱を黄色に輝かせて、


「〝雷よ、フィッツジェラルドへ落ちよフルグヴィット・フィッツジェラルド・トニトルサス〟」


 唱えたが最後、自身がどうなるかも知れない魔法の呪文を口走った。


 直後、眩い光と雷鳴が、で発生した。




                ☆☆☆




 拮抗きっこうする二つのビームがかくと光を迸らせる只中ただなかに、不意に轟く雷鳴ひとつ。


 その場の誰もが驚愕した。一髪千鈞いっぱつせんきんを引くこの戦いに、あろうことか自然の驚異。


 否、不自然としか言いようがない。雷はなぜか狙いすましたがごとく――


「ブァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 ジャブジャブー。並びにワンダフルアリスだけに落ちてきた。


「あああああぁぁあああぁああああああああ――っ!?」


 閃きは一瞬、だが悲鳴は長く殷々いんいんと。叶南の目の前で響き渡る。


「な、なに!? 何が起きたの!?」


 直撃を受けたジャブジャブーがビームを中断させたこともあり、辛くも競り合いから逃れた叶南もビームを途切れさせて困惑する。いまの雷は何だったのか……。


 彼女は終ぞ知る由もなかったが、その雷こそエステルミアが唱えた魔法であった。


 狙った対象に雷を落とす魔法――〝雷よトニトルサス〟。


 それをフィッツジェラルドのみに指定したのが先の魔法なのだが、よもやワンダフルアリスにも適用されるとは如何いかなる怪異か。


 だが、それを叶南は知りえない。ただ不測の事態に茫然とするだけ。


「ジャブァァアアアアア――……ッ!」


 余程のダメージだったのだろう。色鮮やかな朱色の羽毛を黒焦げにさせたジャブジャブーが、断末魔を響かせながら地に倒れ伏し、その巨体を光の粒子に変え消えていった。


 同時に投げ出されるワンダフルアリス。彼女の胸元から『聖櫃輝石ラナ・ジュエル』が剥がれ落ちた。地面を転がり、そのまま叶南の足元へ。つま先で輝きを失っていく。


 わけも分からぬまま『聖櫃輝石ラナ・ジュエル』を拾い上げ、次いで叶南はアリスを見やった。


 瞬間、仰向けに倒れている【聖女】の姿に言葉を失う。


 ワンダフルアリスがいると思われたそこには――


 小さな女の子が倒れていた。

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