第13話 激突! ディアアステル VS ワンダフルアリス!

 かに思えたが、ダメだった。


「うえ~もう終わりだあ~」


 プエラ・マギ・バトル前半戦終了から、二日が経過した週明けの月曜日。


 いよいよ学校へ登校することになった折――叶南が玄関先で駄々をこねたのだ。


「行ったら質問攻めにされる~マミヤンに怒られる~」


 そう不貞腐ふてくされて座り込む叶南を、真礼が手を引っ張りながら促す。


「なに言ってんの。街の命運がかかってんだから挨拶しに行く!」

「嫌だ~どうせ【聖女】に変身しろとか言われるんだぁ~」

「いいじゃん別に。応援してもらえるよう宣伝しなよ」

「でもマミヤンに怒られるの恐い~」

「行かなきゃ家に来るよあの人!」

「いいもん。引きこもる」

「ダメ行きなさい!」

「いやぁああああ!」

「不登校児を叱る母親か」


 二人の少女の言い争いを見て、エステルミアは呆れたようにつぶやいた。


 叶南が登校拒否するのも当然である。

 本来は秘匿すべき【聖女】の正体を生中継で、しかも街中に放送されてしまったからには、今までのような生活は望めないだろう。


 これがデウス社に所属する【聖女】ならば、もちろん正体は今も秘匿されている。公私共に身の安全を守るだけでなく、個人情報の観点や記者によるスキャンダルを防ぐ措置として会社が働くからだ。しかし叶南は異例の条件下で【聖女】となったため、その庇護ひごを受けられない。ゆえに諦めて登校するしかない。


 だが、そんな境遇を【聖女】になって間もない少女に納得させるには、いささか酷のような気がして魔法使いは助言する。


「友よ。一昨日も話したと思うが、キミを応援する人間が多ければ多いほど――」

「戦いが有利になるってんでしょ!? わかってますよ~だっ!」

「なら学校行きなよ。知名度上がれば戦闘力も上がるんだから」


 真礼の催促さいそくに加勢するがごとく、ミネルヤも目を怒らせて野次を飛ばす。


「それにテメェは魔法も使えない素人だ! ただでさえハンデがあんだから我儘(わがまま)言ってねぇで学校行け! そんで宣伝しろ! ヒーロー見参だってな!」

「そうだけどさぁ~~~でもなぁ~~~っ!」


 話は理解できても、やはり踏ん切りがつかない。


「そりゃ私だってファン増やしたいよ? 大会の審査にフォロワー数も影響するんだから当然じゃん。でもね、あのですね、やっぱり恥ずかしいわけですよぅ! きっと写真とか撮られて茶化されるに決まってるもん! あ、そうだ。デウス社から後半戦の連絡くるまで家にいよう。そして大会終わってもずっと家にいよう。ナイスアイデアッ! うふふ~前々から憧れてたんですよ~。魔法少女になって引きこもりながらちょーと人助けしてまた引きこもってダラダラするの♪ そんで動画の広告収入でウハウハリッチ生活☆ 天才か私ーーーッ!?」

「……なんて可哀そうな子なの」

「これが【聖女】の姿か……?」

「チッ、仕方ねぇ。強硬手段だ」


 真礼とエステルミアの苦言を受け、ミネルヤが叶南に近づき襟首を掴むや、


「振り落とされんなよ!?」


 そのまま天高く飛翔。小さな身体からは想像もつかない膂力で叶南を連れ去った。


「ぎぃひぇええええええええええ――ッ!?」


 大気を切り裂き、慣性も無視するかのような、気温・気圧の影響も受けつけないその加速は、さながらロケットのような飛翔である。見送る真礼としては唖然とするしかない。


「行っちゃった……あの方向って学校だよね……ねぇ、エステルミアさん――」


 振り返って、玄関前にいたエステルミアが消えていることに虚を突かれる。


「あれ家に戻ったのかな……ま、いっか。私も学校行こーっと」


 友人を追うべく、真礼もその場を後にした。




                ☆☆☆




 エステルミアは星見宅の和室にいた。


 彼女が見下ろすのは壁際にある仏壇。そこに置かれた三枚の写真立て。内二つは中年の男女が写っており、星見叶南の両親であることを窺わせる。二人とも笑顔が幸せそうだった。


 しかし三枚目の遺影だけは、なぜか空の状態のまま飾られていた。額面だけが光沢を放っている。もしくは最初から写真など無かったか。それとも……。


 エステルミアは仏間から離れ、二階へ続く階段をゆっくりと上がっていった。


行き先は叶南の自室――ではなく、彼女の部屋とは反対方向にある〝壁〟を目指す。

 目的の壁は何の変哲もない、まごうことなき〝壁〟であった。しかし、エステルミアが手で触れると微かに、その部分だけが蜃気楼のような揺らめきを発した。


「無意識に魔法で隠したか。これでは彼女も気づけまい」


 言うや否やエステルミアは、腰元の角筒よりT字杖ステッキを引き抜いた。魔力を通して支柱を橙色に染め――一閃、壁に向かって横薙ぎに振るう。


 すると空間が歪み、壁かと思われたそこに木製の扉が現れた。

 杖を収納した後、ノブに手を掛け、エステルミアは部屋へと踏み入った。


 もうしばらく利用されてないのか、室内は換気すらなく埃が籠もっている。花柄のカーテンが窓をふさぎ、芯地の隙間からされた陽光が束となって、浮遊する埃を取り込みながら学習机を照らしていた。


 皺一つなく整えられたベッド。猫足の小さな家具。本棚に収められた絵本の数々。それらを見回した後、エステルミアは学習机に近づき、その上にある電子タブレットを手に取った。


 起動するとアプリが立ち上がった。

 カメラ機能で撮影した動画らしい。

 タイトルにはひと言〝わすれちゃだめ〟――そう表示されてある。

 すかさず再生マークをタップした。


『きーらーきーらーコウモリさん♪ あなたはーどこでー光るのかー♪』


 二人の少女の歌声が聞こえる。しかし映っているのは小さな女の子だけ。するともう一人が撮影者なのか。手ぶれからして、タブレットを持っているのだろう。


 木漏れ日の差す自然豊かな獣道。そこを少女たちが会話しながら歩いている。


 ところが次の瞬間、画面内の少女が急に姿を消した。直後に撮影者の悲鳴。一瞬の暗転の後、何が起きたかを映像から想像させた。おそらく滑落したのだろう、川に流されていく少女の姿があった。


『■■■ッ!』


 撮影者が少女の名を叫ぶ。

 そこで撮影は中断された。

 が、よほど焦っていたのか録画機能は終了していなかった。鞄に押し込められたであろうタブレットは、速まる映像の中で川に飛び込む撮影者を映していた。


 水没する画面。途切れがちな音声。それらを繰り返すつどに五度。そこでようやく落ち着きを取り戻したらしい。映像は川岸に打ち上げられた状態となった。


「――――」


 エステルミアが息を吐き、無言で見つめるそこには少女が映っている。

 先ほどまで流されていた、川岸でひとり泣き崩れる少女が。


『カナン……カナン……やぁああぁあああ……っ!』


 そう軋む声で慟哭どうこくしていた。




                ☆☆☆




 結局のところ、叶南の心配は杞憂に終わった。


「ディアアステルこっち見てー」

「ピース☆」

「顔がいーっ!」

「ディアアステル投げキッスー」

「チュッ♡」

「きゃああーっ!」


 当初こそ教室に入る直前まで嫌がっていた叶南だったが、【聖女】の姿をクラスメイトにめられるにつれ、いまや登校拒否していたのも忘れるほどに気分が良くなっていた。


 もはやノリに乗った叶南のサービスは、止(とど)まることを知らないのだ。


「ディアアステルサインくれ」

「ちょちょいのちょいっと♪」

「人間国宝ーっ!!」


 大勢の生徒に囲まれた叶南の振る舞いは、その一挙手一投足が声援を起こさせる。おかげで教室内は盛況の様相を呈しており、噂を聞きつけて来た野次馬も相まって、さながらアイドルのステージを連想させた。


「すっかり馴染んじゃってまぁ……」


 はたから眺める真礼としては呆れるほどに。


「でも良かったよ。あれだけ嫌がってたのに。みんなに褒められただけで有頂天だもん」

「どっちかっつーと調子に乗ってっけどな!」


 真礼の机に立つミネルヤがわめいた。


「あれじゃただの道化だぜ!」

「こーらそんなこと言わない。ぜんぶ叶南を強くするためなんだから」

「集合的無意識に収束した〝祈り〟が力になるってか? あんなの大したことねぇぞ!」

「は?」


 耳を疑う言葉に思わず頬杖をやめて、真礼は問い詰める。


「なにそれ。あの話ウソなの!?」

「嘘じゃねぇけどよ! 効果としちゃ微々たるもんだ! 【聖女】のステータスってぇのはソイツの素質か、もしくは契約者で決まるからな! 〝祈り〟が大きく影響すんのは原初の【聖女】アルステラだけだぜ!」

「えぇ……話と違くない?」

「あの魔法使いに一杯食わされたな! ヘンッ!」

「うっわエステルミアさんひど……」


 とはいえ、エステルミアの助言もあり叶南はクラスと打ち解けている。

 通学に対する拒否感と不安から引きこもりにならなかった分、まだマシと言える現状かもしれない。


「まっ、別にいいけどさ。叶南が楽しんでるようなら」


 そう結論付けると、真礼は自分の鞄から電子タブレットを取り出した。


「あん? 何するつもりだ?」

「ちょーっと調べ物よん♪」


 食い入るように手元を覗くミネルヤへ、真礼が得意げに鼻を鳴らす。


「じつは昨日の夜、叶南にお願いしてあの『聖櫃輝石ラナ・ジュエル』? って宝石を解析させてもらったの。人の〝祈り〟に期待できないなら他に強くなる方法を見つけなきゃ。魔法が使えない原因とか、変身の仕組みとかさ。……個人的な知的欲求もあるけど」


 ささやくように本音を漏らしてタブレットを起動、操作していく。


「えーとまずは構造から……なになに……ははーんなるほど。やっぱデウス社が開発しただけあって中身は機械仕掛けね。しかもネジひとつ無い電磁ロックでパーツが結合してるときた。……え、待って電源部分が見当たらない。どっからエネルギー供給して――」

「やめろッ!!」


 ミネルヤが怒鳴った。鋭いクチバシで画面をつつく。


「ちょ、何すんの!? 壊れるでしょ!」


 幸いひびは入らなかったものの、ミネルヤの攻撃は止まらなかった。真礼がタブレットを胸に抱えようと執拗しつように突いてくる。


「そっから先は極秘事項だ!! 人間が知ってイイことじゃねぇんだよ!!」

「な、なに、何なのいきなり!? めっちゃ怪しいんですけど!?」

「いいからそれ渡せ!! さもなきゃ――」


 そのときだった。廊下から二人の女子生徒が姿を現す。


「やほー真礼。ディアアステル見に来たよー」

「あっ、ちょうど良かった電子工作部の仲間よ! これ、このロボ梟! デウス社の新製品! すごい高性能だから好きにしていいよ!」

「「マジで!?」」


 真礼に煽られた生徒二人が、喜び勇んでミネルヤを捕獲する。


「うわやばこれー!? おもちゃじゃないの!?」

「電源はなに!? 関節部の駆動とか見たい!」

「やめろ人間ーッ!! ぶっ飛ばすぞーッ!?」

「「喋ったあ!?」」


 ミネルヤの反応に好奇心を刺激され、わいわいとはしゃぎ始める部員たち。

 それを尻目に、真礼は手元のタブレットで究明を進める。


「あれだけ慌てるってことは絶対ヤバい情報あるじゃん。隠されると気になっちゃう性質たちなのよねー私。どれどれエネルギー供給源は……うそ……」


 解析ソフトによって導き出された情報が、真礼に信じられない思いを抱かせる。


「無数のナノマシンが大気中の物質をエネルギーに変換してる。しかも医療用のなかでも最先端――いや、まだ研究段階って発表されたばかりの型式タイプじゃ――待ってこれ自己増殖可能なわけ!? 〝グレイ・グー問題〟とかどうすんの!?」


 自己複製機能を備えたナノマシンが、もしプログラムエラーにより暴走した場合、地球上のあらゆる物質を素材化して増殖する危険性を訴えたのが〝グレイ・グー問題〟である。


 数十年前までは、フィクションでしかあり得ないとされてきたその問題も、近年の技術革新によって現実味を帯びており、そういった懸念からナノマシン研究開発に一部制限を課す世界条約が、国連先進科学研究機関のもとで締結されたはずなのだが、


「何やってんのデウス社。自己増殖するナノマシンとか条約違反だよ。人工ウィルスを使ったテロとか完全に無視して……あ、ダメだ。これ以上はまずい。知れば知るほど後戻りできなくなるぅ……っ!」


 真礼は目の前の情報に懊悩した。同時に、なぜミネルヤが妨害してきたのかも理解できた。巨大企業の不正を暴く。そんな危険な行為をさせまいとしてくれたのかもしれない。


「うん。見なかったことにしよう」


 今すぐタブレットの電源を落とそう。ミネルヤは部員二人に抑え込まれているせいで、まだこちらには気づいていない。こっそりと解析ソフトを閉じようとする。


 だが直前になって新たな情報が映し出されたことで、真礼は驚愕に口を抑える。


「あ……なに、これ……」


 それでも、震える嗚咽おえつが漏れてしまった。


 解析ソフトが提示してきた情報が、衝撃となって真礼の意識を遠のかせた。ただひとり真実を知ってしまった自分を悟る。言いようのない不安と恐怖が、彼女を激しく動揺させた。


「こんなの……こんなのってない――ッ!」


 気がつけば、人垣をかき分けて叶南のもとへ。


「ねぇ、叶南聞いて! 話したいことがあるの!」

「えぇ~なに真礼? 今いいところなんだけど……」

「ここじゃなくて別の場所で! 二人きりで話したいの!」

「あ、もしかして真礼も記念撮影? いいよ。二人でギャルピでも――」

「うふふ、ごきげんよう。ユニークさん♡」


 叶南と真礼。二人の会話を遮るようにして通った声が、教室内をしん、とさせた。


「――――」


 愕然とする二人の視線の先――周囲の生徒たちに混ざるようにして、ピンクと白のエプロンドレスを着た少女がひとり。


「『幻想加筆・概念置換オーバーライト・アトモスフィア』――〈絶対無敵の有翼魔獣フォールンワン・ザ・フェルビースト〉」


 ワンダフルアリス。その人だった。


「離れろおッ!!」


 ミネルヤの叫ぶ声が響く。

 だが突然の出来事に当惑するあまり、叶南は対処できない。


 瞬間、視界を覆い尽くさんばかりの閃光。次いで衝撃が教室内を震撼させた。


 叶南にとっては見覚えのある展開。あのときはワンダフルアリスから自分を救うべく、エステルミアが花火の魔法を使ったんだっけ……。


 しかし、これはそんな生易しいものではない。およそ考えられる最悪な形で――周囲の生徒を巻き込みながら――天井と壁をぶち抜くように魔獣が出現したのだ。


「ジャァァアアアアブゥゥウウウウウウウ――ッ!!」


 瓦礫を撒き散らしつつ上空へと舞い上がる猩々緋しょうじょうひの巨影。


 しかしながらいつも暴れている個体とは一線を画すと気づけたのは、果たして叶南以外にどれだけいたか。


 ポップでキャッチーな外見はそのままに、だが全身が羽毛で覆われた巨体には翼があった。足趾そくしがあった。鋭いクチバシもあった。ならば後は言わずもがな。この怪獣こそ――


『出たああ! 空翔ける巨大怪鳥――ジャブジャブーだああっ!』


 作家ルイス・キャロルが想像した架空鳥類。著作『鏡の国のアリス』にその名だけ記されたジャブジャブ鳥が、アリスによって召喚された怪獣であることを、どこからともなく飛来してきた魔法結社TVのヘリが告げた。


 奇襲にも等しいワンダフルアリスの登場は、終わってみれば一瞬の出来事。


 気がつけば叶南は、瓦礫の山に仰臥したまま周囲を見渡していた。


 累々と倒れ伏す生徒たちが、呻き声を漏らし助けを求めている。

 そのなかのひとり。頭から血を流して横たわる友人を認めて、すぐに跳ね起きた。


「真礼!!」


 目を剥き、覚束ない足取りで、急ぎ動かない友人の脇へとひざまずく。


「ねえ、起きてよ……ねえっ!?」


 どれだけ呼びかけたところで、しかし真礼は一言も応じなかった。

 手足を投げだし、全身を弛緩させたまま瞑目している。


 無情な別離を予感させる事態が、叶南に抑えようのない怒りを覚えさせた。


「な、んで……こんなこと……」

「ぜんぶ番組のためよ♪」


 場違いな、この惨状を前にして人格を疑うほどの、場違いなまでに明るく可愛いらしい声でアリスが言った。


「視聴率のためならん何でもする。それが魔法結社TVだもの♡」


 屈託のない、心から惨劇を楽しむような笑顔は無垢なまま。


「さあ〝プエラ・マギ・バトル〟を始めましょう!?」


 宣言した刹那、叶南は我を失った。


「人がいるのにぃいいいいいいいいいいいいいい!!」


 地を蹴り、突撃する身体はワンダフルアリスへ。


 二人の戦いの火蓋は、いま切って落とされた。

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