第12話 激突! ディアアステル VS ワンダフルアリス!

 ――とまあ、そんなこんなで現在に至るのだが……。


「くたばれや魔法少女ォオオオオオオオッ!!」

「ひゃわああああああああああああああっ!?」


 黒マスクたちの作戦会議も〝抵抗〟という形で答えが出たらしい。全員が躊躇することなく銃を発砲。目にも止まらぬ弾丸の嵐が、物陰に隠れる叶南を机越しに殴りつけた。


「誰か助けてぇえええ!?」


 これまで銃なる存在をエンタメのなかでしか見たことのない叶南でも、さすがに撃たれるとなれば恐怖せざるをえない。経験こそないが、弾丸を受ければどうなるか知っている。


 そのとき、叶南の意識にエステルミアの声が届いた。


『友よ。何をしている。戦うんだ』

「は? なに? もしかして直接脳内に!?」

『正解。契約した者同士で使える精神感応テレパシーだ。特典とも言おうか』

『へぇ、すごいね。離れていても喋れるんだ……』

『感心してる場合か。せっかくの見せ場を無駄にするな』

『で、でも銃で撃たれたら死んじゃうし! 魔法も使えないしぃ!』

『ふむ、言われてみれば確かに。宜しい。ならば助けを用意しよう』

『助け?』


 言葉の意味を問い質そうとする暇もあればこそ、続く救援に叶南は目を張った。

 正面口から走り寄ってきたミネルヤが、叶南の足許に何かを落としたのである。


を使え!」

「……なにこれ?」


 なおも続く銃撃におののきながらも、叶南はミネルヤに言われるままを拾い上げた。


 金属の円盤である。表面には幾多学模様の繊細な装飾が施され、中心に置かれた回転針がふちに刻まれたアラビア数字を指していた。一見して何かの計測器と思われるそれは、しかし裏面に備え付けられた腕輪のおかげで、身を守る盾のように見えなくもない。


「まさか」叶南はミネルヤを睨みつけた。「これで弾を防げって!?」

「違ぇよ! そいつは魔道具だ! ヒヨッコのお前を助ける――危ねぇ!!」


 解説も終わらぬうちに緊張を喚起され、叶南はハッとして身を強張らせる。


「コソコソ隠れやがって! これで終わりだァアアアッ!」


 いつの間に回り込まれたのか。強盗犯が叶南を見下ろしたまま狙い定めていた。


 ――やばい、死んだ……。


 絶望するあまり叶南は目を閉じた。

 弾丸は狙いあやまたず、自分の頭を貫通するだろう。


 かに思えたそのとき――ガチン、と何かが駆動する音を耳にして、叶南は手に持った円盤の針が勢いよく回っていることに気づく。


 転瞬、回転する針が止まると同時に、円盤の表面に浮かび上がる数々の記号――それこそは黄道十二星座を表すシンボルマークであり、円盤こと魔道具が可動する合図だった。


「わぁっ!?」


 叶南の驚愕も余所よそに、魔道具から次々と現れでる光の存在――その数、十二体。


 獅子がいる。牛がいる。さそりかにもいる。いや、動物ばかりではない。双子の男の子、背中から翼を生やした女性、さらには質量計器の天秤てんびんや半人半獣のケンタウロスまで。円盤から姿を現すや余波で強盗を吹き飛ばした。


「これって……」


 呆けた声のまま叶南は、周囲に浮かぶ存在を見て驚く。


「十二星座!?」


 星獣召喚器『伝承星群観測機ステラレコード』。叶南が手に持つ金属の円盤こそ、エステルミアが秘蔵する魔道具のなかでも、とりわけ強力とされる逸品であった。


 古代の天文学者が用いた天体観測機器〝アストロラーベ〟をもとに作り出されたそれは、遥か宙(そら)の彼方に輝く十二星座――それらを構成する星々のエネルギーを観測、集積、使い魔として召喚する魔道具であり、ことあらゆる戦闘における支援効果は絶大だ。


 各十二星座にまつわる伝承、もとい結び付けられた神話を能力として保有する召喚獣たちは、相対する敵に合わせて使い分けることができ、また最大三体までの同時召喚が可能である。


 にもかかわらず、叶南の周囲を漂うそれらは全部で。目の当たりにするエステルミアとミネルヤも、この想定外の現象には声もなく瞠目するしかない。


「なんかよくわかんないけど、これなら……」


 だがそんな変則事象イレギュラーを知るよしもなく、叶南は勇気づけられる。


「銃なんてきっと――へっちゃらだよね!」


 円盤に備え付けられた腕輪に左腕を通した。すると余裕のあった内径が見る見るうちに収縮していき、カチッと小気味良い音を立てて装着される。


「いくよ、みんな!」


 叶南の意思に感応した十二星座が、ときの声を上げ燦然さんぜんと輝く。


 空気を震撼させる星々の気勢。屋内を眩く照らしだすそれらを前にして、強盗犯たちが慌てふためきながら銃口を差し向けた。


「な、なんだこいつら!? 撃て、やっちまえええ!?」


 だが、もう遅い。


 流れ星のような軌跡を描き、強盗犯目掛けて殺到する十二星座。

 射手座は光の矢で一人目の銃を破壊。

 獅子座は二人目に噛みつくや壁に向かって投擲とうてき

 その間、牡牛座と牡羊座が三人目に突進をかまし妨害。

 さらに山羊座、蟹座、魚座、蠍座の面々が体当たりで容赦なく四人目を蹂躙。

 そして逃げ出した五人目を待っていたのは、笑顔で前方に立ち塞がる乙女座と水瓶座に加え、指を鳴らしながら凄むディアアステルだった。


 ちなみに双子座は天秤座で遊んでいる。


「ひぃいいいいいい……ッ!?」


 もはや条理ならざる攻撃を受けたことで、戦意喪失した強盗犯どもは動けない。


「や、やめてくれぇ……ッ!」


 近づいてくる叶南たちを前にしても、ただ為す術もなく見つめるしかない。


「金は返す、だから……ッ!」


 潔く白旗を振ったところで、市民を脅かした罪は裁かれるだろう。


「お助けええええええええ!!」


 涙ながらの懇願に耳も貸さず、叶南は悪を成敗した。




                ☆☆☆




 前半戦の終了がアナウンスされたのは、黄昏たそがれが空を染めようかという頃だった。


 叶南たちはそれまで奔走していた人助けを切り上げ、泡沫市の海浜公園にあるベンチに腰を落ち着けると、スマホアプリで魔法結社TVを視聴。豪奢な照明でライトアップされた『タマユラドーム』のステージ上で、司会進行役を務めるアナウンサーに注目した。


『それでは皆様、お待たせ致しました! プエラ・マギ・バトル、前半戦の結果発表です!』


 カメラが切り替わり、会場に詰めかけた多くの観客にアングルが向けられる。ドラムロールが鳴り響き、セレモニーを盛り上げる音楽に合わせてその間隔が縮まると、観客の緊張を一心に煽りながら最後の音を高鳴らせた。


 ダダダダダダダダ――ダダンッ!


『獲得票数1617430! 勝者、魔法少女ワンダフルアリス!』


 会場内に反響する盛大なファンファーレ。観客は驚嘆の声をさざ波のごとく広げ、割れんばかりの拍手を打ち鳴らした。虚空を駆け巡っていたスポットライトは一斉に向きを変え、花道の上に立つワンダフルアリスを照らしだす。


『おめでとうございます!』


 栄冠を讃えるアナウンサーに気を大きくして、アリスが両手を広げながら喜んだ。


『みんなありがとーっ! やっぱりわたしが一番よねー?』


 同意を求められた観客が、手慰みにアリスを褒め称える。


『さすがだ。すごいぞ。ワンダフルアリス。誰もが認めるワンダフルアリス!』

『うふふ、ありがと♡』


 再びの歓声。だが今度のそれは、もはや悲鳴にも似た異常な興奮であった。まるでスポーツの試合終了後を彷彿とさせる喧騒けんそうと熱気。観客も互いに抱き合い号泣している。


 それら観客の反応を画面越しに、叶南は暗澹たる気持ちとなった。


 瞬間、隣に座る真礼が声を荒げる。


「はぁあああ!? なにこれ! ズルじゃん! 不正じゃん!!」


 その批判の理由を問い質すまでもなく、叶南は画面に映る集計結果を見て深く溜息。次いで背後から覗き込むエステルミアへと視線を送った。


「キミの言いたいことはわかる」


 言われるまでもない、と魔法使いは応じた。


「残念ながら、出来レースだ」

「――――ッ」


 推測が立証されたことで叶南は歯噛みした。いや、むしろ最初から危惧すべき要素だったのかもしれない。街がアリスの魔法で支配されている以上、たとえどれだけ人助けに尽力しようと勝敗はすでに決していた。


「投票結果を見れば一目瞭然だろう。これだけ圧倒的な差をつけられれば、嫌でも察しがつく。魔法による印象操作。それだけ市民の心はアリスに囚われている」


 歴然たる物言いに愕然とし、叶南は再びスマホ画面を見やった。


 投票アプリにある数字の羅列――《1617430》と《302570》。


 前者は言わずもがなワンダフルアリスの成果であり、後者はディアアステルの結果であった。


「納得できないこんなの! ちょっとデウス社に文句言ってくる!」


 憤懣やるかたない真礼の決意を受け、エステルミアが宥めるように言い聞かせる。


「待たんか。言ってもシラを切られるのがオチだぞ。それにたとえフィッツジェラルドに抗議しても、あれもまたアリスの実力と言って憚らんだろうよ」


 叶南は意識が遠のきそうになった。感覚が麻痺まひし、スマホを手から落としてしまう。


「ご、ごめんなさい……」


 項垂うなだれた拍子に視界が滲みだし、叶南はこらえきれずに泣きだした。


「……叶南」真礼が叶南を抱きしめる。「謝らなくていいよ。頑張ったよ」

「だけど……負けちゃった。街の人たちの命がかかってるのに。ぬいぐるみにされた人も助けなきゃいけないのに。私、なにやってんだろ……馬鹿だ……」

「そんなことないってば。魔法でズルした向こうが馬鹿だよ」

自惚うぬぼれてた……【聖女】ならどうにかなるって。悔しいよ、こんな……」


 そうつぶやくごとに大粒の涙が滴り落ちるのを、叶南は黙って見つめるしかなかった。自分の情けなさに切歯するあまり喚きたくなる。だが涙がれるに任せるしかない。心の中は自責。ただそれだけに尽きる思いが、声を震えさせた。


「友よ。あまり自分を責めてはいけない。これを見ろ」


 すすり泣く声が虚しく響くなかで、エステルミアが叶南のスマホを差し出す。

 ふと目に入ったSNSアカウントが、叶南に疑問を口にさせた。


「……ディアステルのアカウントがなに……?」

「キミのフォロワー数が当初よりも増えた。これは利用できる」

「いやダメでしょ」真礼が否定する。「フォロワー数も結局また抜かれるし……」

「そうじゃない。キミを応援する人々の〝祈り〟が、【聖女】を強くするんだ」

「祈り?」と叶南は目元を拭う。

「そうだ。人類には生存本能という統一された意識があり、世を存続させたいという無意識下の願望がある。これが収束し、形而上けいじじょう的な空間となったのが――」

「集合的無意識!」


 こういう話題にも目がないのか、エステルミアの説明を真礼が無理やり引き取った。


「人間はみんな個体として存在するけど、無意識の深層で繋がっているって概念ですよね!? まさかそれが力になるって話ですか!? うわヤッバ科学だけじゃなく心理学まで作用するとかマジ【聖女】半端ないって!」

「……彼女いつもこうなのか?」


 あまりの熱気にたじろぐエステルミア。

 それを叶南は苦笑で答える。


「うん、まぁ守備範囲が広いと言いましょうか……」

「どうやら好奇心旺盛なようだ。……話を戻すぞ。集合的無意識というのは地球で提唱された概念だが、これはアースノールにも広く知られている。〝祈りの彼方〟という名前でね」

「何か違うんですか?」と真礼。

「同じだよ。ただしアースノールの場合、概念と言うより死後の世界としての意味合いが強い。それでも人々の無意識が集う場所であることに変わりないんだ。要はね、人類の生存本能――死にたくない、平和でいたい、という〝祈り〟が【聖女】を後押しする力となるのさ。友よ。キミを応援する人間が多ければ多いほど戦いが有利になるぞ」

「なるほどー。なんかゲームで言うバフみたいですね」

「我々魔法使いで言うところの補助魔法か。だが、魔法と違って人々の〝祈り〟は失われない。それこそときを超え不朽ふきゅう。あらゆる戦場において【聖女】は華となり、光となり、そして希望となる。だからね、友よ。それ以上自分を責めるのはよしなさい。後半は単純な格闘型式。こと肉弾戦に至っては、アリスよりも上のステータスをキミは持っている」

「わかるの?」叶南がいた。

「もちろん。私は契約者だぞ。【聖女】の各種能力値からスリーサイズまで把握済みだ。が、魔法だけは今もってわからん。まぁ、なんとかなるさ。日中、キミに渡した『伝承星群観測機ステラレコード』が戦いを補助してくれるからね」


 叶南は左腕に装着した金属の円盤を見た。夕日を受け光沢を放っている。


 銀行での一幕が想起され、前半戦で負けた傷心が癒されていくのを感じた。十二星座たちはどれも華々しく、精悍せいかんで、心強かった。まるで叶南の思考を読むかのように、命令されずとも戦場を駆け回るさまは、長年連れ添った相棒のような安心感があった。


 我知らず微笑を浮かべ、叶南は吐息をつく。

 その呼吸で気を取り直す余裕も生まれた。


「だってさ叶南。自身持たなきゃ。次の戦いまで知名度上げて戦闘力アップだよ!」

「ヘッ! わかったなら、ちったぁヤル気出すんだな! オレも手伝ってやるからよ!」


 真礼だけでなく、普段は当たりの強いミネルヤにも励まされたことで、叶南はますます心が軽くなった。全員に感謝せねばならない。もし彼女たちの温情がなければ、不安と焦燥を抱えたままアリスと戦う羽目になっていた。いまの私があるのは仲間のおかげ。自分でもそう深く実感できるほどに、声が感動で震えた。


「うん……うん……そうだよね。ありがと、みんな……っ!」


 そのとき、はたと気づいた視界の端で、叶南は近づいてくる親子連れを見た。


「あなたは……」


 日中、車に轢かれそうになった児童の母親だった。助けた女児と手を繋いでいる。


「ディアアステルさん、ですよね?」


 問われて、叶南はおずおずと返事をしつつ立ち上がった。


「はい、そうですけど……」

「あの時は本当にありがとうございました!」


 母親が勢いよく頭を下げた。


「それでこの子が、どうしてもお礼をと言いまして……ほら、渡すものあるんでしょ?」

「うん、これ」


 女の子が小さな手で何かを差し出す。それを叶南はしゃがんで受け取った。


 プレゼントされたのは『お守り』だった。

〝必勝祈願〟と表面に刺繍ししゅうされてある。


「先ほどは残念でしたけど、後半戦はこの子ともども応援しておりますので、どうか頑張ってください。グッズが出たらぜひ買わせて頂きます」

「ディアアステルがんばってぇ」


 なんて健気な子の……。

 女の子の気持ちに感極まり、叶南は目に涙を溜めて微笑んだ。


「ありがとう、本当にありがとう。私、絶対勝つから。応援よろしくね!」


 ばいばい。女の子が手を振りながら母親と去っていく。


「友よ。これはいよいよ負けられなくなったな」

「うん。もうくじけない。この街の人のためにも」


 先ほどまで感じていた自責や無念は、もうどこにもない。先々の不安や恐怖も、人々の応援があれば悩まされることはない。黄昏に染まった空の果てまで放逐ほうちくし、忘れ去ることができる。それが、たとえ束の間の安息に過ぎなくても――

星見叶南は挫けない。

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