第11話 激突! ディアアステル VS ワンダフルアリス!

  明朝、星見宅の居間にて。


「なるほどね。まあ、仕方ないと言えば仕方ないが……」


 食卓を挟み、事のあらましを聞いたエステルミアの第一声がそれだった。


 真礼に証拠を突きつけられた後、叶南は正直に自分が体験したことを一から説明した。

 途中、騒ぎを聞きつけてきたミネルヤの紹介も交え魔法使いであるエステルミアの来歴、そして街がワンダフルアリスによって支配されていることも含めすべてをつまびらかにした。


 なかでも、かつて存在していた外惑星アースノールについての真礼の関心は凄かった。機械オタクである彼女にとって宇宙工学、並びに天文学すらも興味の対象だからだ。地球外生命体の存在が証明されたいま、真礼のエステルミアに対する興味はとどまる所を知らない。


「エステルミアさん、アースノールって地球に似せて作られたんですよね? てことは表面に水を維持できるから主星は何ですか? エネルギー放射量は? フレアの影響は? あと大気の組成そせいとか銀河座標も詳しく――」

「ちょいちょい真礼、少しは落ち着いて!」


 冷めやらぬ熱意に水を差すかのように、叶南は前のめりになる真礼を宥める。


「質問攻めにすると困っちゃうじゃん。加減しなよ」

「えーせっかくの宇宙人なのに。あ、そうだエステルミアさん。その尖った耳どうなってるんですか? できれば触らせてほしいなー」

「別に構わんが……」


 言ってエステルミアが席を立ち、近づきざまに真礼の顎を指で持ち上げた。


「エルファールの耳に触るということは求愛の証となる。覚悟はいいかね、お嬢さん?」

「マジすか」

「そういえば自己紹介がまだだったね。私はエステルミア・フレダ・メネルダリウス。好きなものは酒と女の子と知識を探求すること。可愛いお嬢さん。この後お茶でも如何かな?」

「トゥンク♡」

「ちょっと待ったぁ!!」


 ただならぬ雰囲気に心が泡立ち、叶南は近づきつつある両者の顔を離した。


「何やってんの二人とも! 不純同性交遊!」

「――ハッ、私ってば何を……?」


 茫然とした面持ちから我に返る真礼を、エステルミアは名残惜しそうに見つめる。


「おいおい、せっかく落とせそうだったのに感心しないな。この国には人の恋路を邪魔する奴は脊髄せきずい抜かれて死んでしまえという――」

「馬に蹴られてだよ!!」


 腹が立ち、喰ってかかるように叶南は指摘した。


 初めて会った時より気になってはいたものの、叶南へのアプローチといい、真礼への口説き文句といい、まるで女性をたぶらかす魔性のごとき振る舞いをエステルミアは平気でする。エルファールという種族は、どれもこんな感じなのだろうか……。


 はたしてそんな叶南の疑惑の目を知ってか知らずか、エステルミアは長い銀髪をぞんさいにかき上げると、閑話休題とばかりに居住まいを正した。


「本題に戻ろう。カシワギマアヤ。キミはこの街の現状を知ってしまった。ワンダフルアリスの支配についても、私という存在のことも何もかも。失敗すれば命に係わる戦いだ。それでも、キミは我々に協力すると言うのだな?」

「はい。最初、叶南から聞いたときは信じられませんでしたけど……。何もしないで叶南だけ戦わせるのは嫌です。ご飯食べてる時とか、お風呂入ってる時とか、友達が大変な目に遭ってるのに知らない振りとかしたくない。そんな生き方、絶対後悔する」

「真礼……」


 友人の覚悟と思いやりを前に、叶南は心を打たれて涙ぐんだ。

 そういえば、この真礼という子は竹を割ったような性格であった。

 東に喧嘩があればこれを仲裁し、西に追試の子がいれば勉強を見てやる。

 そんな彼女だからこそ、叶南も友として信頼するのだ。


「相分かった」エステルミアが頷いた。「その生き様、称賛に値しよう。友を想う心もまた人の美徳である。キミを仲間として認めるよ。マアヤ」

「ありがとうございます。……いやーそれにしてもなんか……本当にファンタジーの住民って感じっすね。こう話し方とか見た目とか綺麗だしカッコいいし」

「二人きりのときはもっと凄いぞ?」

「はふぅん♡」

「やめてぇ!」


 ただならぬ雰囲気第二幕に、叶南は再び恥ずかしくなった。


「――さて、諸君。茶番はこれくらいにして、我々も行動を起こすとしよう」


 だが突然、エステルミアが軟派な態度を改めたことで、呆気に取られる。


「え、どこに行くの……?」

「わからんか。今朝方、ミネルヤを通して連絡があった。もちろん――」


 促され、それまで黙していたミネルヤが声を張った。


「〝プエラ・マギ・バトル〟だ! やっこさん、一足先に始めてやがるぜ!」




                ☆☆☆




 星見宅から繁華街までの距離を、叶南たちは数十分かけてようやく到達した。


 本来、土曜の午前中であればそれなりに往来のある交差点だったが、今日に限っては皆一様に足を止め、ビルに備え付けられた大型ホロビジョンを見上げていた。


「ほら見て叶南。あれっ!」


 隣で指摘する真礼の視線を追って、叶南も前方に立つビルを見やる。


 はたして、異変の原因は大型ビジョンに映し出されていた。

 おそらくは泡沫市で運営されるドーム型スタジアム――通称『タマユラドーム』の内部であろう。コンサート用に設置されたステージ上で、ワンダフルアリスがマイク片手に笑顔を浮かべていた。


『みんなー! 応援よろしくねー! それじゃ行っくよー?』


 そう宣言した直後に、スピーカーから流れる大音量のポップミュージック。


『まずは一曲目! 〝不思議の国からごきげんよう♪〟!』


 ハイテンポな曲調に合わせて、アリスが可愛らしい歌声で持ち曲を披露していく。

 カメラに向かってキュートなポーズを取り、色っぽくウィンクしながらダンスを踊ってみせた。すると観衆が一斉に声を上げ、大喜びでスマホの画面をタップしはじめる。


 何事かと思い、叶南は手近な住民のスマホを覗き込んだ。

 瞬間、画面内のアプリを見たことで焦燥に駆られる。


「マズい――」

「出遅れたな」


 叶南の言葉を引き取るようにして、エステルミアが唸った。


「たしか前半戦は互いの得意分野で競うのだったか。ふむ、そうとくれば友よ。悠長に構えてられんぞ。今もこの瞬間、アリスは市民たちの票を得ている。デウス社が用意した投票アプリによってね」

「ホントだ」真礼が自分のスマホを指して言う。「いつの間に作ったんだか」


 二人の指摘通り、画面内にあるのはプエラ・マギ・バトルの投票アプリだった。

 やはり大会内容を意識しているためか、全体的に闘争心を煽るかのような炎のアイコンが目立ち、背景には二人の【聖女】のシルエットが対面する形でデザインされている。


 投票はライブで集計されているらしく、目に見えてアリスの票が増していくのが見て取れた。反して、叶南ことディアアステルの票は十にも満たない。


 このままでは……。


「ねぇ、ヤバいって! 今すぐ私も何かしなきゃ!」


 慌てて身振り手振りする叶南に、エステルミアが眉をひそめて聞く。


「はて。するにしてもキミは何ができるんだ?」

「ア、 アリスみたいに歌うとか?」

「どれ、聞こう。歌ってみなさい」

「え、えぇ……」


 要求され、しばし羞恥心でまごつく叶南だったが、真礼とミネルヤの視線に促されたことでおずおずと歌いはじめた。が、その音程といい、リズムといい、どれもが壊滅的なまでの調子外れ。アリスと同じ『不思議の国からごきげんよう♪』のつもりでも、まったく別の歌に聞こえたことで全員が唖然とする。


「……友よ、それで歌ってるつもりか?」

「いや~まさかここまで音痴とは……」

「音痴っつーかウンチだウンチ! クソだクソッ!」

「ひどぉい!!」


 エステルミアの狼狽はまだ我慢できる。続く真礼の苦笑も戯言として容認できた。だが最後にミネルヤが発した悪口は、さすがの叶南でもショックを隠し切れない。


「うぅ……ぐすんっ、いいもんねどうせ……戦うしか能が無いですよ~だ……」

「それだよ」

「え?」


 悲しみに暮れる叶南に、そう明るく意見したのは真礼だった。


「戦うんだって。【聖女】だもん。でしょ? エステルミアさん?」

「そうだな、マアヤ。キミの言う通りだ」


 我が意を得たりとばかりに不敵な笑みを浮かべ、エステルミアが首肯する。


「なにも生来の得意分野で競う必要はない。【聖女】とは、それすなわち守護者なのだから」

「なるほどな!」ミネルヤも同意した。「失念してたぜ! いい考えだ!」


 未だ要領を得ない全員の会話が、叶南に困惑を催させ否応なく質問させる。


「……ねぇ、いったい何の話してるの?」


 だがしばらくは誰も口をかず、叶南の顔を愉快そうに見つめるだけ。


「え、なにぃ……何なのぉ……ねぇ!?」


 そんな二人と一羽のようすに不穏なものを感じ、さらに戸惑いを覚える叶南だったが数分後、その真意を〝人助け〟という作戦で知るところとなる。




                ☆☆☆




「全員その場で動くなぁッ!!」


 ダダダダダ――ッと、手にした自動小銃を威嚇射撃に用いたのは、黒いマスクを被った五人組の集団であった。


「手を上げて下を向けぇ!! おかしな真似すんじゃねぇぞ!?」


 場所は変わって泡沫市の片隅にある『空蝉うつせみ銀行』。市内でも有数の都市銀行たるこの場所は、たとえ不届き者に襲われようと警備ロボットが迅速に対応し、完璧なフォーメーションでたちどころに犯人を拘束するのだが、今日に限ってはそのどれも稼働を停止していた。


 それもそのはず。今回の銀行強盗は一味違う。


 集団の中に電子機器を専門とする知能犯がいるのだ。彼の手にかかればすべてのロボットはハッキングされ、AIによる抵抗も虚しく機能は剥奪されてしまう。


 まさに絶体絶命の無法地帯。市民は怯え、言いなりになるしかない。

 ゆえに奇跡でも起きない限り、このピンチは覆せないだろう。

 だが、【聖女】ならばどうだ。


「ちょーっと待ったあああああああああああッ!!」


 強盗犯の後方二メートル。市民の誰もが床にうずくまるそこで、ただひとり仁王立ちで大声を響かせるモブ一号――否、美しすぎる少女がいた。


「果てなきそらから煌めきコメット☆ 【聖女】ディアアステル、ピカッと推参!」


 くるりと回ってスカートキラリ。

 クールな仕草でウィンクバチコン。

 悪に向かって初の口上。

 いけいけ僕らのディアアステル。

 この街守るぞディアアステル!


 ……などとナレーションが聞こえてきそうなポーズを決める彼女を余所に、強盗犯は呆気に取られるや互いに耳打ち。緊急作戦会議が始まったのだ。


「オイッ、何で魔法少女がいんだよ!?」

「この街にはひとりしかいないんじゃねぇのか!?」

「ちくしょうどうする!? ずらかるか!? ここまで来て!?」

「待ってくれ。せっかく警備システムをハッキングしたんだぞ」

「結構可愛いな……」

「あの~私正義の味方なんですけど……あなたたちの敵なんですけどぉ……?」


 予想に反し強盗犯のリアクションが薄かったことで、さすがの叶南もいたたまれなくなったのか、自信満々の表情はみるみるうちに不安に染まり、やがては涙目となってしまう。


〝ねぇえええ!? 話と違うんですけどぉおおおおお!?〟


 錯乱のあまり、もはや強盗犯との対峙さえ忘れた叶南は、助けを求めるような目でしきりに正面口を見やる。なぜならそこには――


「うわぁ、思いっきり外しちゃったよ。恥ずかしぃ~」


 物陰に身を潜める真礼たちが、叶南の勇姿を見守っているからだ。



 ――こうなった経緯にはワケがある。



 ワンダフルアリスに先を越され、急ぎ対抗策を欲する叶南にアドバイスをしたのは、他でもない真礼とエステルミアだった。これといって特技のない叶南に市民の票を集めさせるには、地道な自警活動しかないと踏んだのである。


 かくして、ディアアステルの人助けが幕を開けた。


 休日だけあって人出も多く予想された繁華街。絶好の機会をのがさぬよう、叶南は広い街中を端から端まで駆け回った。


 迷子の道案内、ご老人の荷物持ち、落とし物探しやペットの捜索など。もちろん【聖女】に変身したうえでの活動だ。体力と五感に優れた【聖女】ならば、疲労することなく緊急事態に対処できる。そう指導したエステルミアは慧眼だった。現に助けた住民のなかには、危うく車に轢かれかけた児童もいたのだから。


 無事に児童を救えたとき、ディアアステルは心底安堵した。もしこれが生身であれば児童を救えなかったかもしれない。まさに命を守る力であった。かつて憧れていた魔法少女、もとい【聖女】の面目躍如めんもくやくじょを果たしたことで胸が熱くなり、同時に深く感謝もした。自分に力を与えてくれた、エステルミアという魔法使いの存在に。


 児童の母親の投票もあり、これまで助けてきた住民の票と合わせて、ディアアステルの票は一〇万に届こうとしていた。ちなみに、この成果は助けた人の数と比例しない。街を奔走するディアアステルを目撃した住民が、その活躍をSNSに投稿したことで得た効果なのだ。


「やった! この調子でいけば、もっとたくさん集まるかも!」

「うん! 『#ディアアステル頑張ります!』が効いてるよ!」

「待て待てお嬢さん方。喜んでるところ悪いが……」


 投票アプリの数字に喜び合う叶南と真礼に、そう水を差したのはエステルミアだ。


「緊急事態だ。あれを見てほしい」


 示され、少女二人はエステルミアの視線を追った。するとそこには……。


「マ、マズいって。あれ強盗じゃん!」


 叶南が狼狽する先は銀行の出入り口。全身が黒づくめの五人組が、周囲を警戒しながら自動小銃片手に突入していくではないか。


「てゆーかなぜに今さら銀行強盗? 街がワンダフルアリスに支配されてるなら、あんな犯罪魔法でどうにかしてんじゃないの?」


 疑問に首を傾げる真礼に、エステルミアが吐息して言及する。


「あれもまた『幻想加筆・概念置換オーバーライト・アトモスフィア』が起こす不具合だろう。かの魔法が生み出す矛盾を否定できるだけの基盤が、完璧に思い描けないがゆえに起こる事件と言えよう」

「なんか、不完全な設定構築プログラミングが起こした瑕疵バグみたいですね」

「いい着眼点だ、マアヤ。デウス社も事は把握しているのだろうが、実際は怪獣との戦いしか中継せず、ああいった犯罪を無視してきたのさ。だからこそ……」


 そこで言葉を切り、エステルミアにしては珍しく声を張り上げて、


「友よ!」

「ひゃ!?」


 ぺチン、と叶南のお尻を叩きながら、騒ぎが起こっている銀行を指差した。


「今すぐあそこへ向かえ! これはチャンスだ! キミの力を見せしめろ!」

「嘘でしょぉおおおおおおおおおおおおおおおお――――――ッ!?」

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