第7話 初の商談
俺は美人と話していたつもりだったが、美人の通訳を通して相手をしていたのは近くのブルガンという産油国の王子でローレン殿下という方だった。
俺は美人にばかり目が言っていたので、こんな高貴な方を相手していたのにもかかわらずやたらに饒舌に話していたらしい。
俺の接客を相当気に入ったのか、王子は明日船の方に来ることになっていた。
見込み客ゲットだぜ。
幸先の良かったと喜んでいたけど、よくよく考えると産油国の王子ならどこの出品者にとってこれ以上にない上客のはずなのだが、積極的に王子にアクションを取る人は見なかった。
それどころか俺の方を見ていた他の出品者は、俺に対して嫉妬というよりも同情的な目を向けていたような気がしたが、どうだろう。
その日の仕事は、殿下の相手で終わり、長かったデスマーチのような仕事はとりあえず一区切りだ。
よかったよ、せっかく部屋を取ってもらったのに、ベッドを使わずに終わるかと思ったが、今日だけはホテルのベッドで寝ることができた。
ぐっすりと寝ることはできたけど、時間だけは不満だ。
なんだかんだと昨夜ベッドに入ったのは日付が変わった午前一時で、集合は午前八時だ。
朝食を取り、身支度を済ませると睡眠時間は5時間くらいだったが、ここ最近の中では一番長かったので、とりあえず良しとしよう。
今日は殿下が船に来るので、失礼の無いようにしっかりと準備だけは済ませる。
その殿下は午前十時に船を訪ねてきたが、リーダーも殿下の訪問を知っていたはずなのだが、その前の午前9時半に社長に呼ばれてホテルに出かけている。
結局船には俺の他営業のできそうな者はおらず、実質俺一人で殿下の相手をしていた。
船内に招いて、一つ一つ丁寧に説明していく。
昼頃になり殿下を送り出すタイミングで、ちょっとした事件が発生した。
殿下たちが船から出てマリーナから出ていくと、外の方から車のぶつかる音がして、すぐに急ぎ足で殿下が船に戻ってきた。
忘れ物かと思ったのだが、殿下は船に乗り込みすぐに船を出してくれと強く希望するので、俺の操船で湾内をクルージングしてみた。
殿下や通訳の女性はクルージングと楽しんでいるようには見えずに、しきりに携帯電話を使ってどこかに連絡を取っていた。
どこまでクルージングをすればいいのかわからなかったので、適当なところで船を止め、殿下たちが落ち着くのを待った。
結局殿下たちが落ち着いたのは日も傾きだした午後三時過ぎだった。
殿下の許可をもらって港に戻る。
結局何があったのかわからないまま、殿下に振り回されただけの一日だった。
肝心の豪華クルーザーの営業の方はホテルで、プロモーションビデオなどを使って無事に行われていたので、俺の存在はあってもなくてもかまわない状態だったとか。
翌日は、午前中から社長が例のアメリカ人社長を連れて船までやってきて、さんざん自慢している。
アメリカ人も負けずに何か言っているようなのだがあいにく俺には英語での会話はついていけない。
それでもあの美人秘書を通して俺に説明をさせて、どや顔だ。
どうにか、このプロジェクトは成功のようだ。
見込み客としてはかなり有力だと思われるブルガン王国のローレン王子をはじめ幾人かの感触を得ている。
後は内装や補助の装置などを工夫することで値段交渉次第のようだ。
見本市二日目にとにかく目的は達成されたので、皆の顔色も良い。
そのまま社長一行とうちのリーダーも一緒にホテルに移動してしまったために船にはまた俺一人が残された。
クルーザーでサンドイッチの昼を取り、船内の掃除をしていると、ローレン王子が通訳の美人を連れてまたやってきた。
通訳の美女はまたすぐに船を出してくれという。
俺は、携帯電話でリーダーに一言伝言を入れてから船を出す。
その日も夕方近くまで港の外に船で出ていた。
その間、世間話を美女の通訳で王子として時間をつぶす。
しかし、この王子さまは何をしたいんだろうか。
よくわからない日が続く。
見本市の最終日に再度船までやってきた王子に驚かされる。
即金で金を払うから船を売れと言ってきた。
まいどあり~。
俺はすぐにプロジェクトリーダーを船に呼んで商談を進めた。
しかし、商談はなかなか進まない。
王子はとにかく今すぐに船を売れとばかりだ。
さすがにいろいろと手続きもあるので、すぐには無理だ。
それに何より、基本商売のスタイルは注文生産であってこの船は見本だ。
見本を売るわけにもいかないだろう。
しかし、王子側も折れることはなく、昼過ぎまで協議が続く。
なんだか王子の方に切羽詰まった感じもしないでもない。
会社としても、この船を売ることに何ら問題はないが、もろもろの手続きの関係でたとえこの船を売るとしても一月近くの時間がかかるという話だった。
しかし、王子の希望はこの船での帰国を望んでいる。
ひょっとして初日に来た時にあった交通事故と関係があるのか。
まさか王子の命が狙われているとか。
それとなく美人の通訳に探りを入れると、どうも安全に帰国するのに既存の交通システムでは難しそうだというのだ。
いったいどういうお国柄なんだよ。
一国の王族が安全に帰ることができないなんて日本から出たことがない俺にとって想像すらできない。
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