第3話 代理店の接待

 しかし、いざ船が出来上がると、困ったことが判明した。

 船が売れない。

 いや、売り方がわからない。

 今まで販売していた客層に対して、売るわけにもいかず、クルーザーを販売していた部署からは商品の受け取りを拒否されたのだ。

 当たり前の話だ。

 いざ販売しようとしても今までとは勝手が違う。


 何せ、今まで相手をしてこなかった客層だ。

 販売チャンネルもノウハウも持ち合わせていない。

 普通に考えれば、こうなることは明らかであるため誰も販売に関わりたがらない。

 それでも、流石に社長の趣味で作りましたは許されないので、社長肝いりで特命チームが作られたという。


 そんな曰く付きな部署に転職そうそう配属させられた。


 配属先のチームには俺の他には女性事務員が10名と、男性は俺の他には開発チームからエンジニアが5名ほど配属されている。


 恩人の管理職は、確かに今までの経緯を聞く限り運は無いのかもしれないが、能力は別だ。


 多分、社長もそのあたりを見越しての人事だったのかもしれない。

 周りから聞こえてくる噂ではあるが恩人の課長は薄幸である人なのに管理職まで出世できたのは、ひとえに彼の能力によるものらしい。

 とにかく仕事のできる人のようだ。


 その人が、俺の配属早々に豪華クルーザーの販売のために中東のセレブの集まる町で開催される国際見本市に出展を決めてきた。


 俺たちには、パスポートの提示を求められて、持っていなかった俺は無理やり会社経費でパスポートを作る羽目になった。


 見本市に出向く者全員、と言っても今回出張するのは俺の他は件の管理職と、メンテ要員としての技術者の3人がクルーザーに乗り込んで、自分たちが操船して中東のドバイに向かった。


 何が悲しうて男ばかりが豪華クルーザーに乗って長らくクルージングしないといけないんだ。

 しかも、見本市に出展が決まっているので、船内を汚すわけにもいかず、豪華な造りのベッドルームなどは一切使わずに2週間の船旅だ。


 途中、シンガポールなどいくつかの港によって補給と休憩はしたけど、船内では交代で操船しながら、寝るときには床で寝袋という、周りがやたらに豪華だけあって、ものすごく悲しい気分になる船旅だった。


 さすがに補給も休憩もなしに二週間の操船はあり得ない。

 最初に香港に寄港して補給することになっていたのだが、香港にあるクルーザーの販売代理店に補給のための寄港の手続きを頼んでいたようだが、その代理店が用意していたのは、香港の港ではなくお隣のマカオにある金持ち用のマリンパークだった。

 午前中にそのマリンパークに寄港した俺たちを代理店の人が接待してくれる。

 その代理店の担当者は俺たちが置かれているがけっぷちの状況を知っているようだった。

 何せ、今度の見本市で見込み客の一人も捕まえないと、社長の社内評価にも影響が出るし、何より俺たちのリーダーの進退までもが問われそうだというのだ。


 香港でなくマカオに寄港させた気の利いた代理店の担当者は、マカオの界隈では有名な商売の神様を祭る神社のようなものがあるといって、俺たちを案内してくれた。


 その神社のようなものとは横浜にもある関帝廟のことだった。

 三国志の英雄の一人関羽を神様としてまつる関帝廟は商売の神として広く信仰を集めている。

 マカオにあるそこは商売神様として後利益のあることで有名な場所だったようだ。

 平日だというのにもかかわらず、かなりの人でにぎわっていた。

 そこで俺たちは代理店の担当者も一緒にお祈りを済ませた。

 リーダーを含め他の人はお土産やお守りを物色しに行ったのだが、俺は関帝廟のお隣にひっそりとしてみすぼらしくはあったが別の祠があるのを見つけた。

 別に俺は信心深いわけではなかったのだが、転職先での初めての仕事でもあることだし、俺はその祠にもお祈りをした。

 その際に持ち合わせの小銭がなくなっていたので、財布からお札を出して賽銭箱に入れた。


 転職したばかりで、前の会社からもらった退職金もほとんど手つかずにあり、俺の人生では懐に余裕があったことなど今まで一度もなかったというのもあったのだろう、今までなら絶対にしない賽銭での札入れを、この時には何にも考えずに行ったのだ。


 そのあと俺たち一行は代理店の案内で娼館に向かった。

 代理店の人の言うことには、何でも『あげまん』がいると有名な娼館だという。

 ここらで運勢を上げていってくださいという感じでの案内だった。

 俺たちも男ばかりで缶詰状態だったこともあり、彼の配慮を素直に喜んで受け入れた。


 このあたりの営業はいまだに『飲ませ抱かせて握らせる』というのが残っているようで、営業ならばこういう娼館の一つや二つは確保しているものらしい。


 ちなみに、飲ませるはそのまま酒をお姉ちゃんのいる高級店で飲ませる接待のことだ。

 抱かせるは、今の俺たちのように女を抱かせる接待で、最後の握らせるは賄賂のことだ。


 彼らの商売スタイルについて俺はどうこう言うつもりはないけど、そのおかげで安心して楽しませてもらえることに感謝した。


 先の関帝廟から車ですぐの場所に目的の娼館があった。

 薄暗い店内に入ると、奥は急に明るい場所があり、そこにはガラス越しに女性がビキニ姿でひな壇に幾人も座って俺たちを待っている。

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