第2話 転職後のハプニング
普通ならば、俺は転職先でも前職と同じような仕事をするだけで、なんら面白みのかけらもない生活を続けるだけになる筈だったが、どうもそれは俺には許されるような状況ではなくなっていたのだ。
俺の人生の更なる転機は転職直後にあった。
転職を決めたその頃に、転職先の会社でも動きがあった。
この時代、社会変化の勢いがすごい。
俺の転職した会社もITバブルの影響を受けて、リストラまではいかずとも社内改革をしていた。
普通の大きな会社ならば、職場の異動はつきものなのだが、その場合、多くの異動は同じ事業部内に限られる。
役員クラスともなれば違うのだろうが、一管理職程度ならば同じ事業部の他の職場への異動するものだ。
俺の転職した会社も普通ならばそうなのだが、今回ばかりは違っていて、俺を助けてくれた課長は見事に例外の異動を命じられていた。
俺を拾うくらい奇特な人だけあって、運がないのか会社の社長直々の号令の下、事業部を越え、あるプロジェクトに異動させられた。
そのプロジェクトというのが新たに造った豪華クルーザーの販売のためのチームだ。
そのチームはマリン事業部内の工場で造られた超豪華なクルーザーを販売していくために新設された部署で、件の課長はそこの責任者に抜擢されたという。
問題の超豪華クルーザーの開発は、実は数年も前から始められていた。
しかも、俺の転職先の会社が主力工場を持つ同じ県内にある有力企業を数社巻き込んでとてつもない性能の船を完成させていたのだ。
今回立ち上げられた社長肝いりのプロジェクトは、できたばかりの豪華クルーザーを世界のセレブに販売していく部署だ。
課長からいきなり部長待遇での異動だそうだが、俺の行くはずだった産業用ロボット事業部のお客様サポート部署の他の同僚から聞いた話ではどうも貧乏くじを引いたらしい。
なので、新たに作られたプロジェクトには人が集まらず、俺は自分の意思に関係なく課長、いや、クルーザー販売特命担当リーダーと一緒に異動する羽目になった。
何せ俺をこの会社に引っ張ってくれた人が異動するものだから、産業用ロボットの事業部には俺を庇う人などいない。
まあ、俺としては働けるのならば何でもいいので快く異動に応じた訳だが、何せ異動先が貧乏くじと噂されている部署だ。
不安でしかなかった。
なにせこの超豪華なクルーザー開発の経緯が、曰く付きだと言われていたのだ。
もともとこの会社にはマリン事業部があり、ヨットからクルーザーも作っていたので、今更感はあるけど、世界のセレブに向けてのクルーザーまでは作っていなかった。
クルーザーを買う連中は俺から言わせたら全員がセレブに見えるが、会社の言うセレブはとにかく桁が違うらしい。
俺には全く想像もできない世界がこの世にはあるようなのだが、今回ターゲットとしているのは世界の中でも資産家ランキングでどうとか云うような連中だ。
日本国内で見ればターゲットになるような人は数人いるかどうかという話らしいが、あいにく日本人のメンタルの問題なのか世界のセレブのような贅沢をするような人ないないとか。
なので、このプロジェクトが相手をするのは最初から世界を見ている。
別に事業戦略を変えたわけでもないので、会社が目指す方向もわからない話ではないのだが、俺たちが命じられているクルーザーの販売に関しては今まで相手していた客層と明らかに違う。
新しいことを始めるのは会社としては投資するにしても相当なリスクを覚悟しての決断だっただろう。
問題なのはそのリスクを取る決断するいきさつにあった。
会社がいきなり客層を変えての勝負に出たのは、先の社長の号令のためだ。
しかも、いきなり社長が号令をかけてきた訳がいただけない。
これほどの規模を持つ会社になれば、社長は世界中の要人との顔合わせのための会議など参加する機会がある。
ある時ニューヨークで開かれたシンポジウムで、社長は同じ会議に出席していたアメリカ人の会社社長からジョーク交じりに嫌味を言われたそうだ。
『自分はクルーザーを所有してバカンスなどを楽しんではいるが、お前の会社のクルーザーは自分のようなセレブにはいささか貧相で趣味に合わない』と言われたそうだ。
確かに転職先の会社の客層はクルーザーに限るとプチセレブ相手の商売なので、言われたことにもそれなりに納得ができようが、物は言いようである。
さも高級品を造ることができないからプチセレブ相手でごまかしているように言われて、温厚な社長もさすがにカチンときたようで、それならば世界で一番のクルーザーを作ってやるとばかりに、これでもかというくらいの性能をてんこ盛りにしたうえ、内装もそれこそ皇室を招いても恥ずかしくないくらいに落ち着いてはいるがそれでいて高貴な仕上げのクルーザーを作ることまでには成功はできた。
会社には楽器も作っているので、ピアノ部門には腕の良い木工職人も多数在籍しているのだ。
彼らのうち一番腕の良い職人をかかりきりにしての製作だったとも聞いている。
漆なんか金に糸目をつけずにふんだんに使ったとか。
螺鈿に金粉などを扱うの職人までもどこからか探してきたともうわさされていた。
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