第6話 人生の転換点

 俺は新参者だし、あいつらの言う通り良い思いもした。

 しかし、この時の俺は賢者でも仏でもないので少し頭には来たが、甘んじで彼らの洗礼を受けた。


 すったもんだの挙句に結局徹夜して映像の編集は終わった。


 やれやれと、遅めの朝食を食べにホテルの食堂に行くと、この町で開催されるシンポジウムに参加する社長たち一行が食事中だった。


 すかさずリーダーは社長にあいさつに向かうが、俺たちはとりあえず隅で目立たないように食事を始めた。


 食後は、少し休んでクルーザーの掃除くらいしか仕事はないかと考えていたのだが、そうは問屋が卸さない。


 リーダーはできたばかりのプロモーションビデオを社長に見せながら説明していたようで、俺たちのところにリーダーと一緒に社長室長までもが来て。俺に仕事を振ってきた。


 できたばかりの映像を元に販促用にリーフレットを作れだと。

 とりあえず100部もあればいいそうだ。


 100部くらいならばあそこのビジネスサポートセンターの印刷機を使えばどうにかなる。

 簡単な製本までもできそうなので、それなりのものを期待しているだって。


 まあリーフレット製作もプロモーションビデオ編集の時のデータを使いながら、もともと用意してあるこのクルーザーの説明資料から文章を持ってくれば済むだけの話で、手間はかかるが難しい話ではなかった。


 3時間使って昼には準備できたので、リーダーに納品してもらった。


 俺はリーフレット製造で同僚たちとも別れて作業していたのでホテルで一人飯の昼食を摂った。


 おいしいのだが、さすがに海外で一人飯は少し堪えた。


 寂しく一人飯を堪能していると一人の美人が俺のもとに来た。

 彼女は見たことがある。

 社長の秘書だ。

 そうなるとまた仕事だな、厄介な。


 彼女は俺の隣でコーヒーを注文したのち、俺に仕事を振ってきた。


 もともとある販促用のプロモーションビデオに俺の編集した映像を入れ込めないかというのだ。


 もうこれは社長からの命令なのだろう。

 さすがに社長も頼みにくかったのか、自分の秘書を使ってお願いの形をとるあたり、とんだ狸おやじだ。


 ええ、どうせ俺はプロパーでないし、ここで散っても会社には痛手にならないでしょうね。


 さすがの俺も少し鬼が入るが、そこは社会人を10年以上も経験してきたのだ。

 笑顔で、承諾して食後にまたビジネスサポートセンターに向かった。


 驚いたことに、あの美人社長秘書もついてくる。


 見本市のレセプションまで5時間を切った時間だ。

 どうも社長の要望をこの秘書は理解しているらしく、業者に作らせたプロモーションビデオで、各装置の説明の後に、実際に俺たちが使って困難な操船を切り抜けた場面を入れたいらしい。


 俺の横でいちいち指示が入る。


 レセプション開催まで1時間を切った段階で、彼女の満足するものができた。

 データを彼女の持つ携帯パソコンに移して俺の仕事は終わり。


 やれやれやっと開放されるかと思った矢先に、今度は先行で現地入りしている同僚の女性が俺のことを呼びに来た。


「本郷さん。

 すぐにレセプションの準備をお願いします」


「え、俺も参加するの?」


「ええ、リーダーだけの予定でしたが、リーダーは社長にとられましたので、営業が足りません。

 リーダーは本郷に頼めって。

 タキシードは部屋にレンタルのものが来ているはずですから、シャワーでも浴びて着替えてください」


 俺は彼女の言われるままにシャワーを浴びてベッドにあるタキシードに着替えた。

 部屋を出るが、部屋の前で待っていた彼女には俺のことが気にいらなかったらしい。

 俺の手を取り、そのままホテル内の床屋に放り込まれた。


 髪を整えても、まだ不満があるようで、最後には彼女自身のポーチから化粧品を取り出して、目の下にできている隈をごまかし、やっと合格点をもらった。


「キャ、時間がないわ」

 彼女はそういうと、急ぎホテルのバンケットホールに向かう。

 国際見本市の前夜祭でもあるセレモニーには間に合った。

 俺は社長たちがたむろしているそばまで来て、控えている。

 セレモニーの後はパーティーになり散らばっていく。


 俺には、先の社長秘書がそばにつき通訳を買って出てくれた。

 俺をここまで連れてきた同僚は、カモを探しにパーティー会場内を動き回り、その都度俺のところまで連れてくる。

 俺は名刺を出して営業活動だ。

 すべて相手をしたのは外国人のために社長秘書がその都度通訳をしてくれているが、そのうち社長室長が彼女を呼びに来て、俺の営業が終わった。


 少し酒でも楽しむかと料理のある所まで近づくと、東洋美人がこれまた偉そうな中東人を連れて俺のところまできた。


「あの、サトネの方ですよね。 

 あのおしゃれなクルーザーを出品されている方ですよね」


 日本語で俺に語り掛けてきた美人は俺たちが持ち込んだクルーザーがお目当てのようだった。


 さすがに営業時間は終わりだよと言えればいいのだが、相手は美人だ。

 しかも日本語で語りかけてきているので、俺も思わず張り切ってしまった。


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