第5話 嵐の中の操船、そして

 俺たちの扱うのはクルーザーとしては中型に属する船になるようなのだが、俺からしたら十分に大きな船だ。

 日本が誇るメーカー数社が協力して本気で作った船だ。

 いたるところに最新の技術が盛り込まれている。

 とにかく省力化に特化した船といっても良いくらいにサポート機能が充実しており、基本一人で操船できるようになっている。


 もともと自社でクルーザーも製造販売しているので、豪華クルーザーも自社だけで作れそうなものだが、どこをとち狂ったのかあの社長は自分の持つ人脈を最大限使い、大手造船メーカーから取引先の電気電子メーカー、果ては大手自動車メーカーに協力を仰ぎ、何かと自動化に成功していた。


 とにかく、この船の性能がおかしい。

 船なのに前後左右に近接センサーやレーダーなどを取り付け、衝突防止機能ってものまで付けてあり、また、オートクルーズ機能までついているから驚きだ。

 自家用車かよって思ったら、工場がある同じ県内の大手自動車メーカーの協力で取り込んだ機能らしい。


 その他、推進装置も俺も詳しくは知らないけどポンプジェットとかいうやつらしく、船足が早いらしい。

 クルーザーの船足なんか業界にいなかったので俺は知らないけれど、先に協力を仰いだ先の大手造船メーカーは海保や海上自衛隊とも取引のある会社で海保の巡視艇などで使われている推進システムを使ったらしい。

 わが社初めての試みだったそうだ。


 そのおかげで、巡航速度が二つあるらしく、普通の巡航速度でも25ノットもあるが、高速巡行などという初めての試みらしいのだが、それがなんと30ノットも出る。

 最大の船速も35ノットは出せるとか。


 もう北の工作船かよと言いたい性能だ。


 その高速性でむさくるしい男どもの世界の期間も短縮されるから、俺には文句も言えないが、そもそも転職してから無理やり取らされた操船資格で、いきなりの海外遠征ってこの会社はかなりブラックが入るのかもしれない。


 そう、俺にも一人で、しかも夜中に操船の当番が回ってくるのだ。

 まあ、条件的には件のプロジェクトリーダーも船の操船に関しては俺と全く同じ条件になるが、とにかくこの人むちゃくちゃやるよな。


 そんな素人ばかりの俺たちを台風、いやここではサイクロンと呼ばれていたんだっけかそんなのに襲われた。

 気象予報会社とも契約をしており、気象予報を調べながらの操船だったのだが、何せ南の海上であったことで急激に発達したために、サイクロンの外周をかすめるようにしながら危機を抜け出した。


 この時ばかりは社長のこだわりに感謝するしかなかった。

 とにかくたくさんあった安全装置や自動化装置の助けを借りながらの操船だった。

 普段は夜中でも一人で操船していたが、この時ばかりは全員で操舵室に籠った。

 特に横波検知装置や、危険回避補助装置(仮)などの助けを借りながら操船したので、急な横波を受けて転覆することはなかった。


 一つ気に入らなかったのが、この時のリーダーは操船には一切加わらず、俺たちの様子を記録にとることで忙しそうだった。

 後でその時の記録の意味を知る。


 そんなこんなで無事に中東にあるドバイに到着して、先に現地入りしている社員たちが確保しているポートに船をつける。

 後は明後日から始まる展示会の準備だ。


 俺たちは先に現地入りしている社員に連れられて確保してあるホテルに入った。

 すでにまとめてチェックインは済ませたるらしく、俺はロビーで鍵を渡されて部屋に荷物を入れ、一息つく……筈だった。

 すぐにお隣に続く扉を開けてプロジェクトリーダーが中に入ってきて、俺はホテルの一階にあるビジネスサポートセンターに連れていかれた。


 その場で俺は嵐の中をリーダーが撮影したデータの編集を命じられた。

 販促用にお化粧をしておけと言われたのだ。


 俺は専門家ではないけど、それなりにそういうものは扱える。

 前の会社ではお客様サービスという名が付く保守部門だが、展示会などでは営業のサポートまでする何でも屋さんだった。

 展示会で使うメインのデモ映像は専門の会社に任せていたが、それでも細々したものについてはよく作らされたのだ。


 しかし、正直勘弁してほしい。長旅の末に休むことなく別の仕事を与えられた。

 まあ、がけっぷちにあるプロジェクトだ。

 俺もできるだけの協力はいとわないが、流石についたばかりで休まずとは、どうにかならないものか思うところはある。


 いざ編集を始めるといろいろと面倒ばかりだった。


 割とすぐに映像はできたので、確認を頼むと、次から次に注文が入る。

 これならぎりぎりまで見せなければよかったとすら思った。


 何せ俺に入る注文は絶対に営業に関係ないものばかりだったのだ。

 やれ、この時の俺の顔は締まりがないから別な映像に変えてくれとか。

 もう少しかっこよくしている場面をもっと入れてくれなど、あの時揺れる操舵室で頑張っていた同僚たちからいちゃもんが付く。

 これ、絶対マカオの時の俺に対するいやがらせだ。

 あいつらは俺だけがいい思いをしたとしきりに言っていたしな。

 しかし、あいつらだって、美人相手にやることはやっていたのだし、キチンと賢者にもなったはずなのだが、そんなことはすっかり忘れて、俺だけが美人二人相手をしたことに妬んでいた。

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