第10話 その誘い、別に意味はないけど
「とりあえずはお前が無事で良かった。まだ村には戻れないけど、ここならシグリッドさんもいるし、安全そうだな。のんきにハンモック作ってるくらいだし」
「はは、まぁ……」
シグリッドなんかハンモック乗る練習再開してるし、頭にはずっとイーターがいる……リックも笑うほど、のほほんな状況には違いない。
「俺は村に戻って様子見てからまた来る。なんか必要な物はあるか?」
そう言われ、何が必要なのかを考える。
今、欲しい物……寝床は確保。水は大丈夫。食べ物は種さえあればシグリッドの魔法で発育ができる。
「……悪い、もしできたら少しでいいから、衣類と果物と野菜の種を持ってきてくれるか?」
「種? なんだ、ここで育てるのか。そんな長期間もここで過ごすのはきついだろ」
シグリッドが魔法を使える、とは言わない。でもいつまでここにいるかはわからないし、できれば好きなことをしていた方が落ち着くし、果物はシグリッドが喜ぶから。
「とりあえずは大丈夫だ。先はわからないけど」
「そうか、フォレルがそう言うなら。なるべく早く持ってきてやるから、じゃあまたな」
リックは来たばかりなのに、また戻って行った。その背中に「無理はするな」と声かけると、手を挙げて去って行った。
それにしても魔物も住むこの森の中まで、よく入って来れたと思う。リック、そんなに剣術に長けていたかな。
「あいつはお前の仲間か」
黙っていたシグリッドが急に声を発した。
「あ、あぁ。村に住む友人で、僕を助けてくれたんだ」
「お前は村に帰らないのか」
その理由は話した方がいいのか、一瞬迷った。でも言わないでおいた。だって彼の父親の仇でもある勇者に求愛されて国から追われた、なんて。なさけないやら複雑やらで気持ちが滅入りそうだから。
「まだ、しばらくは帰れないかな、ほとぼりが冷めるまでは」
「そうか」
シグリッド、何を思ったんだろう。もしかして『早く帰らないかな』とか『そばにいると目障りだな』とか。感情はないけどそんな気持ちが湧いていたりするのかな。
(そうだよな、気ままに過ごしていたのに。突然変な人間が来たんだ……だんだんと嫌だと思うようになっても仕方ないことだよな……)
そんな不安を抱いている中、シグリッドはハンモックにゆっくりと背中を預けると足を片方ずつ持ち上げた。己がつぶされると判断したイーターは彼の頭から仰向けになった腹部へ、そそくさと移動する。
「できた」
ハンモックに寝ることが成功したシグリッドはそれだけ言うと寝転がったまま天を仰いで「いいな、これ」と感想を述べてくれた。ゆらゆら揺れて見た目は気持ち良さそうだ。
「ほ、本当? いい感じ?」
「あぁ、初めてだ。背中が冷たくない、硬くもないな」
軽くハンモックを自身で揺らすとお腹に乗ったイーターは気持ち良さそうに目を閉じていた。
気に入ってくれた。その感情表現は昨日のリンゴを食べた『うまい』という感想同様に嬉しく、自然とニヤけてしまう。
「良かった。じゃあそれは君が使って。僕はもう一つ作るから」
先程の作りかけていた作業を再開しようと思い、動き出したのだが。
「あ、あれ? さっきのやつ――」
リックが来る前にやりかけていたものを地面に置きっぱなしにしていたはずだが見当たらない。辺りを見回してみると茂みからゴソゴソと音がした。
「……あ」
茂みをのぞくと緑色の毛むくじゃら、赤い瞳が三匹分。シグリッドのお腹の上にいるものと同じ仲間がそこにいて、彼らの下には作りかけのハンモックが布団代わりに敷かれていた。
「……あはは、仕方ない。それはあげるよ。それにしてもイーターって多いんだな?」
みんな寝心地が良いところがいいよなと、作りかけはあきらめることにした。
しかし新たな葉を集めるのは、また泉のそばから離れなければならないが、シグリッドも寝そべっていて動いてくれなさそうだし、日も傾いてきて作業には難しい。
(今日はあきらめるか……)
苦笑いしながらシグリッドの元へ戻り、地面に座ると。様子を見ていたシグリッドが「問題ない」と急に言った。
「え、何が?」
「一つでも寝れる」
言葉の意味がわからず、寝そべる彼を見つめる。
シグリッドは手のひらをハンモックに当てると、なんと組み合わさっている葉がスルスルと動き、巨大化した。それはちょうど”大人二人”は寝れる大きさだ。
「え、え……?」
「強度も上げた、落ちない」
「お、落ちない?」
「寝れる、お前も」
シグリッドは少し身体を動かし、隙間を空けてくれた。つまりは横に寝れるということで。
(シグリッドの隣に……一緒に?)
急に恥ずかしくなり、頬が熱くなる。これがリックなら何も違和感ないが、シグリッドとは唇も合わせたこともあり、意識してしまう。
(いや、別に、何もない、んだけどな……? シグリッドはただ、効率を考えてくれているだけから)
それでも、だ……寝転がってこちらを見ている彼を見ていたら心臓は速さを増して、身体がぎこちなく動いてしまう。
「で、でも、シグリッド、嫌じゃないの? 狭くない?」
「今まで寝ていたのより断然良い」
そうだ、シグリッドは今まで岩で寝ていたから、それに比べたら狭かろうが“今の状態が最高”なのだ。隣に自分がいても。
せっかくの好意を無下にするわけにも行かず、ハンモックの端に腰をかけ、揺れに気を使いながら横になる。
強度を上げた、というだけあり、ハンモックは二人寝ても不安定さはなかった。
(と、隣に誰かいるなんて……)
両親がいないからずっと誰かが隣で寝るなんてなかった。しかし今はいる、誰かの息づかいを感じる。手を動かしたら彼の身体や手に触れてしまいそうだ。
魔の森は早朝や日中でないと日光が入らず、日がなければ動くことはできない。だからもう、今日は寝るしかない。
(でも、これで寝るのは……拷問に近いっ)
嬉しいような苦しいような、でも絶対的な安心感はある。ギュッと目を閉じたり、暗い森の天井を見上げながら、今晩は意識を飛ばそうと必死になった。
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