第20話 虚ろな心で勇者に抱かれ…

 コスタの瞳が自分を見て、自分の足元にいるイーターを見て、そして周囲を見る。辺りは小さな魔物達が震えながら鳴き声を発しているという凄惨な状況だ。


「ここにいる、やつら、全員か?」


 冷たい声音を発しながら再びこちらに向いた視線。それは鋭くて威圧感があって、そらしたくなった。だが辺りにいる魔物達のためと思い、震える拳に力を入れてなんとかこらえた。


「あぁ、お願いだ……」


 怯んじゃダメだ、相手は勇者だけど、シグリッドもバーハもいないのだ。小さくてか弱い身であるのに自分を助けてくれようとした、この魔物達を守らなくては。


「……なんだかなぁ」


 コスタは呆れたように細いため息を吐く。


「フォレル、魔物のこと、ホントに嫌いじゃなくなったのか? そんなにこいつらが大事なのか」


 その問いに深くうなずく。魔物は確かに苦手だった。コスタの語った過去が本当なら、きっと両親を殺されたのがトラウマとなっていたようだ。

 けれど今の自分は違う、魔物にも心を持つやつがいるから。


「この子達は、大事なんだ」


「ふーん、シグリッドのことは?」


 何かを勘ぐるような口調だ。

 シグリッドのこと……以前、コスタに『好きなのか』と問われたことがあるが好きかどうか、それは正直わからない。嫌いではないのはわかる、しかしこの気持ちはどういう好きなのか。


「まぁ、フォレルの頼みなら、いいけどな」


 コスタは小さく笑うと片手を上げた。その手からは淡く光る緑色の光が現れ、横たわるイーター一匹ずつの身体に宿っていく。


「これでいいだろ」


 どうやらみんなの傷は治ったようだ。まだ横たわってはいるが、か弱かった鳴き声が少し力強くなっている。

 消えかけていた命が救われたことに、ひとまず安堵した。


「ありがとう」


 元はと言えば彼がやったことだが自分の希望を叶えてもらったのだから礼は述べておく。

 これでいいんだ。


「レジャス国に、行くんだろう?」


 自分は外から来たよそ者だ。彼らの暮らしをこれ以上、脅かすわけにはいかない、出て行くべきなんだ。

 シグリッドは……もう戻って来れないんだろうか、それとバーハは? その二つのことをコスタに問いたかったが、そのことは怖くて口に出せなかったが。


「フォレル、アンタの言いたいことはわかっている。その二人のことは、もうあきらめるんだな。魔王の息子達だ。この国にとっては害になる可能性がある……いや国のことなんかどうでもいい、オレはアンタさえいればいいんだから」


 コスタの手が自分の頬に触れる。

 そして顔が近づいてくると唇が重なったが抵抗する気力もなかった。


(そういえばシグリッドにも最初会った頃にキスされたんだっけ……あれは僕を助けるために、だったけど)


 魔物とはいえ、ああいうことが迷いなくできるのはすごいと思う。シグリッド、嫌じゃなかったのかな。


(シグリッド……んんっ)


 余計なことを考えているのがバレたのか、コスタの口づけが深くなる。頭の後ろを手で押さえられ、離すまいとするかのように唇が押し当てられる。角度を変えて何度も何度も。唇が湿ったことにより聞こえる水音に、身体中がゾクッとした。


「や、やめ――」


 コスタのことは今は正直、恐怖しかない。それでもキスという性的な行動をされると身体がゾクゾクしてしまうのは人間の本能なのか。

 そんなの受け入れたくない、そう思っている自分のことなど丸わかりなのか、コスタはキスをやめない。やっとやめたかと思えば、身体が逃げられないようにがっちりガードして、首筋にキスをしてきた。


「やだっ、コスタ、やめろ」


「大丈夫、フォレル、身体は拒絶してないじゃないか」


 こちらのことを全て見抜いている……勇者だから? それだけ自分を好いてくれていたから? 異常過ぎるくらいに向けられていた好意。ずっと自分のために頑張ってきたから?

 大勢の人々から感謝されて、誰も成し得なかった魔王討伐をしたすごい人物なのに。


(それは全て僕のため、だったのか……)






 コスタに連れられ、やってきたのはとある町。レジャス国に行くには数日はかかるので、途中の町で休まなければ野宿になる。自分は野宿でも大丈夫なのだが『ちゃんと身体を休めなきゃ』とコスタは、ついさっきまでの冷徹さが嘘のように優しく言っていた。


 久しぶりの町の光景だった。夕暮れだが人々の話し声がして活気があって森の中とは全然違う。今さっきまで感じていた森の静けさが遠い過去のように。森の中特有の緑の匂いも湿気た匂いもない。変な生き物の鳴き声も聞こえない……なんだか非常にさびしかった。


 久しぶりの肉や魚、あたたかいスープ。

 そして宿屋のあたたかいお風呂にやわらかいベッド……村を追われる以前の当たり前だった生活。しばらく離れていて待ち望んでいたそれらは、とても感動するはずなのに。

 恵まれた環境にいながらも考えるのは(シグリッドはどうなったのかな)ということ。彼の弟のことも心配だ。


(僕が、あの森に行ってしまったから二人は……)


 けれどこうなったのは同じ宿の部屋でくつろぐ勇者のせいであるはず……でも勇者がこうなったのは過去の自分にあるらしい。自分の思い出せない記憶――彼は本当に幼馴染なのか、そして自分は、なぜそれが思い出せないのか。


 ベッドの上に寝転がりながら(思い出せ、思い出せ)と念じても思い浮かぶのはリックと共に過ごした記憶だけ。そういえばリックもどうしただろう、いきなり森からいなくなり、心配するかな。レジャスに行ってどうなるかはわからないけど、落ち着いたら便りを出せるかな……。


(僕は、なんなんだろう……)


 これからどうなるのか。こんなに悲しくて不安になるなら、ずっとあの森の中でシグリッドと共に暮らしている方が良かったかも。


(怖い、怖いよ……)


 腕で顔を覆い、何も見ないようにしているとすぐ近くで「そんな顔するなよ」と声をかける存在がいた。その存在はゆっくりベッドの上に乗ると、顔を覆っていた腕をどかし、再びキスをした。さっきよりも落ち着いて優しいキスだった。


「アンタに、そんな悲しい思いをさせたいわけじゃない……オレはただ、愛してるんだ、アンタのことが一番、ずっと――」


 その言葉にきっと噓はない、それはわかる。

 だけど自分にはどうしようもできなくて、彼の気持ちにどう答えていいのかも、自分がどうしたいのかもわからなくて。

 ただただ彼のキスと、硬い指だけど優しい手つきで身体に触れる手と、愛しいと思われるがゆえに身体をつなげる行為を……何も考えず、目は勝手に潤んで。耐えようとしても息が漏れて、本能は快楽に喜んで。心は張り裂けそうなほど悲しくて……よくわからなくて。ぐちゃぐちゃな気持ちで、虚ろな心で、ずっと彼を受け入れるしかなかった。

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