第19話 全て消えた
(な、なんだ、コスタは何を)
嫌な予感がした。急に辺りの空気が、ジリジリと肌を焼くようなものに変わり、気持ち悪さに顔が強張る。
その時、自分の目の前に現れたのは緑色の物体が多数――それらは「きゅーきゅー」言いながら盾になるように積み重なっていた。
「な、何してるんだっ!?」
たくさんのイーター達――それだけでなく、見たことのない小さな魔物達が何種類も集まり、自らの身体でバリケードを作っている。
それを見てシグリッドが感心したような声を上げた。
「へぇ……こいつらはお前を守ろうとしているな。嫌な空気を感じたからだ」
シグリッドが事態を説明していると「すげぇじゃん」とバーハも口を挟みつつ、また以前のように手を前にかまえ、黒い炎を宙に発生させていた様子は戦う気満々だ。
「ど、どうして?」
「こいつらの心が浄化された。普通、魔物は本能で人間を喰らうために襲うが、こいつらは意識を保っているんだ。前に言っただろう、空気がきれい過ぎると俺達は気持ち悪くなると。きれいな空気は最初は気持ち悪いが、だんだんと悪しき心もきれいになる、自我が生まれる」
(自我……感情か?)
それで自分を守ろうと? まだ会ったこともない魔物までもが、こうして来てくれて。
(なんでみんな……魔物って、みんな……)
とても胸をしめつけるものがあった。こんな自分のことを守ろうとしてくれるなんて、そんな嬉しいことを、だけど――。
「ダ、ダメだ! 僕はいいからっ! コスタ、やめろっ――!」
その言葉も制止も、遅かった。いや止めようとしても、どうにしても間に合わなかっただろう。
だって人間の中で一番強い勇者が相手だ。何をしても止められるわけがない。
たくさんの魔物達は一瞬にして身体を斬り刻まれ、小さな鳴き声を上げて、そのバリケードは崩された。
それと同時に黒い炎も散り、バーハも悲鳴を上げて吹き飛ばされ、その様子を無表情で見ていたシグリッドは今度は己で守ろうとしてくれたのか、魔法でバリアを張ってくれた。
「う、うそ……」
目の前にあった優しさの塊達が、一瞬にして崩れ落ちる様……心もガラガラと崩れ、ものすごい喪失感に胸が痛くなった。
(こんなの……)
きっと魔物達はきれいな空気を浴びることでみんな優しくなるのかもしれない。だってシグリッドが『自我が生まれる』と言っていたじゃないか。何がきっかけできれいな空気が発生するのかはわからないけど。
シグリッドが変わってきたのも、きっとそれがあるから。
変わってきたものを、なくすのは、自分を慕ってくれるものをなくすのは、嫌だっ!
つかまえたくて、自分は銀髪の青年に手を伸ばしていた。
「――シグリッドッ!」
しかし銀髪の青年は目の前に迫った勇者の剣をかわした時、背後に――突然空間に空いた穴の中に吸い込まれ、消えてしまった。
「シグリッドーッ!」
ダメだ、ダメ! つかまえようとしたが、穴はそれを拒むように瞬時に消えた。それと同時に自分を囲んでいたバリアも消える。
(き、消えて、しまった)
どこへ、何が?
唖然とする中、コスタはフッと鼻で笑った。
「あいつは異空間に飛ばした、もう戻っては来ない。あいつの弟も剣で身体を貫いたし、兄貴がいなければ回復もできないだろう」
赤い血のついた剣を握りしめたまま、目の前にいる勇者は安心したように肩を落とし、深く息をつく。無表情だが殺気に満ちた目つきが、見ているこちらをゾクッとさせる。
「コスタ……な、なんてことを、なんで」
身体が震える。人間であり、この国を救った勇者に対して自分は恐怖心を抱いている。それはかつてシグリッドに会った時よりも、魔物に会った時よりも上の恐怖だ。
「彼らは、何もしてない、何も害をなしてないのに……」
周囲に横たわるイーター達は「きゅ……」と悲しげな声を上げる。シグリッドがいればその傷を癒してあげられるのに。
コスタは魔物を認めてくれていると思ったのに……悲しくて手が震えた。
「フォレル、でもアンタが望んだんだよ。魔物がいない世界に住みたいって」
コスタは剣を振り払って血を落とすと鞘に納め、こちらを向いた。水色の澄んだ瞳が冷たい氷のように、こちらの気持ちを、身体の血の気を引かせ、一気に冷たくさせる。
「だから、僕は知らないんだ!」
「そこなんだよな、なんで忘れてるんだろ」
コスタが一歩、歩み寄ってくる。
「まぁいい。邪魔なやつらはもういないし、ゆっくり話そう? なんなら魔法の使い手であるキトス王子に記憶を呼び起こしてもらえるかも」
コスタとは反対に、自分は一歩後退する。
「や、やめろ……もう、それは、いいから」
「そんなこと言うなよ、やっとキトス王子を説得したんだ。アンタを連れて行けばオレのこともあきらめるって。アンタも村に帰れるし、なんならもっと良い家に住めるから……な?」
怖い、逃げたい。
けれど足がもう動かない。
「フォレル」
コスタが腕をつかみ、抱き寄せようとした。
「い、いやだっ」
腕から逃れようと試みるが、勇者に対して、そんなのは抵抗にもならない。
(コスタ……シグリッドのことを認めてくれたと思ったのにっ。少しは僕も、彼のことを理解しようと思ったのに、こんなのっ)
その時、足元で「きゅ!」と声がした。
コスタの足元に血だらけのイーターが体当たりしていたのだ。
このイーターは……一番最初に自分を噛みつこうとしてきたやつだ。それをシグリッドがかばってくれ、その後はシグリッドの頭の上にいたりと、まったりしていたやつだ。
(いけない、このままじゃ)
今のコスタは躊躇なく剣を振るう。ダメだ、そんなことはさせないと、とっさに動きかけていたコスタの腕をつかんだ。
「コスタッ、わかったからっ、だから、もう殺さないでくれ……お願いだ、君と行くから、ここにいるみんなを、回復させてくれ……」
コスタなら回復魔法が使えるのだから。
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