第18話 記憶の中にあなたはいない
自分の両親は幼い頃に死んだ。なぜかはわからない。病気か、もしくは魔物に殺されたか。それはこの世界に生きるものなら、みんな平等に訪れる人間の終わり方だ。
自分はリックの両親に助けられ、彼と共に育った。食べ物、衣服、環境……金持ちの暮らしではなく、一般家庭のあたたかみと幸せを与えられ、不自由はなく。農業を教えられ、一人の人間として大きくなった。
だからリックとは家族同然だ。大きくなってからは同じ村の中でも家は別にしたが自分をいつも助けてくれる大事な存在だ。
だがコスタに幼馴染だと言われても、自分の記憶の中に彼はいない。なんでそんなことを言い出すの か、とうとう彼の記憶も混乱するようになったのか。
(僕のために魔王退治したなんて……ありえなさすぎ)
なんでそんなことを、自分が魔物が苦手だから?
そう考えた時、とある疑問に頭の中がスゥッと冷えた。
(そもそも、僕ってなんで魔物が苦手なんだ?)
気づいた時から魔物は苦手だと思っていた。それはなぜだ、魔物に何かされたか。その辺の記憶はない……ないけど魔物を見ると背筋がゾッとし、怖いと感じる。
でもリックといる自分は怖いものは何もなかった、リックといる時は――。
(じゃあいない時は――リックと出会う前は?)
「フォレル、アンタとオレは同じ村で生まれ育った。ところが村が魔物に襲われたんだ。アンタの両親はその時、魔物に食われた。アンタの目の前でな……その時からアンタは魔物が苦手になったんだよ」
自分の疑問に答えるようにコスタが言う。自分は今、額に手を当て、夢中で記憶をたどっている。頭の中にリックと出会う前のことを思い出そうとするが、霞がかったようになって思い出せないのだ。
「オレは生き残ったアンタに約束した。フォレルがもう怖がることがないように魔物を全部退治してやる。魔物を操る魔王を退治してやるって……オレはそう言って親と共に村を出た。ホントはフォレルと一緒にいたかったけど、仕方なかった、子供だったから」
それはどこまで作り話なのだ。そんなつまらない真実、冗談じゃない。
「それから数年が経ち、大人になってオレは再び、アンタと共に育った村に行った。けど、そこはすでに再度魔物に襲われ、村人は誰もいなくて……遅かったんだとオレは絶望した。それでも約束を果たすためにと思って旅に出て、力を上げ……そして、とある村に立ち寄ったんだ」
コスタとの出会いは思い出せる。だってリンゴの木の手入れをしている自分をジッと見つめる妙な剣士がいると思ったから。
「だけどアンタはオレのことを覚えていなかった。 目の前まで行って話しかけたけど、アンタから出た言葉は『あなたが勇者さまですか』だった。オレは忘れたことなどないのにフォレルは忘れていた。いつかは思い出してくれるかと思って、そう思って、頑張ってきたのに」
自分を抱きしめる腕に力がこもる。痛いくらいで怖くなってくる。
「し、知らない、僕は知らない!」
「もう思い出してくれよ! オレは本当は勇者なんかなりたくなかったんだよ! ただアンタのために本当に、それだけのために戦った! 本当は勇者じゃなくて平凡にアンタと一緒になりたかったんだ! 一時は忘れているなら仕方ないとも思ったけど、やっぱり無理なんだ、あきらめたくないんだよ!」
(もうやめてくれっ)
コスタの言い分はわかった。でも今の自分にはどうにもできないのだ。
「は、離して――」
「こんなことならアンタとずっといれば良かった! そしたら忘れなかったのに、アンタはオレのものだったのに――」
「コスタッ――えっ」
それは一瞬のことだった。自分を抱きしめていたはずのコスタが森のどこかへと吹き飛んでいた。
目の前に現れたのは黒髪と銀髪と、それぞれの赤い瞳を持つ二人の兄弟。
「ちっ、外したか!」
舌打ちして手を前にかざしていたのは吹っ飛ばした相手に恨みを持つバーハ。
もう一人は自分のことを守ろうとする態勢を取ってくれているのか、なぜか肩を抱き寄せているシグリッド。無意識でやっているにしても、なんて恥ずかしい態勢だ……。
「シグリッド、バーハ!」
「全く、隙がありゃ、フォレルフォレル言いまくりやがって。ただの変態勇者じゃねぇか。あんなのにオレらの親父は負けちまったのか、使えねぇ」
バーハは恨みを込めて、もう一度舌打ちをした。その恨みを込めているのは勇者なのか、それとも彼が罵った親父に対してなのか。
ずっと気にはなっていた。シグリッドが父親のことを“あいつ”と呼んでいたことが。それだけで彼が父親に対する尊敬や敬意はないのだとわかる。
それもそうか、彼らは父親の身勝手な欲望で生まれ、ろくに愛情などもらわなかったのだから。それはシグリッドの様子でわかる。笑わない彼を見ていれば――。
(それでも最初は何に対しても興味を抱かなかったシグリッドが、こうして自分を守ってくれてるんだ……そんなにリンゴ、食べたいのかな)
そんなところが不思議でもあり、彼のかわいい部分かも、そう思って彼を見ていたら。コスタを見ていた赤い瞳がクルリとこちらを向いた。
「お前が困ってるような気がした。だから助けた」
「えっ」
「あいつにつかまってたから」
赤い瞳に見据えられ、カァッと身体が熱くなってくる。何も考えてはいないのだろうが本当にこちらが恥ずかしくも嬉しくもなることを言ってくれるし、守ってくれる。
「兄貴がそんなこと言うなんて初めてだな」
そう言ってバーハはコスタが飛んでいった方を力強くにらむ。その眉間のシワの深さが彼への憎しみの深さを物語っている。
「まぁオレもあの勇者のこと大嫌いだからな。今度は負けない、ぶっ飛ばしてやる」
ヤバい、いきなり不穏な空気全開だ。
ところでコスタは――。
「くっそ! やりやがったな、ガキが!」
茂みの奥から聞こえる勇者らしかぬ口汚い言葉に、サァッと血の気が引いた。
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