第23話 選べない、ごめん
唖然とキトス王子を見つめる中、彼はさらに笑みを濃くする。
「魔力って、なんでもできる力なんだよ。高ければ高いほど、なんでも望むことができるんだ……死んだ人間をよみがえらせることもね」
「そ、そんなことがっ? でもそんな非人道的なこと――」
目の前の笑みが急に怖くなる。裏のある笑み、自身の欲があらわになった笑み……すぐにこの場を離れたい気分だ。
「まぁ、死んだ人間をよみがえらせるなんて荒業は二人分の魔力がいるから、おいそれとはできないよ。それと自分の魔力が空っぽになる覚悟でやらなきゃいけないんだ。でもそれくらい賭けても僕は兄をよみがえらせたい……何よりもね」
それはなぜ? 言葉にせずとも視線で訴えると、キトス王子は「自由になりたいからね」と細く息を吐きながら言った。
(自由……?)
それはキトス王子が自由でないことを表す。彼には何があるのか。その裏のある笑みから読み取ることはできない。
「だからさ」
キトス王子の声に力が込められた。
「君にお願いがあるんだ。彼が、コスタが。僕の気持ちに応えるようにしてほしいんだ。君に手痛く彼を振って欲しい」
「え……」
「そうしたら君のことは、また村で暮らせるようにしてあげるよ」
ものすごい条件だ。そうなると、コスタのことは彼に任せればいいわけだ。それで自分は元の暮らしに戻れ、コスタに付きまとわれることもなくなる。
(元に戻れる)
静かな暮らし、穏やかな毎日。汗水流して農業をするだけ……けれどそれが一番大好きだ。
(でも、それは……)
その考えは頭を重くさせる。
(それが最善、なのか?)
コスタの気持ちに応えられないなら。本当に想ってくれる人がいるならば。自分ではなく、その人に愛された方がいいだろう、しかし――。
「……もし僕がそれを断ったらどうするつもりですか」
「それは想像に任せるよ」
「あなたはコスタを愛してるのですよね。それともただコスタの魔力が欲しいのですか」
「そこも想像に任せるよ。いいね、そういうはっきりした聞き方は好きだよ」
キトス王子の笑顔に背筋だけでなく全身が冷えてきた。王子の目的は、はっきりとわかってしまった。コスタのことは愛しているのかもしれないが、キトス王子の一番の目的はコスタの魔力なのだ。
(それなのにコスタのことを説得して、王子と一緒になれ、なんて言ったらコスタは……)
でもコスタを説得しなければ自分は――。
キトス王子の指示でメイドに案内されたのは来客用として使われる部屋だった。泊まることができるそこにはベッドを含む家具が置いてあり、広くて赤や金色の装飾が豪奢で清潔感に満ち溢れている。
ため息をつきながら窓枠に座り、外を眺める。胸の中も頭の中も、一瞬で空っぽになれたら楽だろうなと思った。
『一晩考えてみるといいよ、君が本当に望むものを』
先ほど言われたキトス王子の言葉が何度も浮かび、心をどんどん重くさせる。
(僕はどうしたら)
どれだけ、コスタのことで悩んだだろう。ここのところは悩んでばかりだ。何も考えずに村でリンゴを作って過ごしてきた時が一番良かったような気がする。
(でも手を伸ばせば、その一番良かった時にまた戻れるんだな)
それにはコスタという代償があるが、自分にとっては厄介でしかなかったものだ。気にする必要なんてない。それを差し出せばいいだけだ。
(僕の望む生活に戻れるんだ)
気にするな、あんなやつ。最初からこんなことになったのは、あの勇者が原因だ。
(気にするな……気にするなよ……)
そう思っている自分に『本当にいいの?』と問いかけるのは自分。彼は彼なりの事情があったのだと情けをかけているのだ、自分が。
(あいつが本当の本当に悪意に満ちた薄情なやつだったら、こんなこと思わない……けど、そうじゃないから)
延々と自問自答は続く。気づけば時間が経っており、空は夕暮れになっていた。
「フォレル!」
深く考え込んでいたから、勢いよくコスタが部屋に入ってきても慌てずに振り向いた。コスタの手には、なぜか花束が抱えられていた。あと反対の手にはカゴに入ったおいしそうな果物の数々も。
「いたいた。キトスとの話は終わったのか、変なこと言われなかったか? これさ、城下町で買ってきた。フォレルが作ったのより味は劣るかもしれないけど、よかったら食べてくれよ」
早口にそう言って、コスタは果物のカゴをテーブルに置くと花束を持って近づいてきた。
「これはフォレルにあげる……なんてな、ちょっとキザッたらしいかな」
コスタが手渡してきたのは紙に包まれた赤や黄色の色とりどりの花。手渡された瞬間、フワッと花の香りがした。
「あ、ありがとう、なんで僕に?」
「だってこういうの、あげたいと思ってたから」
その言葉に胸が締めつけられた。さっきのキトス王子との会話を思い出すと余計に苦しい。
あらためて見ると、コスタはやはり手袋をしている。
「コスタ、ちょっといいか」
花束を膝の上に置き、コスタの手を取る。手袋を外そうとするとコスタはビクッと驚いたようだが抵抗はせず、スルスルと手袋が外れた。
その下にあったのはいつも自分の肌に触れているのが嘘だと思うくらいに硬い指、硬い皮膚……だいぶ前のものと思われる血が滲む手のひら。よく見れば火傷の痕のようなものまで。
「キトス王子がさっき教えてくれた……魔法はそう簡単に習得できるものじゃなくて、自分自身で学んだ魔法を使おうとすれば加減ができなくてケガをするって」
コスタはつかまれた手のひらを見ながら「うん」と苦笑いした。
「君の魔法は君自身で学んだもの……たくさん痛い目にあってケガをして、それで君は強くなった、魔王を倒した。多くの人が君に感謝してるよ、もちろん僕だって魔物に襲われることなく過ごすことができる」
自分が彼のことが大好きだったら心から喜んでいる。コスタに好きだと言われたら、もう大喜びだっただろう。
「僕はコスタにも幸せになってほしい……君とは色々あったけど素直にそう思うんだ……だから、だから、ごめん」
申し訳なくて、つかんだ手を握りしめた。本当に心から申し訳なく思う。
けれどコスタが前に言っていたように自分の気持ちに嘘はつきたくない。
「コスタ……コスタ、ごめん、僕、君を好きだと思うことができない」
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