第22話 葛藤
「コスタのことは……」
好きか嫌いか。その問いには胸がズキッとした。正直、心底嫌いというわけではない。ここまで色々あったが一緒にいるコスタは優しかったし、身体の関係を持っている時も決して乱暴に、自分のことを扱わなかった。とても優しくて……優し過ぎて、悲しかった。
(でも好きとかは違う……そういう意味じゃないんだ)
今、一緒にいるのは他に道がないからだ。彼に従い、キトス王子に会わなければ生きることができなかったから……言えないけれど。
答えられないことを察したのか、キトス王子はクスッと笑った。
「その様子だとコスタの一方的な感情みたいだね? あいつ、君のことになると気が狂ったようになってたもん。僕に直談判しに来た時もね、目の前で剣を抜きかねないぐらい。それほど君が好きなんだろうね」
ニコニコ笑う王子に「すみません」としか言えない。自分なんか、ただの村人で相手は尊い人物なのに。その笑顔がたたみかけてきているようで、見ていると苦しくなり、言い訳じみたことを口走ってしまう。
「昔、僕はコスタと会っているようなんですが僕は全くそのことを覚えていなくて……約束したらしいんです。魔物のいない世界にするからって……でも本当に僕は覚えていないから、僕のことなんか忘れて、キトス王子のような方といてくれた方がいいと思うんです」
「そう? どうして?」
「僕は、ただの農家ですから」
そこでキトス王子はまたクスッと笑う。
「そっか、じゃあ僕といたら彼は幸せになれるかな?」
それは、そうだろう……でもその理由を問われたらと思うと答えた方は? ……あなたは尊い方だから? お金持ちだから? コスタを愛してくれてるから?
(本当に? コスタがキトス王子を好きじゃなくても、コスタは彼と一緒になれば幸せに?)
それでいいのか? 何度も自問自答してしまう。
『オレは自分の気持ちに、もう嘘はつきたくない。好きな人はやっぱり好きなんだ!』
コスタがかつて、そう叫んでいたことを思うと。彼のこと思うと――。
「まぁ、君の考えていることは正解もあるけど不正解でもあるかな」
自問自答の渦から顔を上げると、キトス王子は余裕そうに笑っていた。
「ねぇ、フォレルは魔力ってどうやって身につくか、わかる?」
突然話が変わり、頭がポカンとなりながら首を横に振る。そんなの知らない、魔法なんか使えないから。
「魔力はね、みんな持ってるものだけど引き出すのはとても難しいの。一流の魔法使いに教わるのが基本。でもコスタは我流なんだって……我流で魔力が身につくなんてすごいことなんだよ。コスタの手を見たことある?」
……手。コスタはいつも手袋をしていた。
でもここ最近、手袋をしていない手を見る機会はあった。ベッドを共にする時、自分の身体に触れるコスタの手はゴツゴツして、マメがたくさんあった。それでも自分が痛くないようにと、そっと触れてくるのがくすぐったかった。
「魔法の我流はとにかくコントロールが難しいんだ。炎を放とうとすれば最大限のものを放ってしまうし、風を起こそうと思えば強すぎて皮膚が引き裂ける。我流でやるのはそういうリスクがあるんだよ」
「そんな……」
その話だけでわかる。あれだけ魔法を使うことができるコスタがそうなるまでには、どれだけのケガを負ってきたのかということが。あの手は傷だらけでマメだらけ……きっとたくさん血を流して苦労の末にあの強さを手に入れたのだ。それゆえに勇者として選ばれたのだ。
「どうしてそこまでしたのか、なーんて。言わなくてもわかるよね。コスタは君のために魔王を倒した。この国や他の誰でもない、君のためにさ」
コスタは、ただ付きまとうぐらいの気持ちで自分のことを『好きだ』と言ってきたわけではない。その苦しい努力のため――。
(全ては僕のため……)
そこまでしてくれたのに。自分は本当にわからない、彼が好きだと言ってくれる理由が、過去のことがわからない。
(ごめん、コスタ……)
胸が苦しくなって頭を抱えた。思い出せない。それが本当に申し訳ない。そこまで想ってくれる価値なんてないのに。
「……思い出せないんだ。コスタのことが」
どんなに記憶をたどっても。脳の奥底へ追い求めても。出てくるのは最近のコスタでしかない。それを歯がゆく思っていると――。
「君の記憶、誰かに消されたんじゃないかな」
思いもしなかった答えに目を見開いた。
キトス王子は「予想だけどね」と続ける。
「多分、強力な魔法だと思う。よくケガをすることで記憶を失うことがあるけど、それは何かのきっかけで思い出すことはある。でもそれだけ思い出せないってことは魔法で封印されてるんだよ、きっと」
「でもっ、僕は小さい頃、そんな魔法使いと出会う機会なんて」
「そこも多分、封印されてるから思い出せないんだよ。君は過去、強い力の誰かに会っているんだ。悪いけどそこは僕もタッチはできないかな、無理矢理、魔法を解除しようとすれば君の頭ごと消し飛ばしかねないから」
それでは自分はコスタのことを思い出すことはできないのか。それだけ自分を想ってくれる気持ちに少しでも気づければ良かったのに。
……どうしたらいいのだろう。
「悩んでるようだね?」
顔を上げるとキトス王子の表情は穏やかだ。
「君はどうしたいの? コスタのことを受け入れてあげたいの?」
「それは……難しいと思います。コスタが僕を想ってくれているのはわかります。でも僕には、その気持ちがないから……嘘偽りで彼の気持ちに応えても傷つけるだけだ。本当の気持ちじゃないから」
彼の気持ちに報いたいと思っていても、それが本心だ。矛盾してるかもしれない。
でも彼のことを思い出して断るのと、何もわからないまま断るのとでは違うはず、そう思って……。
苦しくて胸を押さえる。そんな複雑な人間じゃないのに、ただの農家なのに。涙をこらえる中、キトス王子が「優しいんだね」と言う。
「じゃあ、そんな君に今度は僕から相談だ。僕はね、コスタのことが大好きだよ、コスタを僕のものにしたいんだ」
なんと直球な気持ちだろう、そんなに想ってくれる相手がいるなら、やはりキトス王子と一緒になった方が良いと思う。
コスタが好かれていることに安堵していたが、その気持ちはすぐに、血の気が引く喪失へと変わる。
「実はコスタの高い魔力、僕にとってはとても魅力的でね。彼の魔力が欲しいんだ。僕は腹違いの兄がいたんだけど、小さい頃に生き別れてね……この時代だし、もう生きてはいないと思うんだけど。その人をよみがえらせたいんだ」
……キトス王子は何を言っている?
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