第24話 勇者を苦しめているのは
当然と言えば当然の選択だと思う。なし崩しに身体を許してしまったけど、自分に最初から彼への想いはなかった。彼に愛されるうちに、好きになることはできるかな、と思ったこともあるが……。
(でも、ダメなんだ)
結局、その気持ちが芽生えることがなかったら、ただ彼の好意をずっと無下にするだけ。そんなのはコスタにとっても不幸だ。ならもっと早い段階から彼のことを解放したい。
「君のことは嫌いじゃない……嫌いじゃないけど、愛することはできないんだ。君との過去に何があったかはわからない。約束したのかもしれない。君はそのためにずっと頑張ってくれたんだと思う、けど――」
コスタの硬い指をなでながら頭を下げる。
「すまない、本当に……」
初めて出会ったのは、いつだったか、数ヶ月前か一年前か。村にひょっこり現れた勇者は自分を見て驚いた顔をしていた。最初はなんだろうと思ったものだ。
しばらくして魔王が倒され、勇者から求愛された。その時はウザくて適当にあしらっていた。
それが原因でキトス王子に狙われ、村から逃げ、自分は命からがら魔の森で現魔王に助けられた。
それからも色々あり、勇者にはイラ立ちも絶望も味合わせてもらったけど今は彼のことを――好きとは違うけど、考えたいと思う自分がいる。
「そうか」
コスタはつかまれていた手をゆっくり離した。
「やっぱりダメか」
憔悴したその表情に嫌な予感がした。彼がまた気が狂ったように暴れ出してしまったらどうしよう、周りを巻き込んだら。そんな不安に唇が震えてくる。
「コ、コスタ……」
もしくは機嫌を損ねた彼が王子と一緒になって自分のことを『用済みだ』と言ったら。それで全ては終わる。
(そうなっても仕方ない、か……)
他人が巻き込まれるよりはいい。死にたくはないけど。どうしようもないから。
覚悟を決めながら震える息を吐いていると。
「ホント、好きなんだけどな――」
消え入りそうな言葉が聞こえ、目を見開く。そんな声は自分が出させているのに。
「フォレルのこと、ホントにさ……」
「――っ」
「そう、だよな……」
「コスタッ」
コスタはうつむきながら足早に部屋からいなくなった。耐えるように小さくなる背を見て「ごめん」とつぶやく。
手の中の花束、テーブルのカゴ。コスタはどんな気分で買ってきたのか。幸せな気分を一転、彼をどん底の気持ちにしてしまった。
そんな彼に言えるのは「ごめん」しかない。
(コスタ、ごめん、本当に。僕は――)
涙が止まらない。悲しませるつもりはないのに悲しませてしまって。自分のためにこんなことに。
(コスタ……)
悲しい。
『悲しいのか?』
ふと誰かの声。頬に涙が伝うのを感じながら顔を上げる。
『涙とは悲しい時に出るものなんだろう、だからお前は今悲しいのだろう』
どこかで聞いたことのあるセリフ、そして声……声は聞いただけで胸が高鳴る。
声? どこから……どこから聞こえるっ、いるのか近くに、まさか?
消えてしまったあの人がいるのかと思って、辺りを見回した。窓の外にも目を向けたが誰かがいるわけはなく、声もそれ以上は聞こえなかった。
(い、今のは幻聴? はっきりと聞いた気がしたけど……気のせい、か)
会いたいと望む自分の気持ちが幻を生み出したのかも。そう思ったら悲しさに加え、虚しくなり、下をうつむくと涙がポツッと床に落ちた。
“涙は悲しい時に出るものじゃないのか”
そういえば“彼”はあの時、なぜそんなことを聞いてきたのか。人間の暮らしや感情に全く興味のなかった“彼”がそのことだけは知っていた。今思うと不思議だ。
(君は何を知ってるの……)
そして今、無事でいるのか。
……会いたい、シグリッドに。
そんなことを思っていた時だった。
身体が突然、何かに巻き付かれたような感覚が走り、動かなくなった。
「な、何っ!?」
倒れまいと足を踏ん張り、バランスを取る。見ても身体には何も見えないが何かが自由を奪っている。見えないということは――。
(魔法っ!)
「ふふ、よくできました、農家さん」
愉快そうな声と共に現れたのは数時間前にも会ったキトス王子だ。ドアも開けずに、一瞬にして現れたのはやはり魔法だろう。そうなるとこの魔法の拘束をしているのも。
「キトス王子っ、何をっ」
「何って君を褒めに来たんだよ。コスタにうまいこと言ってくれたみたいだね。今さっき彼が僕のところに来て『王子と共にいる』と言ったからさ。嬉しくてつい、フォレルの元に飛んできちゃった。ちなみに今、コスタには眠ってもらっているから大丈夫。邪魔されちゃ、たまらないものね」
邪魔……ということは、キトス王子は何かを企んでいる。コスタはあの後、すぐに王子の元に行ってしまったのか。自分のせいとはいえ、せめて『キトス王子の元には行かない方がいい』と言えば良かった。
(キトス王子の狙いはコスタの魔力! コスタを愛してるなんて嘘なんだ!)
「王子っ、コスタはっ? コスタは魔力を失ったらどうなるんですかっ、なんでそこまで彼の魔力をっ!」
身体をねじるが拘束は解けない。そんな抵抗できない自分を見ながら、キトス王子は口元に手を当て、優雅に笑っている。
「別に心配しなくても人間は魔力がなくても死にはしないよ。魔物は魔力がなくなると死んでしまうけどね。魔物は群れることで魔力が枯れないようにカバーして回復ができるんだ、知ってた?」
講義のようにペラペラと王子は語る。
だがシグリッドが以前『俺達はあまり森の外で一人行動はしない』と言っていたことがある。もしかしてそれがあったから。
「一方、人間は引き出せても回復ができなくてね、コスタの魔力も無限ではないんだ。でもまだ彼には魔力がたくさん残っているから、今ならまだ使える。魔力を無駄に消費してしまう前に僕の元に来て欲しかったんだよね。だから本当に助かったよ」
死にはしなくても魔力を奪われたら、コスタの身体には大きな負担がかかるのでは。そんなことは望んでない。
「やめろ! コスタを苦しめないでくださいっ」
「何言ってるの、一番苦しめてるのは君じゃない 。君の返事一つで彼は幸せになれた……あーでも君はコスタが好きじゃないから。嘘偽りの言葉だけで愛されても彼は本当に幸せというわけじゃないか。難しいよね、そこはさ」
それに対しては何も言えない。コスタが自分を好きだという時点で彼はどうあがいても幸せにはなれなかったのだ。
「まぁでも、仕方のないことさ。そんな運命だったんだ……あ、一つごめんね。やはりコスタの心変わりが心配だからさ。君にも消えてもらわなきゃならない。約束を反故して悪いけど、ごめんね?」
キトス王子の笑顔と共に、目の前に現れたのは青白い炎のような鎌だ。
王子はそれを手に取ると、ためらいなく、振り払った。
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