第15話 気になる兄弟

 またとんでもない言葉が聞こえた。えっ、と口を半開きにしながらスラリとした隣の人物を見る。


「お、弟っ!? シグリッド、弟がいたのか!」


「あぁ、あいつは森の中だけじゃなく外界も飛び回っているから、なかなか姿は見えない。だが今の俺達はあまり森の外で一人行動することはできないからな、よく戻ってくるぞ」


 なるほど、だから今まで会わなかったのか。そして見覚えがあると感じたのは弟だからだ、目も赤い、髪色は違うけど、跳ねた毛先は同じだ。


 バーハは早く終わらせたいのか手を掲げ、頭上に黒い玉を無数に浮かび上がらせた。

 一方のコスタも剣を真横にかまえ、剣を握る手とは反対の手を剣にそえる様子に、今までより力がこもっているのを感じる。


「シグリッド、止めないのっ?」


「あぁ、別に死ぬことはない。あの勇者も死ぬことはない」


 そうは言ってもあれだけの威力でぶつかり合ったら、ケガはするのでは。

 そうこうしてるうちに二人の力は放たれ、上空では大きな爆発が起きていた。


「うわっ!」


 爆風が巻き起こり、火傷しそうな熱風に加え、燃えた木や葉が落ちてくる。腕で頭を守ろうとした時、自分の頭上にかざされたのは細長い腕だ。


(あ……)


 シグリッドが手を上げ、先程もやったバリアのようなものを張る。すると熱風は遮られ、落ちてきた燃えカスもバリアに阻まれた。


(シグリッド……)


 別になんの考えも思いもなく、動いてくれたのだろう。でも無感情でも自分を助けてくれる、その気持ちが嬉しかった。 

 バリアで守られている中で様子を伺っていると、上から降りてきた人物が地面に着地した。


「くそっ、あっちー!」


 いくらか熱風にやられたのか、コスタは身体から煙を上げているが大した傷はないようだ。

 一方のバーハは――ドサッという鈍い音と共に地面に落下していた。


「あっ!」


 その様子に自分は声を上げていた。隣の兄である人物は落ちた弟を見ても無表情なのに。


「フォレルさん! 近づいちゃダメだって!」


 コスタの制止も聞かず、バリアを通り抜け、うつ伏せに倒れたバーハに近づいていた。コスタと同じように身体から煙を上げ、焼け焦げた衣服からは赤く焼けた肌がのぞく。とても痛そうだ。

 少し様子を見たがバーハは動かない。地面に置かれた少し小さめな手指はビクともしていない。


「フォレルさんっ、何してんの!」


 コスタの声は無視する。シグリッドの弟とはいえ少年のようだから、ケガをした姿を見ているのはいたたまれない。肩を支え、彼を仰向けにすると赤い瞳は苦しげな表情で閉じられていた。


(シグリッドは感情がないけど、僕を助けてくれた。それは彼の気持ちのどこかに優しさがあるからだ。だったらこのバーハも、悪いやつじゃないかもしれない。なんでリックやコスタを襲ったのかは、わかんないけど)


 細身の身体を支えながら、この子を早く助けなければと意を決した。


「なぁ、コスタ、リックも聞いてくれ」


 少し離れた位置で様子を見ていたリックが「なんだ」と近づき、コスタも耳を傾けてくれた。

 自分が勇者に意見するなんて。しかも魔物のことを守るための発言をするなんて、思いもしなかった。

 けれどシグリッドのおかげで、魔物に対する見方が変わったのは事実だから――。


「悪いけど二人は森から離れていてくれ。僕はこの子の介抱したい」


 二人は当然のように驚きの声を同時に上げ、コスタはさらに突っかかってくる。


「で、でもフォレルさんっ、さっきあなたとシグリッドの会話が聞こえたけど、こいつはシグリッドの弟で、要は魔王の弟なんだろ。そんなのとフォレルさんを、しかもこいつは攻撃してきてるし……」


 ここにきてリックも同意とばかりにうなずいていた。わかっている、二人の心配は。


「あぁ、でも。多分大丈夫だと思う……まぁ、シグリッドもいるし、殺されはしないと思う」


 バーハを助ける理由は自分にはない。さっきみたいに攻撃されかねない。

 だけど気になるのだ、彼にもリンゴを食べさせてあげたら、あの憎々しげな表情が笑ったりするのかな、と思うと。


 それにはきっとガヤガヤしてるとダメだ。特に剣を交えたリックとコスタがいる状況では、またバトルが始まってしまいそうだ。


「大丈夫だから。さぁ、この子が目を覚ます前に行ってくれ」


 友人のリックは付き合いが長い分、自分が言い出したら曲げないのはわかっている。あきらめて「わかった、また来るからな」と言い、この場から離れて行った。

 残されたもう一人は深くため息をついていた。


「フォレルさん……ホントに大丈夫なのか? オレ、あなたがいなくなったら、これからの楽しみ、なんもない……なんのために魔王を倒してこの国を平和にしたんだか」


 勇者コスタらしくない弱気な発言だ。そんな一面もあるんだと思う半面、そこまで自分に固執する意味が疑問だ。

 それでも彼の言葉は本音なのだろう。コスタの腰にある、傷のたくさんついた剣と鞘が小刻みに震えていたから。


「……コスタはなんで魔王を倒したんだ? この国を救いたかったからじゃないのか?」


「そんな大義名分なんかじゃないって……オレはただ……いや、なんでもない。こんなこと言うべきじゃない、その息子がいるんだから」


 そんなところに気を使うのが意外でまじまじとコスタを見つめていた。

 コスタ……ただストーカーみたいにしつこい変な勇者だと思っていたけど、実は違うのか、他者を気づかう面もあるのか。魔物だけでなく、コスタに対する意識も変わりそうだ。コスタも悪いやつではないから。


「……わかった。じゃあ、オレは一度レジャス国に行ってみる。キトス王子には気軽に会えるから、一応顔パスだし。王子にフォレルさんのことを話すよ」


「……ここのことは言うなよ?」


 コスタはうなずき、去っていく。コスタのことも不思議だが、このバーハのことも。そして弟が気絶しているのに離れた場所でボーッと木々を見つめるシグリッドのことも。

 みんなは何を思って日々を生きているのだろう。

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