傷つける勇者と消された魔王と…

第16話 笑わない、楽しまない、その理由

 毎朝の日課。野菜、果物の手入れをする。水をあげる。それがずっとずっと続いている。この作業が好きだ。村から離れてこの作業がもうできないかと思ったけど。こうして暗い森の中で作業は続いている。

 隣に妙な魔物の少年の視線を感じながら――。


「そんなに見なくてもいいんだけど……なんだったら君もやってみる? 結構癖になるんだよ」


 シグリッドの力を借りて成長したトマトの虫取りをしている自分の姿を、赤い瞳が興味深そうに、でも眉間にしわを寄せながらジッと見ている。


「そんなチマチマした作業をやらないと、野菜とやらはできないのか。めちゃめちゃ手間かかってめんどくーせな」


「そうだよ。さっき君が食べたリンゴだって……あぁ、あれは君のお兄さんが魔法で大きくしてくれたから、そんなに手間はかかってないけど。ちゃんと手間暇かけて作ったものは、よりおいしくなるんだよ」


「あれよりうまくなるのかっ! ならもっと作れ、やれ」


「やれと言われてもそんなすぐには……」


 すっかり元気になった赤い瞳の少年は残念さも混じるふてくされた表情を見せた。一応、現魔王の弟だというのに、こうやって会話していると、まだ知識は発展途上なやんちゃな少年という感じで。小生意気なことを言われても憎めなく思える。


「バーハもリンゴが気に入ってくれたんだな」


 コスタ達の件から数日が経っている。気を失ったバーハの傷はシグリッドに癒してもらったが、そのまま数日間、彼は眠ったままだった。シグリッドの話では魔物は強い傷を負うと癒すために眠ることがあるのだそうだ。


 と言っても今の自分に休ませてあげられる場所はお手製のハンモックだけなので。今回はシグリッド用に作ったハンモックをバーハのために使わせてもらい 、シグリッドはいつものように木の上とかで休んでいた。今までがそうだったから別になんら問題はないらしい。でも『ハンモックの方が寝心地がいい』と言っていたのには笑えた。


 シグリッドもそうだが、バーハも感情は偏りがちでずっと不機嫌そうにして笑わない。魔物というのはそんなものか。でもリンゴは喜んでくれたようだ。

 あと怒りの感情は強く持ち合わせているようで――。


「なぁ、あのコスタとかいうやつ、いつ来るんだ。あいつ、気に食わねぇ、早くぶっ殺したい」


「そんな物騒なこと言わないでくれよ、シャレにならない……」


 自身がコスタに叩きのめされたせいか、バーハはコスタに深く敵意を抱いている。コスタの名前を出すと彼の不機嫌そうな顔はますます不機嫌になり、殺気すら感じる。


「お前、なんであんなやつと一緒にいるんだ。あいつ、オレの親父を殺したやつだろ。あんなやつが森の中をウロウロしているなんて目障りだ」


 かわいそうに、この国の勇者も魔物にとっては 『あんなやつ』で『目障り』呼ばわりだ。まぁ、自分にとっても勇者というよりは騒動を起こした厄介者であるのだけど。


「バーハがそう言うってことは、魔王……お父さんのことは大事に思っていたってことなんだな。僕らにとっては国を滅ぼそうとした恐怖の存在だったけど。君達にとってはどんな存在だったんだ?」


 せっかくだから今は亡き魔王のことについて聞いてみることにした。だってこんな機会、滅多にない。この国に住む誰もいないんじゃないか、魔王の一族と接触できている人なんて。

 しかもリンゴをあげれば色々協力してくれるんだ。ここに来て今の境遇に招いてくれたコスタへの感謝がちょっとだけ浮かぶ。命がけだったが、こうしてずいぶんと刺激のある時間をくれたものだ、と。


「親父? 最悪のやつだぞ」


 だが、バーハの返答は舞い上がり気味だった自分の気持ちに罪悪感を抱かせた。


「オレと兄貴は親父が人間を襲って孕ませて生まれた存在なんだ。半分は人間で半分は魔物。親父はただ欲のために人間を襲っただけだから生まれたオレ達に対する情なんてものは全くなかった。ただの駒の一つにすぎなかったんだよ」


 そう語りながら、いなくなってせいせいしたと言わんばかりにバーハは鼻を鳴らす。


(そんな……そうだったのか)


 驚愕の事実。確かに二人は容姿が人間に近いものがあるなとは思っていたが。


「……お母さんは?」


「それは魔物に食われた、オレが小さい頃のことだから、よくは知らねぇ。オレ達が生まれたことで母親が人間の元に居づらくなり、オレ達を連れて人里離れて育ててきたらしい。だが戦う力のない人間なんか外の世界では食われるだけだからな」


「そ、うか……」


 その話に自分の胸は苦しくなったが、バーハはそうでもなさそうだ。

 そうなってしまったものは仕方ないと納得しているような。もしくはそういったつらいことの重ね合わせによって感情を育むことができなかったと言うべきか……。誰かとの交流もなく、愛情もなく育てば、ただ日々を淡々と生きるという目的でしか動いてなかったのかもしれない。


(だからシグリッドは魔物だけど、魔王の息子だけど。父親と同じように人間を滅ぼすという思いはないんだ。そこはどうでもよくて、彼はただ毎日を“静かに生きている”だけなんだな)


 それは穏やかな生活と言えるのか。何も楽しみがなさそうなシグリッドは笑いもしない、怒りもしない、そんな毎日。それが本当に楽しいのか……自分みたいに村を追われたけど生き延びることができ、安心して過ごせることにとてつもなくホッとする……ホッとできる喜び。

 そういうのもない日々なんて。

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