第14話 勇者と子供?の戦い

「リックはどこへ行ったんだ……」


 自分達がゴタゴタしている間に残されたリックを探しに戻ってきたが。先程コスタとリックが戦った場所に彼はいなかった。


「……コスタ、もしかして?」


「ちょ、ひどいな、フォレルさん! そんなことしてないから!」


「冗談だよ」


 コスタをからかっておき、周囲を見回す。静かな森の中、木々が風に揺れる音、森のどこかにいるイーターの「きゅう」と鳴く声。どこか遠くに悲鳴……え、悲鳴?


「い、今の気のせい?」


「いや、なんか聞こえたな……」


 今日は人が多いが普段、この森の中には自分とシグリッドしかいないのだ。変な声が聞こえれば違和感はある。


「あっちだ、行ってみよう」


 そこに向かって行くと様々な音がより聞こえてきた。金属音、木が折れる音、茂みが大きく揺れる音、さっきよりも激しさを感じる音ばかり。

 そしてまた「ぐわぁ!」という悲鳴。何が起きているのかという不安に駆られながら茂みを抜けていくと、その先にあったのは地面にしゃがみ込んでいる親友の姿だ。


「リック!? どうしたっ!」


 リックは全身から煙を上げ、衣服がところどころ焦げている。その様子は火の魔法をくらったようだ。

 自分が近づこうとすると、リックは声を荒げた。


「フォレル! 来るな、変なのがいる!」


「へ、変なのっ?」


「――あそこだっ!」


 リックが視線で示した先、空中には見たことのない黒い衣服の“少年”がいた。乱れた黒い短髪の下には赤い瞳がギラギラと敵意を示しており、細身の体格は十代前半というところか。黒い上着に黒いシャツ、黒いズボンというスタイルだが部分的に破けたところがやんちゃな雰囲気を出している。

 でも空中に漂っているし、怒ったように眉を歪めてリックをにらんでいるし、ただの少年ではないことは一目瞭然だ。


「お前達がいなくなった後、追いかけていたら突然現れて攻撃してきやがった! やたらと強いし、なんなんだよ!」


 リックは剣を振るえるといっても剣士ではない、ボロボロになっているのは当然のこと。


(でもこの子、誰かに似ている……?)


 考えていたらコスタが剣をかまえて前に出ていた。


「こいつもただならぬ力を感じるぞっ!」


 そう言いながらコスタは高くジャンプして少年に剣を向けた。


「――ちっ、うざっ!」


 少年は不愉快全開に口をへの字に曲げ、向かってきたコスタに手のひらを向けた。その手から放たれたのは黒い火の玉だ。シグリッドは黒い剣で彼は黒い火の玉……魔物が使う力は黒が関係するのだろうか。


 コスタは剣を振るい、飛んできた黒い火を切り刻んだ。火は破片となって散り、下にいる自分とリックの元に降り注いだので「あちっ!」と二人でワタワタしてしまった。


「こ、こんな小さい火でこんな熱いのかっ?」


 衣服にくっついたのを払い落としていると、リックが腕を押さえながら近寄ってきた。


「あぁ、なんだかなぁ……っていうか、お前、大丈夫なのか? あの人、シグリッド……魔王の息子って本当なのか。知っててお前、一緒にいるのか」


 上で繰り広げられる戦いを見ながら、落ち着いて「あぁ」と返事をする。いずれはバレるだろうなと思っていた。シグリッドの存在――あの不思議な性格で大きな力のある存在を隠すのは難しいだろう。

 でもリックならわかっているはずだ。


「シグリッドは悪いやつじゃない……僕が邪魔ならとっくに殺していたはずだ。それをしないし、彼は色々助けてくれてる。さっきだってコスタから助けてくれたんだ」


 そう語る自分達の上では多くの黒い火の玉が生まれ、コスタに襲いかかっていた。だがコスタは剣を振るって火をはじき、隙を作って少年に斬りかかっている。

 少年は身軽に攻撃を避け、くるりと身体を反転させて、また魔法を放っている。さすが勇者、そしてあの少年もなかなかの実力のようだが、コスタの方が攻撃が速い。


「でもさ、魔王の息子、なんだろ。ってことは魔王が倒された今、シグリッドが現魔王ってこと、じゃないか。そんなのと、大事な親友が一緒にいるって思うと俺はちょっとな……」


 リックに視線を向けると彼もこちらを見ていて、顔をしかめている。その表情は彼がとても心配してくれているとわかる。

 そう、魔王がいない今はシグリッドが魔物の中で一番偉い存在だろう。

 でもシグリッドは悠々自適で全く周囲に興味を抱かないし、人間を嫌う感じもない。毎日リンゴを食べて、のんびり過ごしているだけだ。本当のところの彼はわからないけど、彼はこれからをどうしたいと思っているんだろう。


「魔王と一緒にいたんじゃ、お前、余計に村に帰れないぞ。それどころか国への反逆だって言われかねない。やっぱり勇者に王子を説得してもらって村に帰るしかないぞ」


「あぁ、わかってる……」


 けれどそうしたらシグリッドはどうなる。再び勇者コスタが新たな魔王を倒してしまうのか。それで国は平和になるのか。


(シグリッドは……何もしていない。人間を殺すことも国を滅ぼすことにも何も興味を抱いていない。そんな彼でも人々は殺したいと思うのか)


 確かに最初出会った時は自分も怖かった。その強さに唖然とした。それでも会話して彼を知るうちに悪いやつじゃないとわかった。さっきだってコスタにも、認められていたじゃないか、なんとなく、だけど。


『あなたは、この魔物が、好き、なのか……?』


 コスタの言葉がよみがえり、胸がしめつけられた。そんなんじゃない、嫌いじゃないけど。好きは好き、かもしれないけど――でも彼は魔物だ。


(僕は、もっと彼と関わってみたいだけ……僕の作ったもので、喜んでくれるから。だからもっと色々おいしいものや、楽しいものがあるんだって教えたいんだ)


「ちっ、忌々しい人間だなっ!」


 ハッと意識を頭上に戻す。少年はイラ立ち、少年らしい高めの声でコスタを罵倒していた。


「んだよ、てめぇは! とっとと死ねよっ!」


 少年に焦りが見える。やはりコスタの方が能力は高いようだ。


「オレは勇者コスタ! 前にお前ら魔物の親玉をぶっ飛ばした最強の剣士だぜ!」


 堂々と名を述べるあたり、さすがだ。そんな様子を見上げていると、不意に自分の隣に銀髪で赤い瞳の人物が現れた。


「あれはバーハ。俺の弟だ」

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