第13話 勇者のデカい告白

 勇者の目は驚きに見開いていた。


「魔王、だとっ!?」


 二人はもう一度剣をぶつけると間合いを取った。


「フォレルさん、なんでそんな魔物と一緒にっ! さてはオレを脅すための人質かっ!」


 勇者はシグリッドの父親を倒した相手だ。親を大事に思う魔物なら復讐を考え、勇者にとって不利になる誰かを狙うかもしれない。でも恐れ多くも、自分は、そうではない。


「違うっ、彼はこの森に来た僕を助けてくれたんだ。彼がいなければ僕はとうに死んでいた。シグリッドは魔王の息子……でも僕の恩人だ。だから傷つけないで――」


 言葉が終わると同時に、先に動いていたのはシグリッドだった。勇者に向かって黒い剣をかまえて突っ込み、勇者に歯噛みさせていた。

 勇者は剣を受け止め、次に魔法を放つ。手から放たれた雷のようなものは、シグリッドの指鳴らしで手品のようにバチンと弾け飛んでいた。


「フォレルさんっ! たとえそれが本当でも、こいつを放置すれば、いずれまた人間の敵になる! 前の魔王がそうだったように、多くの人間が魔物に殺される! ……いや、魔王がいない今は、そいつが現在の魔王だぞっ!」


「彼は違う! シグリッドは違うんだ!」


 なぜか全力で否定していた。そうしなければ勇者によって彼が傷つけられる、そう思うと嫌だった。

 だから全力で叫んでいた。


「シグリッドを傷つけるな! そんなことをしたら、僕は許さないっ!」


 剣をかまえていた勇者の手がピタリと止まる。その表情は悲しいような怒っているような。複雑そうで、その結論が本当に正しいものかを考えているようだった。

 勇者は歯を食いしばり、剣を下げた。それにならうようにシグリッドも黒い剣をスッと消した。


「フォレルさん……あなたは、この魔物が、好き、なのか?」


「えっ……」


「じゃなきゃ、そこまで必死にかばうこと、ないでしょ……」


 そう言われ、フォレルは言葉に詰まった。別に好きとか嫌いではなく、ただシグリッドは魔物だけど悪いやつではなく、自分を助けてくれたから。そんな彼がなんの理由もなく、殺されるのは嫌だったから。


(だ、だからと言って『違う』と真っ向から否定するのは失礼、かな……)


 シグリッドは興味なさげに、戦闘で乱れた自らの衣服を正しているし。

 好きか嫌いか、それで言われるのは困る……いや、ちょっと待て。好きにも色々な意味があるが勇者が聞いてきた『好き』は、なんの意味の好きになるのだ……?


「……はぁ、そうか、そうなんだな……」


 勇者は剣を鞘に収めるとガックリと肩を落とした。いつもは威風堂々とした勇者がそんな姿を見せただけで弱そうに見える。


「うぅ……まさかの魔王だなんて……でも、でもあなたを助けてくれたのは事実のようだ。そしてあなたをこんな目に遭わせてしまったのは、オレにも責任がある。正直、めちゃめちゃ責任感じてるんだ、これでもっ!」


 勇者はワァワァ言いながら頭をかき乱していた。そのヤバい感じにちょっとドン引き……元からまともなやつではないのだけど。

 しばらくわめいて気が済んだのか、勇者は何事もなかったかのように表情を引き締め、コホンと咳払いをした。


「フォレルさん……さっきはあなたを傷つけてしまって本当に申し訳なかった。あれは、本当に本意でないんだ……そして、あなたの傷をすぐに癒してくれた魔王には感謝する……一応な」


 魔王を倒した勇者が魔王の息子に礼を述べているのも、なんと複雑なことか。勇者はシグリッドに頭を軽く下げている。

 一方のシグリッドは全く気にもせず、赤い瞳をボーッとさせている。


「それでも!」


 そう叫び、勇者は勢い良く顔を上げた。


「オレはフォレルさんが大好きだ! だからあきらめることはできない! というか、ないっ! 絶対に!」


 勇者の声が大きすぎて辺りの木々がビリビリしている。力もあるが声量もすごい。彼が森に一晩いればイーター含む魔物全員引っ越すのではないだろうか。

 勇者は顔を上気させ、フォレルの前に移動してきた。フォレルは自ずと身構えていた。


「フォレルさん! そんなわけで、オレがあなたにできることはなんだ!? キトス王子を説得して、あなたを村に戻すことで大丈夫か!? それくらいならできる!」


 覇気がありすぎて返事がしづらかった。そうしてもらえれば丸く収まる感じかもだが、それに対して「はぁ」としか返事ができない。

 だって今の今まで白熱してバトルしていた勇者がコロッと気が抜けてしまったのだ、百面相にもほどがある。

 そんなふうに人を拍子抜けさせたことにも気づいてないのか、勇者は「わかった!」と元気いっぱいだ。


「キトス王子のことはオレのせいだ、だからなんとかする! だからフォレルさんっ、村に戻ったらオレと……あ、いや、そこはフォレルさんにオレを見てもらえるようにしないとだな!」


 勇者が何かを言いかけたが大体検討はつく。村に戻っても好きになることはないぞ、と心の中で釘を刺しておこう。

 勇者が嫌なやつでないのはわかる。素直な気持ちで自分を好いてくれているだけだ、過剰なくらいに。


(でもキトス王子を説得できるとしたら勇者しかいない……ここは彼に責任感じてもらって、なんとかしてもらうか)


 なんとかしてもらう、なんて。他人任せみたいで気乗りがしないけど。農民の自分が一国の王子に意見なんてできない。ひとまずは勇者に任せてみよう。


「とりあえず!」


 だから勇者、声が大きい。


「フォレルさんのためにオレ、頑張るから!」


「……わかりましたから」


「だからフォレルさん! オレのことも名前呼び捨てにして、敬語やめて! 彼と同等に扱って!?」


 その頼みには再度「はぁ」と気の抜けた返答しかできない。要はシグリッド同様に扱えと。コロッと様子が変わったのはシグリッドへのやっかみだったのかもしれない。本当に面倒なやつに好かれたものだ。


「わ、わかったよ……ところでさっき戦っていた僕の友達はどうしたんだ?」


 騒動が落ち着いたところで、姿が見えないリックのことを思い出す。

 まさか斬り捨てた、わけはないだろう。いくら変な勇者でも一般人を斬るほど狂ってるわけじゃないから。


「……フォレルさんっ」


 いきなりコスタの目が、キラリと光ったように細まる。その口元は嬉しそうにほほ笑んでいる。


「フォレルさんに敬語なしで話してもらえると、胸がキュンとする……ヤバい、嬉しいんだけど!」


「……わかったから」


 案の定、リックは森のどこかに置いて行かれたらしい。

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