農家の僕はリンゴをあげた魔王に大事にされる

神美

勇者のせいで追放! 逃げた先は魔物の森で

第1話 求愛は最悪に

 目の前にいる“魔王を倒して世界を救った勇者”は礼儀正しく頭を下げて叫んだ。


「あなたが好きなんだっ! 初めて会った時から! ずっとずっと、あなたのことを考えて! あなたのことを想って旅をして! ついに魔王を倒した! お願いだっ! これからはずっと一緒にいてほしいんだ!」


「ちょ、ちょっと――」


 農園のど真ん中で。盛大な愛の告白を受けたフォレルは身体を引き気味に唖然とした。

 勇者さまが自分に放った言葉が凝縮しすぎて、唐突すぎて、理解ができず。顔が引きつるのを感じながら、失礼ではあるが勇者さまをにらんでしまった。


(何を言ってるんだ、この人はっ?)


 こんな、なんの変哲もない田舎の村で。果物や野菜を育てる農家の自分に対して。

 真っ昼間から酔っ払っているのか? 魔王を倒してこの国を救ったから浮かれすぎて? もしくは混乱の魔法でもかけられた? それとも……ただのイタズラ?

 頭の中に浮かぶのはマイナスでしかないが、大人としては冷静に対応しなければならない。

 フォレルは引きつる顔に力を入れ、口角を上げた。 


「あ、あの、勇者さま。よく見てください? 僕はこの村の農家の者です。それは何かの間違いですよね……?」


 でなければ“勇者コスタ”が自分のような農家の男の元を訪れ、こんなことを言うわけがない。

 だが、そのかすかな期待はすぐに霧散する。


「違う! 断じて! そんなことはないっ!」


 勢いよく顔を上げた勇者さまは黒髪の下にある水色の瞳をこちらに向け、泥で薄汚れた自分の白シャツの両肩に手を置いた。あまりの気迫にギョッとする。勇者さまは端正な顔立ちだが、こんな様子では……引く。


「もちろん、オレはフォレルさんだと知って告白してるんだっ! こんなこと適当な人間に言うわけないだろっ! 大好きなあなただから言ってるんだ!」


 ……名指しされてしまった、人違いではないようで逆に残念だ、とフォレルは落胆した。

 では正常な頭を持っていないだけだな、なんて勇者さまに対して思うことじゃないが。とにかく落ち着いて対応を試みる。


「わ、わかりました……ではよくわからないですけど、勇者さまは混乱されているのですよね。僕を見てください? 手も服も顔も畑仕事で泥まみれ、肌は日焼けしてるし、勇者さまほどではないけど力仕事もしてるから、ちょっとは筋肉質です」


 ついでに頭も風になびかれてボサボサです、と黒髪をなでてアピールしておく。


「こんな田舎の男、なんの魅力もないですよね。勇者さまはこの国を救った素晴らしい方なんですから」


 というか、なんでこんなに自分を卑下して説得しなければならないんだ。面倒がすぎるぞ、勇者コスタ……と、内心でフォレルは毒づくが、顔は笑顔を努めている。


「そ、そういえばレジャス国のキトス王子があなたと良い仲だと噂で聞いてます。王子もとても聡明で綺麗な御方だとか。そういう尊い方と一緒になる方が――」


「断った」


「――は?」


「キトス王子から、声はかけられたが断った」


 フォレルの笑顔は口を開けたまま塞がらなくなった。

 自分、今とても間の抜けた顔をしているに違いない、誰か口を閉めてほしい……。


 レジャス国はこの大陸を治め、勇猛な戦士や知識豊富な魔法使いという軍事力を誇る国だ。長年魔王打倒を掲げていたが強大な力を誇る魔王の前に軍事力もなすすべなく、民は魔王率いる魔物に襲われる恐怖に怯えていた。


 それを打ち破ったのが目の前にいる勇者コスタ――スラッとした長身、きれいな黒髪と水色の瞳が素敵な美青年であり、見た目では魔王を倒すとは信じがたい容姿だが比類なき力の持ち主、まさに勇者だ。

 そして彼はレジャス国のキトス王子と懇意だと民の間では噂であり、魔王討伐後には一緒になるのでは、と言われていたのだが。


(それがどうして僕の目の前にいて、とんでもないことを言ってくれてるんだ! 夢なら覚めろ、というか、この人が混乱しているなら早く覚めろ……ん? ……断った? ……断っただと? キトス王子の求愛を断ったというのか、この男っ!)


 だんだんと事実が頭に浸透してきたら腹が立ち「なんでそんなことを!」と、フォレルは力を込めて言い返していた。


「キトス王子は次期国王ですよっ。それに国に仕えるどんな魔法使いよりも魔力ある類まれなる魔法使いっ、そんな方のことをなんでっ」


「だから言っているだろ、オレはあなたが一番好きなんだ! あなたが好きなのに、なぜその気持ちを無視しなきゃいけないんだ。確かにキトス王子は力も権力も美貌も全てを兼ね備えているだろうな。そんな方に『一緒になってほしい』と言われたら、普通だったら選ぶだろうな」


「だったら――」


「だけどオレは嫌だ。オレは自分の気持ちに、もう嘘はつきたくない。好きな人はやっぱり好きなんだ!」


 コスタの目は真剣だ。そのまっすぐな言葉に胸が高鳴る――わけはなく。フォレルの心は相変わらず愕然としていた。

 しかし、彼の想いを受け止めるわけにはいかない。とりあえず、この状況をどうやって打破すればいいのかを考える。熱烈な勇者には悪いが自分にそんな気持ちはサラサラなく、恋愛にも今のところ興味はない。それより早く畑仕事に戻りたい、トマトに水やりをしたい。


「勇者さまには申し訳ないのですが……」


 そう言いながら、フォレルは肩に置かれた勇者の手を両方どかした。


「僕にはそういう気持ちはないので、すみません。そろそろ仕事に戻るので失礼します」


 軽く頭を下げ、その場から逃げるように去る。悪いが付き合ってられない。


「……フォレルさんっ!」


 後ろからの呼び声。振り返りはしないが耳だけ傾ける。


「オレ、あなたのこと、本気で好きなんだ! だから、あきらめないから!」


 さすが勇者だ。そのあきらめの悪さがなければ魔王討伐もできなかったのだろう。

 さて、この勇者だが……本当にあきらめが悪かった。それから毎日、自分の元を訪れては告白してくれた。その度に最初は丁寧にお断りをしていたが、いい加減嫌になって後半は適当にあしらっていた。


(いつまで続くんだ、こんなの……)


 魔王が討伐されたのに。自分に訪れたのは平和じゃない毎日。

 そしてさらなる騒動は起こる。

 ある日、フォレルが村への帰り道を歩いていた時だった。


「フォレル! 村に戻るなっ!」


 茶髪を乱し、血相を変えて飛んできたのは村一番の力持ちである友人のリックだった。

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