第9話 まさかの再会

 大きめの葉をつなぎ合わせ、なんとかハンモックが完成した。泉の近くにある手近な二本の木の枝に吊るしてみると、見た目はとてもいい感じだ。


(切れたりしないかな)


 切れないでと願いつつ、試しに横になってみる。葉の表面がツルツルしていて、ちょっとひんやりするが浮遊感が気持ち良く、枝葉に覆われた頭上の薄暗さが眠気を誘った。


「で、できた、なんとかできた」


 正確にはここも外であるが、頭上の枝葉のおかげで雨はしのげるし、何より岩の上と違って寝転がっても痛くないし、ユラユラがなんとも言えずグッド。これで睡眠不足にならずに済む。

 そんなくつろいでる自分を見ているのは赤い瞳だ。


「なんだ、それは」


 シグリッドはハンモックをしげしげと眺める。そんな彼の銀髪の上には先程助けた緑色の毛むくじゃらが乗っかっている。すっかり慣れてしまったイーターは真下にいるのが魔王の息子と知ってか知らずか、居心地良さそうに鎮座しているが、シグリッドは全く気にしていないようだ。


「これはハンモック、外で寝るためのものだ。試しに寝てみる?」


「二人で入るのか」


 さっきの言葉に続き、また恥ずかしいことを言われた。


「う……さすがに二人で寝ると枝が折れるから。僕がどくから待ってて」


 落ちないようにうまく降り、シグリッドに「どうぞ」と促す。

 シグリッドはハンモックを押さえ、上に乗ろうとしているがグラつきに手こずっている。


「揺れるぞ」


「押さえながら、おしりを先に乗せて寝そべりながら足を入れるんだよ」


 魔王の息子にハンモックの使い方をレクチャーする日が来るとは。レクチャーしたものの、シグリッドは座るのにも苦戦していて。無表情なのに必死が伝わってきて……すごく面白い。


「できない」


「――くくっ」


「何がおかしい」


「ごめん」


 傷を治したり、魔物をやっつけたり。すごい力があるのに不器用なところもある。それでもめげずにやろうとしているのに好感がもてる。しかもその間も頭の上にイーターは乗っけたままだ。色々無頓着なようでクールなようで、でも優しい行動も取る……本当に不思議なやつだ。


「じゃあシグリッドの分も作ってあげるから、寝る練習頑張って」


「俺のも、作るのか」


「あぁ、せっかくだし。慣れるとすごく気持ち良いよ」


「わかった」


 そう言ってシグリッドの練習を見守りながら、もう一つのハンモック作りを始めた。シグリッドは慣れていないせいか本当に不器用で、何回か思い切り転がり落ちてしまっていた。


(魔王の息子を転がり落としちゃったよ!)


 恐るべしハンモック。

 だがシグリッドは怒ることなく「難しい」と言いながら何度も練習していた。そんな彼に休憩をとリンゴを差し出すと、彼は素早くそれを手に取り、頬張っていた。


(今、一瞬……いや気のせいかな)


 リンゴを見た瞬間の赤い瞳と、口元が笑ったような気がしたが、きっと気のせいだ。でも手に取るということは『欲しい』ということだ。彼の“感情”だ。


「ふぅ、よし……もう少しでできる」


 ハンモックが完成間近。シグリッドは疲れたのか、ハンモックに座って休憩していた。


「フォレル!」


 ふと呼び声がした。それはシグリッドではない、彼は自分のことを名前で呼んでいないから。


「フォレル、やっぱりここだったな!」


「リ、リック! どうやってここにっ」


 一日ぶりだ。まだ一日だけなのか、もう一日経ってしまったのか……探し回ってくれたのか、リックの衣服は薄汚れていた。腰には長剣を提げている。


「この村周辺はレジャス国の兵士達がぞろぞろとお前を捜索してるから、見つからないのはこの“魔の森”ぐらいかなと思ったんだよ」


「魔の森? え、ここ魔の森だったのか」


 無我夢中で逃げていたから気づかなかった。村から離れた場所にあるその名の通り、魔物の住む魔の森。確かに魔物だらけだ。


「リック、よくここに来れたな」


「フォレルこそ無事で良かった……俺は多少剣術を習っていたからさ。でもお前は戦う術がないから……本当に良かった」


 長年の家族同然のリックは近づいてくると存在を確かめるように抱きしめてきた。リックだって色々大変だったろうに、わざわざ自分を探しに来てくれるなんて……本当に良いやつだ。


「……ところで、お前、何やってんだ? ハンモック? そしてそこで座っている人は?」


 リックに全てを話すのは多少気が引けた、特にシグリッドのことに関しては。魔王の息子だなんてことは言わない方がいい気がするので『この森をちょくちょく訪れる旅人で自分を助けてくれた』と説明しておいた。


「こんな森に来る人がいるんだな……でもその人のおかげで助かったんだもんな。ありがとう、俺の友達を助けてくれて」


 リックはシグリッドに会釈をした。


「……あぁ」


 シグリッドは興味なさそうに返事をしただけで、ハンモックに座って足をブラブラさせている。なんだか退屈そうにも見える。


(シグリッドって……もしかして人見知り?)


 いや、滅多に人が来ないから人慣れしていないだけか、そう思うことにした。


「なぁ、リック……僕は村にはまだ戻れそうにないよな」


「あぁ、まだな。当分は無理だろ。そう言えば勇者の姿も見てないぜ。いたら捕まえて事情を話してやろうと思ってんだけどさ」


 勇者さま、の単語にシグリッドが反応するんじゃないかと一瞬ヒヤリとしたが。やはり興味はなさそうだった。


「お前をこんな目に遭わせたのはあの勇者のせいなんだ。俺は絶対許さない。いたらぶん殴ってやる」


「勇者をぶん殴るって、返り討ちに合うぞ。そう言ってくれるのは嬉しいけどな」


 勇者コスタ。あんな感じだが勇者だ、力を備えている。もしこの場に勇者が来たら、そしてシグリッドが魔王の息子と知ったら……この状況はどうなるんだろう。

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