森はにぎやかな戦場

第11話 もめる勇者と力持ちの村人

「見つけた! やっと見つけたっ!」


 魔の森での生活が一週間ほど続いた時、それは突然やってきた。


「フォレルさーんっ!」


 泉のそばには、まだささやかではある自分の農園が作られている。そばにはリンゴの木があり、他の野菜はまだ発育中。それはリンゴのように一気に成長させず、魔王の息子――正確には現在の魔王だと思う存在から魔力をもらい、ゆっくり成長させて、おいしいものを作り出している段階だ。

 折れないための挿し木をし終え、屈んだ体勢から立ち上がった時……その呼び声と共に背中に何かが抱きついた。


「フォレルさんっ!」


「な、なんだっ! 誰っ!?」


 聞き覚えのある声。自分を抱きしめる力強い腕と、自分の身体を押さえる擦り切れた手袋からわかるのは、彼が歴戦の強者である、ということ……それが誰なのかわかった途端、恐ろしいものを見てしまったように全身の血の気が引いた。


「ごめん、ごめんな、フォレルさんっ! オレのせいでこんなことにっ!」


 謝る、オレのせい、こんなこと。

 その言葉の羅列でわかる、この後ろにいる人物のこと。別に彼は人の命を奪う殺人鬼などではない、誰かを傷つける犯罪を犯した者でもない。

 それなのになぜ自分は身体が強張るくらい、こんなにも恐怖しているのだろう。


「ゆ、勇者、さまっ!? は、離してっ!」


 抵抗しようとも、その力は強くて微動だにしない。それもそうだ 彼は勇者だ、彼もとうとう、ここを嗅ぎつけてしまったのだ。


「フォレルさん、ホントにごめん! オレ、ずっとあなたを探してた! あなたに謝るため、そしてあなたを連れ戻すためにっ。オレがなんとかする、だから戻ろうっ」


「と、とりあえず、離してっ!」


「一緒に帰ろう、フォレルさんっ!」


 身体が引きずられる。この勇者、どこまで人の話を聞かないのだ。必死に抵抗していると、どこからか「きゅ!」と高い鳴き声がした。

 この声は、もちろん――。


「なんだ、魔物かっ!」


 すっかり慣れたイーター達が自分のピンチを察し、勇者に襲いかかっていた。そこでやっと身体が解放されたわけだが。腰に提げた剣を抜いた勇者を見て「ダメッ!」と、とっさに飛び出していた。


「な、フォレルさんっ!?」


 勇者も予想しなかっただろう。振り下ろされた剣は目標を遮られ、自分を斬りつけていた。

 今度は勇者の血の気が引き、顔が真っ青になる。


「フォレルさんっ!」


 痛い。胸が痛い。シャツが赤色に染まる。勇者の研ぎ澄まされた剣は自分の胸周辺をスパッと斬っていた。死ぬまでではないけど痛くて、膝をついた。けれどイーターは背後でぴょこぴょこ跳ねて無事だ。


「お、お願いだ。この子達は殺さないでくれ」


「フォレルさん、なんで、なんで!? ――オレっ」


 勇者もカランと剣を落とし、膝をつく。


「ご、ごめん、オレ……」


 取り乱した勇者は涙目になっていた。あんなに自信にあふれ、こちらの迷惑を顧みないほど『好きだ』と迫ってきて。それでもみんなが驚く偉業を成し遂げたくせに。農家の人間一人をケガさせたくらいでこんな顔して。

 逆に見ているこちらの胸が痛くなり、柄にもなく声をかけていた。


「勇者、別に、そんな――」


「動くな、勇者」


 何が起きたのか。不意に自分と勇者ではない、別の声がした。そして勇者の動きがピタッと止まり、表情が苦しげに引き結ばれる。

 勇者の背後に、人の影――腕を伸ばし、何かを勇者の背中に突きつけているようだ。


「勇者コスタ、俺は迷いなく、あんたを斬り捨てられる。あんたがくだらない感情で俺の友人に与えたつらさ、わからないわけじゃねぇよな」


 目がギリッと細められ、勇者の背後にいる人物は勇者を憎むべき対象として、にらんでいる。


「さらに事情はわからねぇけど。今、俺の友人を斬った。何してやがる、なんでそいつを傷つけた!」


「リック! やめろっ!」


 勇者の後ろにいるのはリックだ。なんてタイミング、不安に思っていた事態だ。先日は『ぶん殴ってやる』なんて言っていたけど、これじゃ勇者の命を奪いかねないじゃないか。


「……アンタ、村にいたフォレルさんの友達か」


 勇者もリックに見覚えがあるようだ。背中に剣を突きつけられているのに勇者は冷静だ。


「その剣でオレを斬るつもりか。マジでできると思ってるのか」


 冷静過ぎて怖い。相手を見下したようなその言葉には、彼が勇者であるという自信が込められている。


「アンタ、さっきオレのフォレルさんに対する気持ちを『くだらない感情』と言ったな。聞き捨てならない。アンタごときにくだらないと称される覚えはない」


 温厚だった勇者の言葉に怒りが混じっている。この状況、まずいのは力の差があるリックの方だ。


「リック、やめろ! 頼むから。勇者さまもやめてくださいっ」


「だけどフォレル! こいつのせいでお前は村を追われるハメになったんだ。なに不自由無く静かに暮らしていたのに。魔王を倒して魔物達を落ち着かせてくれたのはいい。でもお前の生活は乱されちまったんだぞ!」


「だから、それを正しに来たんだ! オレがキトス王子を説得する! フォレルさんの生活はちゃんと元に戻す! アンタにとやかく言われたくないっ!」


 勇者は剣をかまえたまま、勢い良く振り返り、突きつけられていたリックの剣を弾いていた。リックは少し間合いを取り、再び剣をかまえていた。


「じゃあ、さっさとやれよ! 王子の説得ぐらい勇者ならすぐできんだろっ!」


「うるさいっ!」


 いがみ合う二人の話で状況はわかった。とにかく今は二人に剣を下ろしてほしい。無駄な争いは、リックを傷つけることは……!


「や、やめてくれ、二人とも――」


 割って入ろうと立ち上がった時、自分の視界がぐらついた。

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