1章-5.イレギュラーに悩むなど馬鹿げている  2022.10.31

 風呂から上がり居間に戻ると、少女はウトウトしていた。この状況で眠くなるなど、どれほど図太い神経をしているのだろうか。この隙にどこかへ捨ててしまおうかと思うが、色々と確認する必要があるため起こさなければならない。俺は対話を試みるべく、再び少女の正面の椅子に座った。


「へぇ~え。もうお眠か。」


 俺の声で少女は目が覚めたようだった。ハッとして顔を上げる。


「騒がないと約束できるならば、喋れるようにしてやる。どうだ?」


 少女はこくりと頷いた。そのため俺は再び少女の口を塞いでいた布を取ってやる。布を取った後も、少女は約束を守って大人しくしていた。聞き分けの良い子で良かったと胸をなでおろす。


「お前、名前は?」

「我に名前など無い。」

「ほぉ~お。なら、いつもは何て呼ばれている?」

「死神(シニガミ)と呼ばれておる。」


 恐らく、少女が持っていた大鎌から受ける印象が強いからだろうと思う。あんな大鎌を持っていたら死神を連想するというのは頷ける話だ。とはいえ、この少女を死神と呼ぶのは何となく気が引ける。そんな仰々しい呼び名は相応しくないと感じる。


「で。お前は何者なんだ?何故俺を殺そうとした?」

「我は殺し屋じゃ。仕事じゃ。悪い人間を殺しに来たのじゃ。」


 俺は大きくため息を付いた。


「あのなぁ……。そんなポンコツでどうやって人間を殺すんだ。武器も取られて、拘束されて、それで殺し屋なんて……。一切向いてないだろ。さっさとそんなお遊びは辞めて、その辺の公園で遊んで来いって。」

「ぬっ!!嘘ではない!我はちゃんと殺し屋じゃ!お前の様な一般人ごとき直ぐに殺してやる!侮るな!」

「その一般男性にこんだけされてんだから、明らかにその職業は向いてないと。俺は思う。」


 少女は悔しそうに唇を嚙んでいた。


「ぬぅ!!本当じゃ!本当なんじゃ!我は立派な殺し屋で……。この仕事を上手くできれば、ランクアップもできると店主が言ったのじゃ。だから失敗などできぬ……。」

「店主?店主って誰だ?」

「店主は我が所属している曙(アケボノ)の店の主じゃ!」

「……。」


 色々と聞き出そうと会話に乗ってはみたものの、この少女から聞き出すのは厳しいかもしれないと何となく思い始めた。洗脳でもされているのだろうか。もしくは悪い大人に騙されているのか。真相は分からないが、何かを妄信し猪突猛進しているような印象だ。本当に面倒なことに巻き込まれてしまったらしい。


「面倒ごとは勘弁してくれ。相変わらず俺はついてないな。やってられん。」


 俺は、少女の元に向かうと、一気に拳を振り上げたのだった。

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