1章-4.麺は時間が勝負だ  2022.10.31

 ずるずると音を立てて俺は麺を啜る。すっかり麺が伸びてしまった。美味しさが半減してしまったが、食べないという選択肢はない。折角のシーフード味だったのにと、落胆は一層大きくなる。

 そして、具材を全て食べ終えた俺は、カップを持ちスープを一気に飲み干した。とはいっても殆ど麺がスープを吸ってしまっていたので、いつもの半分も無かったが。


「んーーー!!! んんん!!!!」


 目の前が騒がしい。だが、そんなものに構ってはいられない。俺は目の前のそれを極力意識の外へと放り出し、完全に無視をしてデスクへ向かった。あと2時間程度頑張って、今回の仕事を終わらせてしまう事こそが、今俺が最も優先すべきことである。目の前のそれは後回しだ。

 俺は湧き上がる苛立ちを無理矢理押さえつけると、スリープ状態になっていたパソコンを起動させて仕事を再開した。


***


 ふーっと大きく息を吐いて俺は大きく伸びをする。ようやく書類が完成し、指定の場所へと送付が完了した。これで、内容の確認が取れれば明日には報酬が振り込まれる。俺は立ち上がると、テーブル席へと向かい、いつもの席に座った。

 そして、目の前の椅子に拘束された金髪の少女を見据えた。


 少女はすっかり元気を無くし、大人しくなっていた。あれほど暴れていたのが嘘のようだ。こうやって大人しくしていれば可愛らしい。

 俺自身も仕事をして時間をあけた事で、いくらか落ち着いた。ようやくこのイレギュラーに向き合う事が出来そうだ。

 

「さてと。どうしようか」


 俺が冷めた視線を向けると、少女はビクッとして目を見開いたのだった。


「お前のせいで、シーフード味のカップラーメンの麺がすっかり伸びてしまった。シーフード味は俺が最も好きな味なのにだ。お前はこれに対してどうすべきと思う?」

「んーー!!!」

「あぁ、そうか喋れないのか」


 俺は立ち上がり少女の背後まで行くと、椅子に拘束された少女の口をふさいでいた布を外してやる。少女は振り返り、キッを俺を睨んでくるが、正直全く怖くない。


「今すぐこれを解くのじゃ!!!!」


 少女は怒鳴る。この年季の入ったアパートで騒ぐのは辞めて欲しい。この状況が近所に筒抜けになってしまう。絶対に目立ちたくないのだ。勘弁してくれ。


「大鎌も返すのじゃ! 泥棒!!」


 泥棒とは失礼な子だ。危ないから取り上げただけで、ちゃんと保管している。子供が持つにはまだ早いだろうと俺は思うのだ。


「お前を殺す! 殺すのじゃ!」


 物騒な話だ。子供がそんな事を言うもんじゃない。

 俺は深くため息を付くと、再び少女の口に布を巻き口を塞いだ。すると少女は、もごもごと何かを言いながら暴れ出した。しかしながら拘束は解けないので、無駄な足掻きと言える。


 俺は再び少女の正面の椅子に座った。この子をどうするべきかと悩む。大家の佐藤には見られてしまっているのだ。下手な事はできない。全く平穏に暮らしたいだけなのにあんまりである。

 俺にイレギュラーやサプライズなど一切必要ない。こんな滅茶苦茶な物には関わり合いたくない。俺はただただ静かにひっそりと暮らしたいだけだ。そんなささやかな願いくらい、叶えさせて欲しい。


「俺は風呂に入ってくるから、その間にしっかり頭を冷やせ。これ以上騒ぐようなら……」


 みなまで言う必要はないだろう。少女には伝わるはずだ。


 冷静さを失いそうになった俺は一旦考えるのをやめ、少女を拘束したまま放置し風呂へと向かった。

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