1章-3.非日常など不必要だ 2022.10.31

 俺は無視した。


 訪問者の存在を知らせるインターホンが鳴った気がするが、今は無視だ。今最も大切なのは、シーフード味のカップラーメンを食べる事である。俺は居留守を決め込み、麺を啜る。しかしながら、三十秒程度経過した頃、再びインターホンが鳴った。訪問者は諦めていなかったようだ。しかし、俺もシーフード味のカップラーメンを諦めてやるつもりは無い。頼むから後にしてくれ。


「おーい!中野君!いるんだろう?大家の佐藤だ。出て来てくれないか?」


 玄関の方から声が聞こえた。


 俺は心を無にして箸を置く。このアパートの大家である佐藤という男が来てしまったようだ。彼には世話になっている。流石に無視するわけにはいかない。俺は立ち上がり玄関へと向かった。


***


 俺の帰りを待つシーフード味のカップラーメンがいるのだ。手短に済ませたい。俺は鍵を開けて扉を開いた。


「あぁ!やっぱりいた。居留守を使うなんて意地が悪いんだから。」


 大家の佐藤という男は170センチメートル程度の身長のやせ型の男だ。歳は50過ぎだったと思う。白髪が少し混じった短い黒髪で、ポロシャツにズボン、そして厚手のグレーのカーディガンを羽織っていた。


「すみません。佐藤さん。それで要件は何で――」


 ひょっこり。大家の佐藤の背中から顔が覗いた。その様子に俺は言葉を失った。


「君の姪っ子なんだろう?こんなに寒いのに部屋に入れてあげないで、かわいそうじゃないか。何か事情があるのかもしれないが、子供には関係ないだろう?」

「えっと……いや、その……。」


 俺の歯切れの悪い回答に佐藤は、はははっと笑う。


「おぢ。家に入れて欲しいのじゃ。」

「……。」


 俺は頭を抱えた。まさにそこにいたのは、昨日の夢に出てきた……、ではなく深夜に突然訪問し、俺を殺すと宣言してきた金髪の少女がいたのだ。あろうことか俺の姪だと嘘をつき、大家の佐藤を巻き込んで無理矢理玄関を開けさせたという事だ。なんと図々しい子供なのか。


「今日はハロウィンだからかな?仮装してきたみたいだね。お菓子ぐらいあげなさいな。」


 どうやら大家の佐藤は、少女が持つ大鎌がハロウィンの仮装であると思っているらしい。そんなバカな話があるかとも思うが、むしろそう勘違いしてくれた方が良いかもしれない。大事になるのは自分にとっても都合が悪い。その大鎌は俺を殺すための凶器ですよ、なんて言ったところで何にもならないのだから。


「ほら、早く入れてあげなさい。」

「邪魔するぞ!佐藤よ、感謝しておる!」

「はいはい。叔父さんと仲良くするんだよ。」

「うむ!」

 

 少女はニコニコしながら堂々と俺の部屋へと侵入し、玄関外の大家の佐藤に手を振っていた。

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