1章-2.代わり映えの無い日常こそ幸せである  2022.10.31

 朝食を食べ終えた俺はデスクに向かう。そして、いつも通りにデスクトップパソコンの起動ボタンを押した。これから仕事だ。気乗りはしないがやらなければ食っていけない。生きるためには仕方がない。真っ黒な画面に反射する自分の顔はまるで死人の様だった。虚ろな目に無気力な表情。そんな滑稽な姿を目の当たりにしても乾いた笑いしか出てこない。


 間もなくしてパソコンが起動すると、俺はファイルを開く。昨日の続きだ。当然のように仕事にやりがい等欠片も感じることなく、俺は淡々とキーボードを叩き続けた。この書類を仕上げ、指定の場所へと送付すれば纏まった金が手に入るのだ。生きるために俺は無心で仕事をつづけた。


***


 それは、夜の7時半を過ぎた頃だったと思う。仕事に一段落したところで夕飯の支度をしていた。といっても、お湯を沸かして待つだけだ。お湯を沸かして注いで3分程度待てばいいのだ。つまり、晩御飯はカップラーメンだ。毎日変わり映えの無いメニューではあるが、それで構わない。


 とはいえ、今日のカップラーメンはシーフード味だ。シリーズ内で俺が最も好きな種類であると言っていい。俺はいつもよりほんの少しだけ、気持ちが高揚しているのを感じた。好きな味だから体が喜んでいるのかもしれない。そんなくだらない事を考えながら、沸いたお湯を注いだ。


 立ち上がる白い煙に何かを思う訳ではない。タイマーをセットし俺はゆっくりと椅子に座った。


 俺は目頭を軽く押える。一日中パソコンと睨めっこしていたのだ。眼球が疲労しているようだ。じんわりとした程よい痛みで緊張していた筋肉が解れていく。あともう少しだ。あと2時間程度頑張れば今回の仕事は片が付く。そうしたら、しばらくはまた何もせずに平和に過ごせるはずだ。


 俺は少しだけ先の未来を思い描いて、なけなしのやる気を絞り出す。旅行に行くだとか、遊んで回るだとか、そんな願望等一切ない。ただ、平和に日常を過ごす。これこそが幸せであると俺は定義して、ひたすらにそれに向かっていた。


 そんな事を考えていると、ピピピッと音がして3分の経過が知らされた。俺は思考を強制的にシャットアウトして目の前のカップラーメンに視線を落とした。蓋をめくると、もわっと白い煙が立ち上がる。箸で全体を混ぜるとほんのりシーフードの香りが立ち込めた。


「頂きます。」


 俺は早速箸で麺を掬い上げ、口に運ぶと一気に啜った。じゅるじゅると軽快な音がして、口いっぱいにジャンキーな味が広がった。やはりシーフードに限る。美味い。俺は続いて、二口目を掬い上げた。しかし、丁度その時だった。


 ピンポーン……。


 訪問者を告げるインターホンの音が部屋に響いたのだった。

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