2章-4.ご飯は残さず食え 2022.11.16

 それから俺は、少女にいくつか質問をした。本当かどうかは分からないが、この少女が嘘をつけるほど器用ではないだろう事から、恐らく事実なのだろうと感じた。話によれば、少女は捨て子だったそうだ。それを今も世話になっているという店の店主に拾われて育ててもらったという。だから店主には感謝しているのだと誇らしげに語っていた。その店主の商売というのが殺し屋に仕事を与える業務であるらしく、少女も当然のようにその仕事を受けるようになったのだそうだ。


 今までに何人も悪い人間を殺したのだと少女は言った。少女の口ぶりから、少女は自分が正しい事をしていると、そう考えているようだった。人を殺して正しいだのあり得るはずがない。話を聞くうちに、何とも言えない不快な感情が渦を巻いたが、俺はそれらを表には出さないように努め、そして俺は肯定も否定もせず、じっと少女の話を聞いていた。


 これは本当に根深い洗脳の類だろうと俺は感じた。俺が少女に何を言ってもきっと響かないだろう。育ての親である店主にはきっと勝てない。少女にとって、その店主は主なのだ。絶望的な気持になった。


「お前向いてないからやめとけって」

「そんな事はないのじゃ! 今はBランクじゃが、次上がればAランクになれるのじゃ! Aランクなら皆からも認められるのじゃ!」

「……」


 俺はテーブルに頬杖を付いたまま再び深くため息をついた。この少女が来てから圧倒的にため息の回数が増えたなと思う。10歳程度は老けたに違いない。

 

「今までどうやって人を殺してきたんだ?」

「後ろから鎌で首をスパーっとやるんじゃ!」

「ほぉ~ぉ。そんな貧弱な体で器用だな」

「貧弱とはなんじゃ! 直ぐにムキムキになるのじゃ!」

「なら、その野菜も残さず食え。食わないといつまでも貧弱なままだぞ」

「ぬぅ……」


 少女は皿にぽつりと残されたブロッコリーに箸を伸ばした。そして、目をつぶると一気に口の中に放り込んでいた。


 少女の話が全て事実であるならば、既に何人か人間を殺していることになる。そうなると、少女が今後平和に生きていく道は残されていないだろうと思う。過酷な運命しか待っていないだろう。別に俺には関係のない事だ。そう思ってはいても胸糞悪い気持ちは残る。自分は本当にどこまでもお人好しな性格であると、俺は呆れ果てて自嘲気味に笑った。

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