8章-2.他人に転がされるのも悪くない 2022.12.25
後やるべき事は1つだ。アパートに戻り自分の痕跡を完全に消すことである。住んでいた場所をリークされている以上、確実に捜索されてしまうはずだ。そこに俺自身に関するものが少しでも残されていれば後々の逃亡がより不利になってしまう。
時刻は朝の4時過ぎだ。この時間であれば誰に見られるでもなく用事を済ますことができるだろう。俺は急いでアパートへと向かった。
アパートの入り口までたどり着き、外部階段を登っていた時だった。
「中野君おかえり。ご苦労さま」
大家の佐藤に声を掛けられてしまった。まさかもう起きているとは思わなかった。佐藤はこちらへ来いと手をこまねくので、俺は階段を降りて佐藤の元まで戻った。
「中野君、これを渡しておくよ」
佐藤は俺の手を取ると、俺に何かを握らせた。それは小さく折りたたまれたメモと鍵だった。
「君の部屋の荷物は既に全て運び出してあるから、追手を撒いたらその住所に行きなさいな」
「……」
困惑する俺に佐藤はニコニコと笑った。
「まさか……?」
「僕の本当の名前はね、東 規介(アズマ ノリスケ)というんだよ。代々情報屋を営む東家(アズマケ)の人間だ。ここまで言えば賢い中野君ならわかるかな」
言葉が出なかった。東家と言えば、多くの情報を集め世のあらゆることを知り尽くしていると言われている一族の名だと記憶している。
そう考えれば、この大家の佐藤は最初から何もかも知っていたのかもしれないと思われる。
俺が10億の懸賞金を掛けられ逃亡生活をしていた殺し屋である事、そして、少女が大鎌の一族、シャレコウベの娘である事。さらに、少女が置かれていた状況すら知っていたのかもしれない。どこまでが佐藤の手のひらの上だったのだろうか。
「君を利用してすまなかったね。シャレコウベの娘をあそこから切り離すには、圧倒的な武力が必要だったんだ。それは僕たちにはないから。ただ、あの子が君を見つけ出して訪ねて来たという事は、僕も想定していなかったんだよ。それだけは偶然だ。僕はその偶然に賭けたんだよ。君は何だかんだで子供を見捨てられない優しい人間だから、きっと首を突っ込んでくれると思ったんだ」
俺はそれを聞いて笑ってしまった。今までの佐藤の不可解な行動はこれで大体説明がついたなと感じた。俺の中では何かがストンと音を立てて、納得がいったような気がした。
「完全にしてやられたって事か」
「ははは。また追われる身にさせてしまって申し訳ないと思っている。代わりとは言えないだろうが、情報を色々と操作したから、追手は直ぐにはここを特定できないはずだよ。いつもよりは簡単に撒けるはずだ」
「それは非常に助かる」
「そうは言っても、完全に隠すことはできなかったから。あと数時間すれば追手は来てしまうはずだ」
「分かった。世話になった」
俺は大家の佐藤と分かれ、追手を撒くべく直ぐにその場を離れたのだった。
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