4章-4.いつか来る別れが来ただけ 2022.12.23
「おぢ! 話があるのじゃ」
それは唐突だった。2022年12月23日。朝起きて居間へやってきた少女は、俺を真っ直ぐに見てそう言った。その様子は真剣そのものだった。キリっとした顔つきであり、これから真面目な話を俺としたいのだと分かった。
俺は承諾し、居間のテーブルに向かい合って座った。
「おぢ。明日、我は店に戻るのじゃ」
「そうか」
少女の言葉に、ズキンと心が痛んだ気がした。だが、それは表に出さないように努める。
「店主に、しっかり伝えるつもりじゃ。おぢは悪い人間ではないから、殺す対象ではないのじゃと。この仕事自体が間違っているのじゃと。それから、もう店主の命令で人殺しはしたくないと伝えてくるのじゃ。今まで悪い人間ではないのに殺してしまっていたかもしれないのじゃ。それは、ダメなのじゃ」
そんな事をして大丈夫なのだろうか。俺は不安になる。そんな事を言えば店主からまた酷い仕打ちをされるリスクがあるだろう。
「ちゃんと話せば、分かってくれるはずじゃ! 店主はちゃんと話を聞いてくれるはずじゃ!」
今でも少女は店主の事を信じているらしい。店主が少女に対して行った仕打ちを考えれば、到底話など聞いてくれるような人物には思えないのだが。
しかし、それを俺が言っても恐らく少女は信じないだろう。自分が見てきた店主の姿の方が正しいと思うだろう。だから俺は何も言えなかった。
「それで。人殺しを辞めた後、お前はどうするつもりだ?」
「それは……」
そこまでは考えていなかったようだ。ただ、少女はもう店主の言いなりにはなりたくないのだという事は分かった。
「我は読み書きもできぬ。我には人殺ししかできる事が無いのじゃ。それ以外で生きてはいけぬ……。それ以外の方法を知らぬ……」
少女はしおしおとしおれてしまった。このままだと、仮に店主に了解を得る事ができたところで、結局はまた人殺しで生計を立てるという選択をしてしまうだろう。
「何を言うかと思えば……。世の中には人殺し以外にも仕事はある。人殺しに比べたら報酬は少なくなるのだろうが、十分生きていけるはずだ。それに、既にお前ができる仕事があると。俺は思う」
「ぬ?」
「俺の家の家事はどうだ?」
少女の顔がパッと明るくなる。
「そ、それも仕事になるのか?」
「当然だ。家事は立派な労働だ。だから、店主と無事に話がついたのならここへ戻ってこい」
少女は笑顔で頷いた。
本当は家事なんてどうでもいい。少女には帰る事が出来る場所がある事、そして少女が人殺し以外何もできない人間ではないのだとという事を言いたかっただけだ。
事実、少女が率先して家事をしてくれたことは俺にとってとても助けになっていた。何もできないなんて思ってほしくなかった。
もし本当に少女が無事にここへ戻って来られたのならば、そうしたら少女を連れてどこか静かで安全な場所へ引っ越そうと俺は思う。
可能性としては万に一つも無いだろうが、俺はそんな期待をしてしまった。
俺は立ち上がり、部屋の奥から大鎌を取り出し、少女に返却した。
「ちゃんと持っていけ」
「うぬ!」
大鎌を受け取った少女は、覚悟を決めたという顔をしていた。少女は軽く大鎌を振ってみせる。その軌道は真っ直ぐで素早い。体が健康になり、日々鍛えたからだろう。その辺の一般男性相手なら一方的にやられることは無いはずだ。
店主との話が決裂した際には、その力で戦ってくれたら良いと感じる。むしろ店主をボコボコにして来て欲しい。
こうして俺は少女を送り出したのだった。
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