事実を明らかにする言葉

『貴方が記憶から抹消したい仕事中の出来事を赤裸々にお書きください。

  後ほどネタとして、LINEグループ『トラガールの内緒話』で共有しますが、

  匿名でお答えいただけますので、ご安心ください』


 今日の配送業務を終え、自宅に戻ったラナは、スマホをチェックする。

 最近ルカより招待を受けた、スナック涙花のLINE公式アカウント『トラガールin涙花』のアイコンをタップすると、そんなメッセージが表示された。


 要は『匿名自虐ネタ』のアンケートのようだが、所詮は五人のグループだ。少しの手がかりですぐバレる。

 どこまで書いていいのやら。


 まあ、身バレしても構わないネタにしておこう。

 しばし考えた後、アンケートフォームで、性別、年代、住まいを選び、自由回答覧に無難な回答を書きこんで送信ボタンを押した。


 夕食と入浴を終え、ベッドに寝転んでスマホを見ると、LINEグループにメッセージが入っている。


『結果発表! 貴方が記憶から抹消したい仕事中の出来事』


『トップバッターは、東京都在住の20代女性』

 全員、東京都在住の20代女性じゃないかと思うが……、ラナは書き込みの続きを待った。


『トラックの仕事ではありませんが、“コウシュンカズラ”という小さくて黄色い花びらの鉢植えがあり、これを30鉢注文しました。しかし、私のミスで、“ウツボカズラ”が30鉢届いてしまいました。しょうがないので店内に全部吊ったら、食虫植物園みたいになりました』


リョウ『まあ、まだ可愛い方だろう』

 リョウがグループに入ってきてコメントした。


『お次は、東京都在住の20代女性』

 だから、それはいいって。


『積み荷作業の後、サービスエリアの駐車場で着替えたとき。運転席のカーテンを閉め忘れた。運転席は高いから見えないだろうと油断していたが、隣に修学旅行の貸し切りバスが停まっていて、バスの窓に中坊どもが貼りついていやがった』


 誰のアンケートだか、だいたい察しがつく。ラナは長距離トラックの仕事に潜むリスクを知った。


『さてお次。東京都在住の20代女性』

 だから……


『フードコートのラーメン店で食券を買って待っていたら、“タンタンメンの注文の方、いませんかー? ”と大声で呼ばれたので、あわてて取りに行った。タンタンメンを食べていると、なぜかテーブルの上にまだある呼び出しベルが震えたので、店のカウンターに返しに行ったら、“はい、タンメンお待ち”とトレーを渡された。今さら返しようがないので、私はタンタンメンとタンメン両方とも食べて、食器を返却棚に戻し、逃げるようにその場を立ち去りました』


『食い逃げだな。逮捕する』

『誰か食べられなかった人がいるってことね』

『自分が何を注文したか忘れてタンタンメン食べちゃったってこと?』


 レイもグループに入ってきたようだ。



『さてお次も、東京都在住の20代女性』

 ……。


『会社の事務所で。社長に電話があったので、大きな声で、“スーさん、電話でーす!”って呼んでしまいました。スーさんは、お店(涙花)に来たときの社長の愛称です』

 誰が描いたかバレバレだ。


『いよいよラスト。東京都在住の20代女性』

……もういいよ。


『納品を終え、下道を通って高速に向かっている最中、急に尿意を催してきました。納品先の配送センターでトイレを借りればよかった……でも。後悔先に立たず、です。田舎道でコンビニもガソリンスタンドも見当たりません。そろそろやばいかな、いざとなったら山道に分け入ろうか、でもどこも私有地だろうし……と苦悩し苦悶していたところ、ドライブインの看板が見えてきました。私はそこに車を停めました。見た所、廃業しているようで、店は閉まったままです。不法侵入になる?でも、今はそんなことに構っていられません。屋外にある手洗い所に一刻を争って駆け込みました』


『なんか長いが、先が気になるな』

『続き。トイレは水洗で、そんなに荒れてはいませんでしたが、どの個室も、ドアがはずされていました。多分誰も来ないだろうと信じ込み、個室の一つに入りました。そして、用を足し始めたころ。何かが近づいてくる足音が聞こえました。それは、人間のものではありません。恐怖を感じましたが、止まらないものは止まりません。やがてそれが姿を現しました……タヌキです。私はそいつの黒いつぶらな瞳にじっと見つめられたまま用を足し続けたのです。その時間は無限のように感じられました。そして、タヌキは私が用を足し終わると同時に姿を消しました』


ロマン『最後にすごいのが来ましたね。同情するわ』


ルカ『はい、以上です。みなさん、いかがでしたか? さて、今日はラストの方に特別に、“記憶から抹消したいネタ”大賞を付与したいと思います。どうぞ、名乗り出てください』


 何が『匿名で安心』よ! ラナは無難なネタにしておいてよかったとつくづく思った。


『副賞として、スナック涙花でワンドリンクワンフードサービスつきですよ!』

 ほとんど誰だか、バレバレだが、ルカが催促する。


レイ『記憶にございません』


 普通、ものごとを曖昧にする時に使われる言葉が、事実を浮き彫りにした。

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