もう少し、説明があれば

「えーっと、これ。」

 リョウから手渡された、綺麗なラッピングの箱。


 ロマンは戸惑った。


 思い起こせば、先月のバレンタインデー。

 宮城にある工場に荷を届け、東京に戻る準備をしていたところ、事務所の女性が三人、ロマンに声をかけてきた。

「あの・・・これ、よろしかったら、貰ってください。」

「仙台で評判の、抹茶入りのチョコなんです。」

「あ、ありがとうございます。」


 あの三人は、なんでそんな可愛いラッピングをしたチョコをくれたのか?

 それに気がついたのは、東北道を走りながら聴いたFMの番組で、バレンタインデーのリスナー・メッセージ特集を聴いた時だった。


 せっかくもらったものの、甘いものがそれほど得意でないロマンは、どうしたものかと悩む。

 会社に到着して事務所に入ると、リョウが点呼を受けていた。


 ちょうどよかった。

 ミムちゃんのお土産にもなるので、リョウなら、喜んで貰ってくれるだろう。


「リョウ、お疲れさま。これ、貰ってくれない?」

「え? ありがとう・・・これは?」

 ロマンの点呼が始まってしまったので、チョコを貰った経緯をリョウには話せずじまいだった。


 冒頭に戻る。

 今日は、三月十四日。

 リョウからのプレゼント。

 彼女は、お返しのつもりでこれをくれたのだろうか。


 二月十四日にチョコレートを渡し、三月十四日にお菓子をもらう。

 これは、どういう意味があるのだろうか?


 私が、何か行動を起こせば、リョウと私の関係が変わるのだろうか?

 私もミムちゃんの親になってしまうのであろうか?

 ・・・とにかくロマンは、クソがつくくらい真面目な女性であった。


 同じ夜。

 『スナック涙花』にて。

 ルカは、カウンターに置かれた、可愛い紙製の手提げ袋をしげしげと眺めている。

 さきほど職場の運送会社で、レイから手渡されたものだ。


 思い起こせば、先月のバレンタインデー。


 ルカは、スナック涙花のママであり母である、キミエママより、営業用チョコの配給を受けた。営業用といっても、ゴディバ製。投資をしっかりして、ハイリターンを狙う。というのがキミエママの経営方針だ。これから常連さんになってくれそうな客にプレゼントせよ、との業務命令。

 ルカは、最近お店に来てくれるようになったレイにも、営業用チョコの一つをあげた。


 で、今日は、三月十四日。

 レイからのプレゼント。

 彼女は、お返しのつもりでこれをくれたのだろうか。


 二月十四日にチョコレートを渡し、三月十四日にお菓子をもらう。

 これは、どういう意味があるのだろうか?

 私が、何か行動を起こせば、レイと私の関係が変わるのだろうか?


 今日の昼間は、中学校へナゾ物体を配達し、学校の先生から、焼きマシュマロをおすそ分けしてもらった。

 不思議な一日だ。

 ・・・とにかくルカはロマンに負けず劣らず、クソ真面目に思い悩む女性であった。



 “カランコロン”


 ドアベルが鳴り、スナックの扉が開く。


「あ、ロマン。いらっしゃい。めずらしいわね。」

 ルカは、入口で佇むロマンを、カウンターの自分の前の席に案内する。

「いや、明日オフなんで、少しゆっくりしようかなと思って。」


 ロマンはお絞りを受け取り、ジントニックを注文すると、カウンターに置かれている、可愛い手提げ袋に気がついた。


「ルカ、これ、何?」


「・・・ああ、それはね、レイからもらったの。」

「ふうん。」


「バレンタインデーのお返し。」

「へえ、二月十四日にレイにチョコあげたんだ。」


「ええ。」

「・・・ひょっとして、二人はそういう関係?」

「な、何言ってんのよ。今どき友達にだってチョコくらいあげるでしょ。」

「そういうものなの?」


 ルカは、ロマンの前にコースターを置き、ジントニックのグラスをその上に載せる。



「どうかしたの。ロマン?」

「いやあの、さっき私もね、バレンタインデーのお返し、リョウからもらってね。」

「・・・ひょっとして、二人はそういう関係?」

「何言ってんのよ! 友達にチョコくらいあげるって言ったの、ルカじゃない。」


 ロマンが少し動揺しているのをルカは見逃さなかった。

「ねえ、リョウからのホワイトデーのお返し、今持ってるんでしょ?」

「ええ。私、甘いもの苦手だし、どうしようかと。」

「あのさ、ココで開けてみない? 私もレイのプレゼント、開けてみるからさ。」


 渋々、ロマンはバッグから綺麗にラッピングされた箱を取り出す。それをルカに手渡す。

 ルカは、レイから貰った、紙の手提げ袋をロマンに手渡す。

 それぞれ、丁寧に中身を取り出す。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 開封され、カウンターに置かれたお菓子を二人は無言で眺める。


 リョウからのお菓子は、浜松銘菓「うなぎパイV.S.O.P.」。


 レイからのお菓子は、「草津温泉 たまごボーロ」。


 ロマンが口を開く。

「どっちも、仕事先で買ったお土産みたいね。」

 ルカが応じる。

「そうね、どっちも貰ったら、ちょっとうれしいお土産ね。」


 なぜ綺麗にラッピングされていたり可愛い手提げ袋に入っているのか? 謎は残るが、ロマンはリョウとの関係が変わるほどのものではないなと思い、ルカはレイとの関係が変わるほどのものではないな、と思った。


 二人は、そんな風にクソ真面目な女性だった。

 そして四人とも、プレゼントを渡すとき説明が足りない女性達だった。


 このような行事に疎いロマンは、バレンタインデーに札幌のジンに対してノーケアだったことには、気づいていない。

 ジンがこういうことを気にするタイプなのかは、定かではない。

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