空飛ぶハンペン
「えー、うそ! ホントにコレ、運ぶんですか?」
ルカは、呆然とその物体を見上げた。
「まあ、発注者のリクエストだからね。よろしく頼むよ」
ここは、看板やアドバルーンなんかを製作している会社の作業場。
ときどきここから、配送の仕事をいただく。
普段から屋外の広告物を作っているので、部屋の中は広い。
天井も高い。
その天井に、謎の巨大な物体が、二つ、へばり着いている。白いのと、ピンク色のと。
「あの、これ、何ですか?」
「さあ。依頼主が形状と色と大きさだけ指定して注文してきたので、その通りに作ったけど。何だと思う?」
「そうですね……豆腐?」
「いや、ピンクの豆腐は流石にないでしょ……俺はハンペンだと思うんだけどね」
この人たち、自分が何かわからないものを作っていたのか。ルカの胸の内に不安が広がる。
「これ、ガスが入っていて、かさばってますけど、抜いて折りたたんだ方が運びやすいかと」
「俺もそう思うんだけどね、外で膨らますのが難しいらしくて、ガス入れて納品してくれってことだったんだよね。あ、ヘリウムだから、爆発しないよ」
物騒なことを言う。ルカは再び天井を見上げ、大きさを見積もる。
何とか2トン車で収まるか。重さは……浮いているくらいだから軽い。こんなにかさばって、『重さはマイナス』なんて荷物は初めて運ぶ。
二つの謎の浮遊物体には、それぞれロープが取り付けられ、それで引っ張って運ぶらしい。流石に人間を浮かせるだけの浮力はないだろうけど、風があるとヤバい。幸い今日は無風だ。
ルカは、トラックの貨物室の扉を大きく開け、ロープを掴んで、ひとつずつ、ゆっくりと運び入れる。生地は丈夫そうなので、トラックの内部にぶつかっても破れてしまうことはないだろう。
貨物室は、二つの物体で本当にいっぱいになった。
「これ、使ったあと、ここに返却ですか?」
「いや、買い取りだから……でもこんなの買い取ってどうするんだろうね?」
これ以上ココで聞いても、あまり情報はないと悟り、ルカは2トン車のエンジンをかける。
向かう先は、ここから二十分ほど走ったところにある、中学校のグラウンド。
この物体はいったい何なのか。コレをどうっやて使うのか。その答えがもうすぐわかるので、ルカは少しワクワクしている。
校門の前で、男性が手を振っている。両手を使って大げさなゼスチャーで誘導する。グラウンドまでそのままトラックで入ってもいいらしい。
その男性の誘導に従って、車を停める。運転席から降りるとすぐに声をかけてきた。
「運んでいただき、ありがとうございます。僕はこの学校で教師をやっている渋谷と申します」
そう挨拶すると、渋谷先生はグラウンドの方を向き、大きな声で呼びかけた。
「おーい、到着したぞ、みんな手伝え」
すると、ワラワラと私服の子供達が集まってきた。みんな女子だ。
ざっと二十人はいるだろうか。
トラックの貨物室のドアを開けると、ワーッと歓声が起きた。
「何これ」
「デカすぎない?」
「風ふいたら飛んでくよ」
「渋ちん、やり過ぎ」
(多分)ここの中学校の女子生徒達が思い思いに感想を述べる。その後、二人の女の子が謎の物体についているロープを持ち、そろそろ引っ張り出す。
「おー、浮く浮く」
「こんなデカいもん、必要あったん?」
「まあ、いいじゃん、気分上がるし」
女子達は、二つの謎物体のロープを五人ずつで掴み、校舎に近い水飲み場と校旗?を掲揚するポールがある辺りに持っていった。
旗を上げるポールのヒモに謎物体のロープを結び、ロープをひっぱて謎物体を掲揚する。白とピンクの物体はポールの先端よりさらに高いところで仲よくユラユラと浮いている。
女子達は、パチパチと拍手し、しばらくその浮遊物を見つめる。
「渋ちん、あれ、なかなかいいじゃん」
「ほんとほんと。でも、このイベント終わったらさーあれどうすんの?」
渋ちんこと渋谷先生は、照れて頭を掻きながら答える。
「あれ、来年も使えるだろう?」
子供達は難色を示す。
「えー、どこにしまっとくのさ?」
「そのうち、しぼんじゃうんじゃない」
「そもそも、渋ちんが来年、この学校に居られるか、わからんもんね」
そうそう、と、みな同じ意見のようだ。
謎物体の掲揚が終わったところで、渋谷先生は子供達に呼びかける。
「おーい、そろそろ始めるぞ。持ってきてくれ」
「はーい!」
何名かが校舎に向かって走り、何名かが水飲み場の前に集まる。
よく見ると、そこにはキャンプで使うような焚き火台と、薪が多量に積んである。
子供達が、薪を台の上に組んでセットする。渋谷先生が着火剤で火を点ける。
校舎に走っていった子達が戻ってきた。二人一組で、給食で使う大きな四角いお盆を持っている。
そのお盆の上には……白い山と、ピンクの山。それが何なのか。十メートルくらいまで近づいてきて、初めてわかった。
マシュマロだ。しかも大量の。ウィンナーまである。
材料を刺して、焚き火で炙るための二股の串も用意されている。
……ということは、頭上にある謎の浮遊物体は、マシュマロだったのか!
「この量、ヤバくね?」
「渋ちん、いつもそうだもんね」
「ほどよさっての、わかってないよね」
焚き火の炎がが、いい感じに育ってきた。
「よし! そろそろいいぞ」
と渋谷先生がゴーを出す。
「やったー!」
女の子達は、手に手に串をとり、マシュマロを刺す。
先生は、焚き火を子供達に預け、ルカの側にやって来た。
「僕はね、女子ソフト部の顧問やってるんだけど。この子達は部員」
どうりでこの子達、元気でチームワークがいい。
「この間のバレンタインデーにみんなからチョコレートをもらってね、あ、これ、学校には内緒だけど」
渋谷先生は人差し指を口にあてる。
「子供たちに『ホワイトデーのお返し、待ってまーす!』て言われてね。三年生の卒業お祝いも兼ねて、今日のイベントを思いついたってわけ」
側で聞いていた中学生が渋谷先生に問う。
「でも渋ちんさー、何でホワイトデーにマシュマロなん?」
「えー!知らないの? ホワイトデーは別名、マシュマロデーと言ってだな……」
「えー、お姉さん知ってる?」
ルカに質問が飛んできた。
「さあ、私も聞いたことないわ」
渋谷先生は何か腑に落ちない様子。
「僕が学生の頃は、マシュマロだったんだけどなー」
いったいこの先生、いくつなんだろう。
そうか、今日はホワイトデーか。
そういえば、バレンタインデーの時に職場でばらまいたチョコの投資効果は、この後回収できるのだろうか。
「さあさ、あなたもどうぞ、マシュマロ、いっぱい用意したんで」
渋谷先生がルカに串を刺しだし、勧める。
「ありがとうございます。ところで、学校での火の使用許可とか大丈夫なんですか?」
ルカは少し不安になる。巨大マシュマロを上空に浮かし、裸火でマシュマロを食べるイベントなんて、よく学校が許可したもんだと。
子供達は「何これ、むっちゃウマい!」と驚きの声を上げながら、『刺して、焼いて、食べる』を繰り返している。
「だ……大丈夫です。一応、許可はもらってますよ」
「あ、渋ちんの大丈夫は、あまりダイジョウバないことが多いから、信用しない方がいいよ」
「そうそう、こないだも、なんか教頭先生に怒られてたしね」
「なんだ、お前ら、見てたのか!」
「まあ、そんなだけど、お姉さんも一緒にマシュマロ炙ってたべようよ」
ではお言葉に甘えてと、ルカはソフト部の女子に差し出されたマシュマロの皿からピンクと白を一個ずつとり、焚き火に近づき、炙る。
表面が焦げ、カラメル状になったマシュマロは、食感といい甘さ加減といい、こんなに美味しいとは思わなかった。友だちが、グランピングとかお洒落な場所に泊まって、マシュマロ炙っている写真をインスタとかでよく見せられたけど(で、ケッと思ってたけど)、こんなに美味しいものだったんだ。
渋谷先生が、串にウィンナーを刺して、ルカの隣りに立つ。
「この春卒業する三年生は、一年とちょっとリモートの授業とか多くてね。部活もあんまりできなかったし。だから、最後は外でみんなとワーッと楽しめたらと思ってね」
「ええ、みんなすごく楽しそう。いいイベントになりましたね」
そこにまた、ソフト部女子が話しかけてきた。
「これで、お姉さんも共犯ね。しかも『運び屋』は罪が重いんだよ」
女の子は悪ぶって、ニヤリと笑う。
ビビったルカは串を先生に預け、「ごちそうさまでした」とのお礼もそこそこに、トラックに小走りで戻った。
運転席のドアを開け、振り向く。
やや霞んだ青空に、白とピンクの巨大マシュマロが、仲良くフワフワ漂い。
校舎の壁に、女の子達の嬌声が反射していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます