干しシイタケ vs 松茸の味
「まごわやさしい、まごわやさしい……」
フードコートをさまよいながらつぶやくロマンの言葉ををリョウは聞き逃さなかった。
ロマンの足が止まる。
焼津でとれた魚を出す店に狙いを定め、券売機の『わら焼き鰹のたたき定食』のボタンを押した。
後を尾けてきたリョウもつられ、『わら焼き鰹と釜揚げしらす相盛丼』の食券を購入。
二人は、水を入れた紙コップを持って座席を確保した。
料理が出来上がるのを待つ間、リョウが尋問する。
「あれ、なんなん?」
「あれって?」
「『まごわやさしい』、って」
「え! 聞こえてたの?」
「しっかり」
「やば、恥ずかしすぎる……」
料理の出来上がりを知らせる呼び出しブザーが二人同時に鳴り、店舗のブースへ向かう。
ここは、東名高速道路の牧之原サービスエリア。大口の納品のために、リョウとロマンとでランデブーで浜松に向かっている途中。
ランデブー(走行)とは、トラック二台が連なって走ることだ。同じ会社とはいえ、ツーマンとか最近この二人がつるんで仕事をすることが多い。因みに、ツーマンとは、一台のトラックを二人交代で運転すること。
リョウが運転するトラックについて行くと、車道に出るときの安全確認、合流時の加速加減など、色々と勉強になることが多い。根が真面目なロマンは、自分はまだまだ修行が足りないと思う。
「で。結局、何? 『まごわやさしい』って」
海の幸に箸をつけたロマンに、リョウはしつこく追求する。
観念してロマンは白状する。
「父方の祖母からの教え」
「教え?」
「そう。私たちの仕事中の食事って、コンビニか、サービスエリアかファミレスじゃない。それを知った祖母がね、実家に帰った時や、電話するたびに口うるさく言うの」
「それが、『まごわやさしい』?」
「うん……
ま:豆
ご:ごま
わ:わかめ
や:野菜
さ:魚
し:椎茸
い:いも
栄養があって体にいい食べ物を採るための語呂合わせの合い言葉みたいなもんね」
「へー、それで今日は魚料理、鰹ってことか」
「そう。野菜もけっこうあるし、わかめの味噌汁だし」
「えらいな、おばあちゃんの教えを守って」
「そいういんじゃないけど、しつこく言われているうちに、何となくご飯食べるときの癖になっちゃった。洗脳ね」
「ロマンは、おばあちゃんッ子だったのか」
「そうね、小さい頃はいつも一緒にいて可愛がってくれてた」
「ロマンの実家は長崎だっけ? おばあちゃんは元気?」
「去年の暮に亡くなって。お通夜やお葬式には出られたけど」
「わりい、そうだったんだ……でも、おばあちゃん、孫がそうやって食事のことをちゃんと考えてくれてるから、天国で喜んでるんじゃないの?」
「そうね……ホントはね、祖母のかかりつけの病院の栄養士さんが、お年寄りの食事のアドバイス、ということで教えてくれたことみたいなんだけど」
「いいじゃん。確かに、コンビニでもレストランでも、『まごわやさしい』って唱えながら選ぶと、栄養のバランス、偏らないかもな」
食事を終え、リョウは、そのフレーズが気に入ったのか「まーごわーやさしい♪ まーごわーやさしい♪」と節をつけながら口ずさんでトラックに戻っていった。
それが聞こえていたロマンは、『もう意地悪!』と口を尖らせながら、自分のトラックに戻っていった。
休みの日の朝。
ロマンは寒気と体のだるさを感じながら目を覚ました
体温計を探して熱を計る。
37.4度。微妙な熱の出方だ。
昨日の仕事は、冷たい雨の中の荷下ろし作業だったので、多分風邪をひいたのだろう。今日明日の休みで治さなければ、とぼうっとする頭の中で、ロマンはあせった。
昼前。再び目が覚める。
熱を測ったが、朝と同じくらい。
「何か、食べなければ」
ロマンは冷蔵庫の中の在庫を思い出す。
冷凍ご飯はあったな。卵も。あと、ネギの白いとこ半分くらい残っていたかも。
「まーごわーやさしい♪ 」
何の脈絡もなく、リョウが口ずさんでいたメロディーが頭の中に浮かんだ。
そして思い出す。
そういえば、おばあちゃんが亡くなる前に送ってくれた、干し椎茸と、ゴマと乾燥わかめがまだ残っていたな……
ほかにもいろいろ食材を送ってくれていたけど、そんなに料理をしないロマンは乾物類を少し持て余していた。
ベッドからヨロリと起き上がり、冷蔵庫の扉を開ける。
冷凍ご飯と卵と、ネギとチューブ入りのショウガ、干し椎茸一個、ゴマ、乾燥わかめの袋をテーブルの上に並べる。『松茸の味のお吸い物』も取り出した。
まずは、小鍋に水と、乾燥したまま細長く切った干し椎茸を入れ、戻す。
ここで一旦、力尽きてベッドに潜り込む。
そういえば、一人暮らしを始めてから風邪らしい風邪を引いたのは、今日が初めてかも知れない。
大して熱があるわけでもないのに、無性に心細い。
また眠りにつく。
ロマンは、小さい頃の夢を見た。風邪をひいて不安な気持ちで寝ている自分。
布団の上から優しくトントンとさすってくれる手。祖母の手だ。
それを感じ、安心して眠りにつくロマン。
次に目が覚めたのは午後二時ごろ。
熱は三十七度、丁度。
再びベッドから抜け、キッチンに向かう。
鍋の中で、椎茸がいい具合に戻っている。
それを火にかけ、松茸の味の吸い物を投入。
『しいたけ』と『松茸風味』、喧嘩するかな。
沸騰したところで、解凍されたご飯とチューブのショウガを入れる。グツグツ言い始めたので、細切りにしたネギ、戻した乾燥わかめ、ゴマを加える。最後に溶いた卵をぐるっと流し入れ。
ハンドタオルを鍋敷き代わりにして小鍋を置き、お玉で掬ってご飯茶碗によそう。冷凍ご飯一個分でも、雑炊にすると結構量がある。夜の分もできた。
スプーンに載った熱々の雑炊をフーフー冷ましながら、口に入れる。椎茸の出汁がしみじみ体に染みこむ。
椎茸が松茸風味に負けていない。
ネギとゴマとわかめとショウガの渾然一体感が、元気の源になりそうだ。
さっきまでの心細さが、いつの間にか消えていた。
「まーごわーやさしい♪ 」
リョウの口ずさむメロディを真似て、
「おばーちゃんわー、やさしい♪ 」
と口ずさむ。
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