いちご一会

「レイちゃん、積み荷のスペース、まだ余裕あるでしょ?」

 栃木県真岡市の工場で荷下ろしと積み込みを終えたところ、工場長から声がかかった。


「ええ、まだ大丈夫ですけど……」

 貨物を固定しちゃったけど、追加かな。


「じゃあ、これ持ってってよ」

 工場長は倉庫の一角を指さす。

 そこには、果物の段ボール箱が山積みされていた。

 箱には『とちぎのいちご』と書かれている。


「いやあ、近所のいちご農家がね、豊作だっていうんで、ウチに差し入れてくれたんだけど、社員に配ってもまだ余ってね、いちごは新鮮さが命だからさ、食べてくれると助かるんだよね」

「ありがとうございます。では、一箱いただいていきます」

「何言ってんの。全部持ってってよ」

「ぜんぶ?」

「そう、ぜーんぶ!」


 ご丁寧に、段ボールの山はパレットに積んである。ボクは再び、免許取りたてのフォークリフトに乗り、イチゴの段ボールをトラックの貨物室に運び、固定した。


 一応、個数を確認する。


 とちおとめ:10箱(ということは40パック)

 スカイベリー:10箱(ということは40パック)

 とちあいか:10箱(ということは40パック)

 合計30箱(ということは、120パック! )


 店が開けるじゃん!


 これから機械部品を搬送する。いちごの香りが貨物にうつらないかなと心配になったけど、工場長は笑って構わん構わんとおっしゃる。


 ボクは、なんか知らないけど、お客さんからお土産や差し入れをいただきやすい。

 でも、フォークリフトで積み込むほどのお土産を貰うのは初めてだ。


 東北道に乗り、真剣に考える。会社のみんなへのお土産にしても、とてもさばききれない。


 「こんな時は……あれだな」

 ボクは久喜のサービスエリアから、ルカの携帯に電話をかけた。今日は会社で事務仕事をしているはずだ。

 そして、LINEの『トラガールの内緒話』グループにメッセージを送った。



「こんばんは」

 スナック涙花のドアベルが鳴り、リョウが店内に入ってきた。


「いらっしゃい、どうぞ座って」

 チーママのルカが席を勧める。


「いやオレ、明日仕事だし、いちごだけ貰いに……」

 言いかけてリョウは目を丸くする。


 スナック涙花のカウンターに、お店のありったけの大皿が並べられ、その皿に盛り付けられた、大量のいちご。

 店中を甘い香りで満たしている。


「こりゃあ、壮観だなあ。レイ、お前まさか、いちご泥棒でも働いたのか?」

 驚き、あきれるリョウ。


「なに言ってんの! ボクの人徳だよ。ありがたく召し上がってくれたまえ」

 ボクは、『お土産貰いがち体質』を誇った。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 大皿の前に、『とちおとめ』『スカイベリー』『とちあいか』と書かれた紙のプレートと、取り皿が多数置いてあり、それぞれ食べ比べできるようになっている。


 リョウは、三種類のいちごをひとつずつ、つまみ食いすると、

「うーん、オレ的には、スカイベリーが好みかな」

 と言い、ルカにキープしてもらっていた三種類を一パックずつ受け取って帰っていった。


 何でも、娘のミムちゃんがまだお腹の中にいたころ、つわりがひどい時でも、いちごだけは食べられて、一日に二パックも食べていた時もあるそうだ。もちろんミムちゃんは、大のいちご好きで、今日のお土産を愉しみにしているそう。


 リョウと入れ違いに、ラナとロマンがやってきた。

 二人とも、リョウと同じように目を丸くした。

 彼女らは明日非番なので、そのままカウンター席に座った。


 ボクたちを含め、お店の常連さんたちに、ルカが案内する。

「今夜は、ここにいらっしゃる、レイ様のご尽力により『春の いちご祭り』を開催中です。好きなだけお召し上がりください。あと、本日限定で『いちごとスパークリングワインのカクテル』もあります。お酒もどんどんお召し上がりください! あ、こっちは有料です」


 ボクは拍手喝采を浴びた。照れながら、

「あのー、いちごは、初夏の季語なんだけど」

 と言ったら、

「細かいこと言わないの。だいたい、いちごって春のイメージあると思わない?」

 うんうんとラナもロマンも同意する。

 常連さんたちの間では、秋も食べられるぞ、いや一年中あるんじゃないかと、いちご談義が始まった。


 ボクたちは、サービスしてもらった『イチゴとスパークリングワインのカクテル』を片手に、三種類のいちごを味見した。


 ラナの評。「私は甘味たっぷりの、“とちあいか”が好きだな」

 ロマンの評。「スカイベリーがすっきりした甘さでいいと思う」


 そこで、ボクの感想を述べる。


「小粒だけど、味わい豊かな“とちおとめ”が気に入ったな。勝手に春の季語にしちゃったなら……


  とちおとめ 

  小さい春を

  みーつけた


      かな」


「あら、俳句は苦手って言ってたのに、やるじゃない」

 そう言いながら、カウンターに戻ってきたルカの両手に載っているのは……


 何号くらいだろうか、巨大なホールケーキ。しかも生クリームだけの。

 どこで調達したのだろう。それとも自家製?


「ちょっと待っててね」


 ルカは、ケーキをカウンターに置き、とちあいかの大皿をそばに寄せると、

 まず真ん中に、ヘタを取ったいちごをぽつんと置いた。

 それを中心に、いちごの先を外に向け、三重の円状にたくさんの、とちあいかを並べた。

 ケーキの側面にもイチゴを貼り付けた。


「わあ、可愛い。“とちあいか”ってハート形してるのね」

 ラナが拍手する。


「……」

 ロマンはといえば、ちょっと困った顔をしている。

「あ、ロマン、生クリームは甘さ控えめ、さっぱり味にしたから。食べてみて。

 やっぱりケーキ、手作りなんだ。


「ちょい待ち!」

 ケーキナイフを取り出し、切り分けようとしたルカに、カウンターの向こう側にいたキミエママから、待ったの声がかかる。


「お店のインスタに上げるんだから、もうちょっと待って頂戴」

 キミエママは、スマホで色々な角度から『ハートの輪、とちあいかケーキ』を撮り、その間、ボクたちはお預けを食らった。

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