多分、業界一優雅なツーマン
「じゃあ、行ってくるな、ミム。ジジババにワガママばかり言ってちゃダメだぞ」
「うん、わかってるよ。おみやげ忘れないでね」
手を振る娘に背を向け、中型バイクに跨がり、職場に向かう。
ミムのやつ、ちよっと前まで『ママ行っちゃダメー!』とか、ムチャ泣きしてたくせに、最近は反応薄すぎじゃないか。
まあ、その方が、いちいち気にやまなくて済むのは確かだけど。なんかモヤモヤする。
勤めている運送会社の駐輪場にバイクを止め、事務所に入る。制服に着替え、アルコールチェックや、輸送計画の確認などを一通り済ませ、今日運転する大型車が停めてある駐車場に向かう。
「リョウ先輩、おはようございます」
金髪のクールビューティー、今日の相棒のロマンが淡々とオレに挨拶と作業報告をする。
やっぱコイツ偉いわ。洗車も点検も済ませ、いつでも出発できるよう、準備にヌカリはない。
もうちょっと、その肩の力を抜いてくれると、パートナーとしてはありがたいのだが。
「サンキューな。じゃあ、十分後に出発するか」
「はい。でも……」
「どうかした?」
「いえ、その……、去年もこの仕事ありましたよね」
「そ、そうだな」
「これ、なんでツーマンでやるのか、いまいちわからなくて」
ツーマンとは、一台のトラックを二人で交代で運転することだ。長距離でなるべく早く配送したい時によくやる。もちろん人件費は倍かかる。
……まあ、そう思うよな。
東京で荷を積んで、静岡で降ろして、そこで別の荷を積んで、それを名古屋で降ろす。
別の荷を名古屋で積んで東京で降ろして業務終了。
名古屋では八時間の休息がとれる。
荷の積み下ろしが順調なら一人でこなせる仕事だし、いつもはそうしている。去年と今年のこの時期だけは、なぜかロマンとオレのツーマン体制だ。
彼女の疑問は、わからなくもない。
「リョウ先輩、何か聞いてるんじゃないですか?」
「いやー、社長、荷主さんの要請って言ってたけど……それ以上はわからないな」
ロマンの動物的な勘は侮れない。
今回の仕事の荷主は、拠点は違っても、同じ会社だ。年度末の棚卸前に、各物流センターの在庫調整のため、それぞれの拠点に寄って荷を動かす。
ここだけの話。
一昨年の暮れ、この会社の各物流拠点のセンター長と、わが社の社長との忘年会があった。その日、オレはシフトの谷間で、ミムも実家に預けられたので、社長の頼みに乗っかって、その忘年会に同席した。
「今日はエースドライバーのリョウさんにまで忘年会に来ていただけるなんて感謝感激です」
と、東京のセンター長。
「いやそんな」
一応謙遜するオレ。
「うちのセンターでも評判ですよ。荷の積み下ろしの手際の良さと丁寧さ」
と静岡のセンター長。
「うちのセンターの女性たちは、カッコいいと憧れの的です」
と名古屋のセンター長。
「そう、リョウさんは王子、ロマンさんは姫と呼ばれていて。どちらかが来てくれると、うちでもキャーキャー言ってます」
なんか、イヤな話の流れになってきたな。
「どうです? いっそ、二月の在庫調整の時は、お二人で運んでもらっては」
え!
「いやいや、人件費かかりますし」
とうちの社長。相変わらず、どケチだ。
「社長、ちゃんと人件費はウチで持ちますから……こうしませんか? これから社長とリョウさんが勝負して、社長が負けたら、ツーマンで配送していただくと」
と東京センター長のご提案。
「勝負は何がいいかな……そうだ、リョウさんに決めてもらいましょう」
私は社長の顔色をうかがう。『しょうがない、好きにしてくれ』と無言で語っている。
「じゃあ、あっち向いてホイで」
こんなアホな話で、オレとロマンのツーマンが決まった。彼女には内緒だ。
東京の配送センターに到着。
集荷場には大勢のスタッフの姿が。センター長まで『いらっしゃい、今年もやってきてくれましたね! みんな待ってましたよ』とオレたちを出迎える。積み込みは、そのスタッフさんたちが手を貸してくれ、あっと言う間に終了。センターを出るときは、みんな手を振って見送ってくれた。
静岡の配送センターに到着。
集荷場には大勢のスタッフの姿が。センター長まで『いらっしゃい、今年もやってきてくれましたね! みんな待ってましたよ』とオレたちを出迎える。積み降ろしは、そのスタッフさんたちが手を貸してくれ、あっと言う間に終了。センターを出るときは、みんな手を振って見送ってくれた。
ここから運転はオレからロマンに代わる。
一応、『430休憩』ということで、運転席上部の仮眠スペースに上がる。
430休憩とは、運転開始後4時間以内または4時間たったら30分以上休憩することが義務付けられた法律のことだ。
最終目的地の名古屋の配送センターに到着。
ここでも、集荷場には大勢のスタッフの姿が。センター長まで『いらっしゃい、今年もやってきてくれましたね! みんな待ってましたよ』とオレたちを出迎える。積み降ろしは、そのスタッフさんたちが手を貸してくれ、あっと言う間に終了。
トラックは、配送センターの駐車場に停めさせてもらい、手配してくれたホテルまで車で送ってもらう。
「なんか……すごく気味悪いんですけど」
ホテルのレストランで豪華なビュッフェをいただきながら、ロマンがこぼす。
「……まあ、せっかくだから、深く考えず、楽しもうじゃないか」
ロマンは疑いの眼差しをオレに向けながら、料理に口をつける。
その後、ホテルのベッドで寝る。いつもなら、仕事中の寝床は、サービスエリアに停めたトラックの中だ。
約八時間の短い滞在時間だが、十分に体を休められた。センターの方に車で迎えに来てもらう。トラックに乗り換え、東京に向け出発する。
と、その前に。
納品時間まで余裕がある。東名には乗らずに下道で刈谷パーキングエリアに向かう。
お目当ては、この施設の中にある天然温泉。その後、朝飯だ。
朝の営業開始早々、チケットを買い、施設に入る。
「ほう」
「さすが」
脱衣所で服を脱ぎ、露天風呂で合流したとき、お互いの体を見ての、お互いの感想だ。
制服姿ではわからないが、ロマンは女性らしく、かつトラックドライバーならではの、鍛え上げられたナイスバディの持ち主だった。詳細な説明は差し控えたい。
南国リゾート風? の大きな傘の下にある露天風呂に入っていると、ロマンは先ほどの疑問をぶり返す。
「いいんですかね。こんな優雅に仕事していて。なんか、罰当たりそうで怖いです」
「まあ、たまーになら、いいんじゃね。いつもいつも楽な仕事してるわけじゃないだろうし」
膨大な量の手積みの荷物、タイトな配送スケジュールの中で予想外の荷待ち……お互いきつい仕事を十分経験しているはずだ。東北・北海道の仕事が多いロマンは、特に雪に関する苦労話は山ほどあるだろう。
「まあ、勝負運無さすぎのうちの社長に感謝して、この仕事だけは楽しませてもらおうぜ」
「何ですか? その勝負運って」
いけね、ヤブヘビだ。
その後、ロマンの厳しい追求によって、この仕事がお客さんとの「あっち向いてホイ」で決まったことを白状させられた。
「そんなんで、こんな仕事引き受けたんですか!? 確かに楽は楽ですけど。……もうこれでコリゴリです」
相変わらず、クソ真面目な奴だ。
「……・いや。来年も、ある」
「え! 何で?」
「社長、オレにあっち向いてホイで三連敗したから……」
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