思い出せない夢

ロマンのスマホが、LINEメッセの振動パターンで震える。


 暗闇の中、手探りでスマホを掴む。時間は午前二時過ぎ。


 『至急連絡求む。』

 ジンからだ。


 何ゴト? 推測するまでもない。用事は決まっている。

 電話をかける。


「もしもし。」

「あのー。寝てたんだけど。」

「そりゃそうだよね。」

「ていうか、私、こういう仕事してるんだから、いいかげん夜中に変なメッセ送るの、やめてくれないかしら。それに起こされるまで、すごくいい夢見ていたような気がするし。・・・まあ、明日オフだからいいけど。」


「ゴメン。いい夢って、どんな夢?」

「うーん、ついさっきまで見てたんだけど、思い出せない。」

「あー。そういうことってよくあるよね・・・明日休みなら、ちょうどよかった。今から入んない?」

「えー、できれば夢の続き見たいし。だいたいあのネトゲ、悪夢じゃない。それに、ジンはいつも朝早いんじゃないの?」


「俺は、今日、午後から。」

「そう・・・しょうがないなー、じゃあ少しだけ。」

 ロマンは、ゆっくり転がるようにベッドから降り、テレビモニタとプレステのスイッチを入れ、ヘッドセットを着ける。


 ログインしてルームに入ると、既にジンが待機している。さすがに他のパーティメンバーはいない。

 残りのメンツがそろうまで、チャット通話する。


「札幌の天気はどう?」

「うーん、気温はいつもより低いけど、雪は少ないかな。」

「それは好都合だわ。」

「え?」

「いや、こっちの話。」


 そうこうしているうちに、メンバーがそろった。

 これから四人のサバイバーが殺人鬼から逃げながら、発電機を修理し、ゲートに電気を通して開き、脱出する。

 ロマンとジンは、サバイバー専門。


 以前、リョウとLINEの音声通話で、暇つぶしに普段何をやっているか話した時、このゲームの名前を出した。『お前、顔に似合わず、エグいゲームやってんなー。』とコメントされた。


 ロマンは思い出そうとする。このゲームを始めたきっかけは何だったっけ? 確か、スマホで動画サーフィンをしているときに、ネトゲの中継動画をやっていて、それを何気なく見たのが最初の出会いだ。

 機械オタクのロマンは、プレイヤーが必死で発電機を直そうとしている様子に目を奪われた。

 知り合いから、もう使わないからと譲ってもらったまま、放置してあったプレステを引っ張り出し、ゲームソフトを買ってきた。

 実際にやってみると、発電機の修理はボタンを押すだけで拍子抜けした。でも殺人鬼が四人のサバイバーの誰かとチェイスしている間、自分が狙われてるのではないか音と視覚で探りながら発電機を直すのが、スリリングで面白かった。

 チュートリアルをやって、ポイントをもらうと、『逃げのスピードアップ』のレベルを上げて、実戦に望む。

 発電機を直すことに集中しすぎて、殺人鬼にやられ、フックに吊される。すると、誰かがやって来てフックから降ろしてくれる。

 回数を重ね、ポイントを貯め、『逃げるスピードアップ』にポイントを全フリし、殺人鬼が迫るギリギリまで粘って発電機を直して逃げる。調子に乗って粘りすぎて、殺人鬼の手にかかり、引きずられてフックに吊される。学習効果がない。


 たいがい、フックから降ろしてくれたのが、パーティを組むことが多くなったメンバーの一人、『ジン』というハンドルネームの男性。後日聞いたところ、本名だという。漢字でどう書くかも教えてくれた。


 ロマンのハンドルネームは『マロン』。芸がない。だから、ジンにとって、ロマンは、マロンだ。


「いつもフックから降ろしてくれてありがとう。」

「なんもだ。ポイント稼ぎたいから、やってるだけ。」

 照れ隠しか本音かわからないけど、素っ気なくジンはそう言った。


 それ以来、二人はサバイバーとして、プレイとチャットを重ね、惹かれ合った。


 ジンは、畜産大学を出て、獣医の見習いをしているとのこと。動物の病気を治す仕事のはずなのに、客の酪農家から、いい部位の牛肉を固まりでもらって、三日間ステーキと焼き肉三昧だったとか自慢する。


 ロマンがトラックドライバーをしていると話すと、牛や豚を運んだことがあるのかと聞かれた。残念ながら、まだ運んだことはない。生き物の運搬は難しそうだから、このまま一生やらなくてもいいと思っている。


 最近、逃げのスピードを最高レベルまで上げたロマンは、この日もギリギリまで発電機を直し、殺人鬼に狩られ、吊され、ジンに降ろしてもらっていた。

 サバイバーの目的は、発電機を直し、ゲートを開けて脱出することだが、二人にとっては、フックに吊されることと、そこから降ろすことになってしまっていた。


「んじゃ、またね。」

 殺人鬼の勝利に終わって、悔しさを滲ませながら、ジンはロマンに挨拶する。


「そのうち、会えるかもね。」

「?」


「なんでもない。おやすみ。」

「おやすみ。」


 ジンとリアルで会ったのはいつだったか、ロマンの記憶はおぼろげだ。



 それから三日後の夕方。

 ロマンは、八戸のフェリー乗り場の待機場所で乗船の順番待ちをしていた。

 東京から、休憩を挟みながら、一人旅。

 とはいえ、関西方面に向かっていたリョウと、音声通話でずっと話しっぱなしで孤独感は無かった。


 順番が来て誘導に従い、船尾の入り口からトラックを入れる。船内のスロープを登り、既に他のトラックがずらりと並んでいるスペースに停める。

 苫小牧までの船旅八時間が、長距離輸送の法律で定められている休息時間となる。オートレストラン、つまり自販機のレストランで夕食をとる。メニューは豊富だ。麺類を探してみたが、レイがハマっているという自販機内で調理してくれるタイプのものは無く、赤いきつね、緑のたぬきだった。結局キーマカレーを選んだ。冷凍食品だが結構いける。


 展望浴場でゆったりと湯船につかり、ドライバーズルームのベッドに潜る。決して広くはないが、長距離運転の後に、個室で体を伸ばして眠れるのが何よりありがたい。


 ジンに起こされて忘れてしまった夢、どんな夢だったんだろうと思い出そうとしたが、どうしても思い出せない。いい夢だった気がするのに。そうこうしているうちに眠りについた。


 深夜一時半に苫小牧に到着。順番に下船。各地からカーフェリーが着くこの港は、広大な駐車場に数多くのトラックが停まっている。一旦積み荷をチェックし、札幌に向かう。路面に新しい雪が降り積もった形跡は無いが、ロマンは凍結に注意しながら大型トラックを走らせる。


 一時間半ほどで、札幌近郊の荷主の倉庫に到着。深夜にかかわらず、大きな倉庫内では十名ほどの人々が働いている。フォークリフトを借り、ウィングを開け、パレット積みの荷を下ろして倉庫内の所定の場所に納品する。


 続いて積み込み。量は多いが段ボールは統一された大きさにビニールで固定されていて運びやすい。満載になったトレーラーの積み荷をチェックし、伝票のやりとりをして再び苫小牧に出発する。


 その前に。

 ロマンは少しだけ寄り道する。


 ジンのスマホが、LINEメッセの振動パターンで震える。

 暗闇の中、手探りでスマホを掴む。時間は朝の五時過ぎ。


 『至急連絡求む。』

 マロンからだ。


「もしもし、どうしたの? こんな早い時間に。」

「おはよう。この間の仕返し、なんてね。」


「今どこ?」

 「真駒内中央公園あたりにいるんだけど。」


「え、うちのすぐ近くじゃん!」

「出てこれる?」

「うん、いいよ」


 ジンは慌てて着替え、家を出る。


 公園の脇の道路に、巨大なトラックが停まっている。

 トラックドライバーとは聞いていたが、こんな大きな車を運転しているなんて、想像もしていなかった。


 「おはよう。」

 運転席のドアが開き金髪の女性が降りてくる。


 と。


 ロマンはステップにかけた足を滑らせた。

 冬道走行でステップについた雪が凍っていたのだ。


「危ない!」

 ジンは、ロマンを受け止め、ゆっくり降ろす。


「ありがとう、ハハハ、プロドライバー、失格だね。」

 ロマンは照れながらジンの腕から離れる。

 そして、ハッとして、何かを思い出す。


「どうしたの?」

「え、いや、この近くで仕事だったから、寄ってみた。」

「すごくびっくりした。」

「そりゃ、こっちに来るの内緒にしてたし。サプライズだからね。」

「やられた・・・ところで時間は? 」

「苫小牧で九時半のフェリーに乗らなきゃだから、あまり無いの。」


「朝ご飯食べない?」

 ロマンが提案する。



「え、時間大丈夫?」

「コンビニでもいいよ。案内して。」

「うん、わかった。」


「でも、この子、駐車場に停められるかしら?」

 トラックに振り向く。


「こんなデカいのが、この子・・・まあいいけど、こっちの駐車場は広いから大丈夫。」 

「あと、ごめんなさい、ジンも乗っけてあげたいんだけど、決まりでそれができなくて・・・」

「ああ、いいよ。ついて来て。案内するから。」

 そういうと、ジンは歩道を走り出した。


「ちょっと待って!」

 ロマンは慌てて車を出し、追いかける。

 途中、信号待ちがあったとはいえ、ジンは七、八分雪道をダッシュし続けた。

 恐ろしい持久力だ。 


 トラックは、北海道ではポピュラーなコンビニの駐車場に停まった。ジンはドアの前で呼吸を整えている。


 店内は暖かい。イートインコーナーもある。


「お勧めはなあに?」

「うーん、やっぱあれかな。」

 ジンはカップ麺コーナーに向かう。


「これ。」

「焼きそば弁当?」

「北海道民のソウルフードだよ。」


 ロマンは、東京のスーパーでも焼きそば弁当が並んでいるのを見たことがあるような気がしたが、食べたことはない。


 ジンは、これまた北海道のソウルドリンクというガラナもリーチ・インから取り出し、紙コップも抱えてレジに向かった。すべてジンがスマホ決済で払ってくれた。


 ポットで焼きそば弁当にお湯を入れ、誰もいないイートインコーナーに座る。


「これ、お湯はどうするの?」

 ロマンは、店内に手洗い場がないか見まわしながらジンに尋ねる。


「お湯は捨てないで・・・こうする。」

 焼きそば弁当に入っていた中華スープの粉末を紙コップに入れ、容器のお湯を入れた。

「ああ、お湯は捨てないで利用するのか。いいね!」


 二人は北海道のソウルフード・ソウルドリンクを味わいながら話す。


「トラック、何積んでるの?」

「詳しくは言えないけど、東京でつくった製品を運んできて、札幌でその材料を積んで戻るの。」

「え、それって・・・」


 ロマンは何かを察知し、ジンの言葉を遮る。

「言っとくけど、牛じゃないから。」


 そんな会話を楽しんでつかの間。

「フェリーあるから、そろそろ行かないと。」

「うん、わかった。」


 さすがに食後すぐにダッシュさせるわけにはいかないので、コンビニ前で別れる。


「マロン。今日は、ここに寄ってくれて、ありがとう。ちょっとの時間だけど、リアルで話せてよかった。」

「私も。今度はオフの時に来るよ。じゃあ、また。」


 ロマンは手を軽く振り、運転席に乗り込む。

 エンジンをかけると、運転席の窓を開ける。


「あの、本当にありがとう。」

「?」


「ゲームのジンは、フックに吊された私を降ろしてくれて、リアルのジンは、トラックから滑った私を降ろしてくれた。」

「ハハハ、そういうことか・・・なんもだ。」


「それからね、私の本名は、マロンじゃなくて、ロマン。」

「え!?」

 ロマンという名前もハンドルネームぽいとジンは思った。それはさておき、本名を教えてくれたことが嬉しかった。大きく手を振ってロマンを送る。


 トラックは、巨体を少しだけ揺らし、発進する。


 苫小牧を目指す。

 フェリーに乗って八戸に戻り、さらにそこから東京までの長旅だ。


 ロマンは思い出していた。この前、ジンに起こされる前に見ていた夢。

 それは、なぜか現実の世界でも、吊されたフックからジンに降ろしてもらい、その腕に抱かれる夢だった。

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