赤いスイートピーに 背中を押されて
烏山にある物流センターで、その日の配達分の荷を積み込む。
所定のコンビニ各店に、決まった時間に、決まった数量の品物を納品する。
ラナは契約社員として、火木土の週三でルート配送の仕事をしている。仕入れがある月水金は、なるべく実家のフラワーショップの手伝いをするようにしている。
ある日の土曜。
その日の配送業務を済ませ、ラナは会社の駐車場に2t車を停める。トラックの点検をし、作業報告と点呼を行って業務終了。
ロッカールームで私服に着替え、いつもならこのまま真っ直ぐ自宅に帰るのだが、その日は足が進まなかった。
決まった曜日に決まった時間、決まったお店に決まった荷物を運ぶ。決まった曜日に実家の仕事を手伝う。このローテーションから抜け出したかった。と言っても、『私、旅に出ます』と放り出す度胸はラナにはない。ただ、お決まりのルートからちょっとはみ出したかっただけだ。
「いらっしゃいませ。」
コンビニに入ると、レジ脇で作業をしていた女性の店員が顔を上げ、店に入ってきた客がラナであることに気づく。
「あ、ラナさん、こんばんは。お疲れ様です。」
「こんばんは、一足お先に上がってまーす。」
この店は、ラナの受け持つ配送先の一つで、顔なじみの店員が何人かいる。
ラナはゆっくりと店内を回る。お腹がすいているような、すいてないような。
結局、『まるでメロンパンみたいなシュー』、『からあげクン』とジャスミン茶のペットボトルを選び、レジに向かった。女性店員は、にこやかに買い物カゴを受け取り、精算し、品物をレジ袋に入れてくれた。
「明日はお休みですか?」
「ええ、実家の花屋も休みなので、グータラさせてもらいます。」
「ごゆっくり!」
「ありがとうございます。」
「あ、お買い上げありがとうございます。」
コンビニを出たラナは、最寄りの公園に向かう。
ささやかな、遠回り。
その公園には、滑り台、ブランコにジャングルジムなどの定番の遊具の他に、砂場や水遊び場まである。今の季節は水遊びができない。
公園内をゆっくり歩いている老夫婦、ストレッチをしているランニングウエアの男性など、夜の公園なのに、人影がちらほら。
木製のベンチに座り、紙のおしぼりで手を拭き、からあげクンをつまむ。外で買い食いをしたことがほとんどないラナにとっては、なかなか大胆な行為だ。からあげクンは、一口サイズでつまんでいるから、食べている姿はそんなに目立たないが、『まるでメロンパンみたいなシュー』は結構なサイズで、両手で持ってかぶりつくので、ちょっと恥ずかしい。でも美味しい。
ジャスミン茶をボトルの三分の一ほど飲むと、ラナはレジ袋と一緒にバッグにしまい、ベンチから立ち上がる。
バッグを肩から提げたままブランコに座り、軽く漕ぐ。
その古い遊具は『キーコ、キーコ』と乾いた音を立てる。
ドラマなどで、夜の公園でブランコを漕いでいるシーンがよくあるが、だいたいその『漕ぎ主』は、心に悩みをかかえた、ワケアリの人物だ。
ラナは敢えてドラマの登場人物になったつもりで色々と考えをめぐらす。
今の仕事は、さっきのコンビニみたいに、顔なじみもできて楽しい。
一方、日々ルーティンの繰り返し。
もっと、いろいろな場所に行ってみたい。遠くへ。リョウやロマンのように。
彼女たちは、この仕事をずっと続けていくんだろうか・・・それとも、その先に何か、彼女たちの夢があるんだろうか。
実家のフラワーショップは、親からそれとなく、継いでほしいとほのめかされている。
ラナは、ブランコを少し強めに漕ぐ。星空が視界に入る。
中・長距離の仕事がしたい。でもフラワーショップはどうしようか。
結局のところ、この悩みに行きつく。
ブランコのように。前に進んで、また後ろに戻る。
ラナは、ゆっくりとブランコを止め、地面に足をつける。本当は勢いをつけて飛んでみたかったが、子供のころ、タイミングを外して顔から落ちたことを思い出して断念した。
最寄りの私鉄の駅まで歩き、電車に乗り、地元の駅で降りる。
駅前商店街は、人通りが多く、夜の八時少し前だが、開いている店も結構ある。商店街に入って五十メートルほど歩くと、ひと際明るい店が目につく。ラナの実家のフラワーショップだ。
花屋は早朝、いや深夜の仕入れから手入れ、接客に配達と、朝から晩まで忙しい。もう少し早い時間に店じまいしてもいいんじゃないかとラナは親に進言している。でも、夜もお花を見に来てくれる人がいるからと、この時間まで店を開けている。
ラナと家族の住まいは、店の二階だが、彼女はそっとお店に入る。お客さんにカゴ花を手渡している母親の姿を見つける。
小ぢんまりとしているが、明るく華やかな店の雰囲気。父と母が選りすぐった花々。素敵な場所だと思う。
ラナの母親が、入口付近のラナの姿に気づく。
「あら、お帰り。お仕事、お疲れ様。」
にこやかに迎え入れる。
「母さんも、お疲れ様。」
この日のラナは、いつもと少し違っていた、母親に優しく声をかけられ、涙がにじむ。
店に飾ってある花の輪郭が消え、混ざり合った色だけが瞼に映る。
「母さん、私・・・」
ラナは、それ以上言葉を続けられなかった。
母親は何かを察してくれた。
店先の花をいくつかピックアップし、手際よく小さな花束をつくる。
赤を中心に、ピンク、白、紫と色とりどりのスイートピーのブーケ。
「仕入れ過ぎちゃったからさ。これ、ラナにあげる。部屋に飾りなよ。」
ラナは少し驚きながら、母に近寄り、ブーケを受け取る。
「赤いスイートピーの話、知ってる?」
「?」
「昔ね、『赤いスイートピー』って歌が流行ったんだけど、その頃、赤いスイートピーなんてなかったのよね。」
その歌なら、ラナも知っている。
「でね、あんまり流行ったものだから、品種改良を重ねて赤いスイートピー、作っちゃったんだって。」
ラナの胸元のブーケを指す。
「それが、この『クリムゾン』と『スカーレット』。」
ラナは、微妙に花びらの赤みが違うことに初めて気づく。
「歌にしかなかったものが、実現できちゃうって、なんかいいね。」
ラナの母はぽつりとつぶやき、ラナの肩に手を置いた。
「もう少し、遠回りしといで。」
ラナの涙腺が綻び、ブーケの多彩な色が溶け合った。
スイートピーの花言葉、『門出』。
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