Our Ways

「はじめまして、ラナと申します」


「あのなあ、オレにとっちゃ、“はじめまして”でも何でもないんだけど」

 確かにリョウの言う通りだが、今、この事務所にいるのは、リョウとロマンを除いて、ラナと初対面のメンバーばかりだ。


「あー、いいよ。ラナ君、続けて」

 社長は自分の頭をつるりと撫で上げ、ラナの入社スピーチの続きを促す。


「は、はい。一刻も早く、中型に慣れて、運転の技術も磨いて、皆さんのお役に立てるよう、頑張ります」

 ラナは、『いつか、大型・長距離トラックを運転して、どこまでも走りたい』という夢を追いかけ、ルート配送ドライバーから、まずは中型・中距離トラックのドライバーへの転身を決意した。


 週三で働いていた会社に辞意を伝えると、社長は大変残念がった。ただでさえ人員不足のなか、ラナは、配達先と懇意になる才覚に長けており、得意先との関係づくりにも随分貢献してくれた。ウチは小型車でのルート配送専門だけど、系列の中~長距離専門の会社もあるのでそっちを紹介するよ、と再三再四、ラナは引き留められた。


 でも、ラナにとってはどうしても行きたい会社があった。リョウとロマンが働く会社だ。

 この会社は、敷地内に運転練習用のスペースがあり、免許取得間もない時期にも、実車で習させてくれる。安全運転研修も、しっかりしている。これはラナの身を案じている両親からの切なる願いでもある。とにかく、安全運転の取り組みに力を入れている会社に入りなさいと。


 それよりも何よりも。

 ラナは、リョウとロマンの運転を、働きっぷりを、そして生きっぷりを見たかった。学びたかった。


 リョウとロマンがいる会社に入る前に、ラナは教習所の通学合宿で中型免許の教習を受け、免許を取得した。

 最大積載量4.5tの準中型からステップアップする方法もあるが、2t車の乗務経験もそこそこあるので、最大6.5tまで積める中型車にチャレンジしてみたが、いざ教習を始めると、中型トラックを運転する感覚が、今までと大きく違うことに驚いた。


 高さ3.5m、幅2.3m。デカい、高い。前方の見晴らしはいいが、車回りの死角が増えた。 それを減らすために、デカくて沢山ついているミラーでしっかり確認すること。

 利きのいいブレーキの操作、排気ブレーキという補助ブレーキの使い方。

 内輪差の大きさ。絶えず『車体の後ろ』に気を配ること。

 覚えることがいっぱいだ。


 教官のアドバイスは、『安全のための確認動作を意識し、習慣となるように体に覚え込ませる』こと。2t車の運転に慣れ、積み荷や配送ルートに気を配っていたが、運転するトラックが大きく、重くなったことをきっかけに、今一度、安全な運転に意識を戻していこうとラナは自分に言い聞かせた。


 入社早々、まずは2t車での地場での配送業務をしながら、4t車の練習を始める。

 初日の練習には、リョウがついてくれた。会社の敷地内で、リョウとラナが交互に運転し、一通り教習所で習ったことの確認を行った。


「ちょっと、公道に行ってみるか」

 ラナは、いきなり大丈夫かと少し不安になったが、敷地内のラナの運転を見て、リョウは問題ないと判断したのだろう。


 まず、会社の入口から大通りに出る。

「なにせ図体がデカいからね。どうやったらうまく曲がり切れるか、ゆっくり考えて、ゆっくり車を出せばいい。うまくいかなかったら、ゆっくりやり直せばいい」

 リョウはそう言ってくれたが、もたもたしていると他の車の邪魔をしてクラクションを鳴らされたりしないか心配だ。


 まずは、リョウが運転し、ラナが助手席でそれを見る。

 リョウは、車の列が途切れるのを待って、敢えてゆっくりと公道に入り左折する。走ってきた普通車が何台か停まる。でもリョウはペースを変えずにハンドルを切る。

 そして窓を開け、後続車に笑顔で手をあげ、ありがとうを伝える。先頭の普通車の男性ドライバーがハンドルから手を離し、軽く上げる。


 ハザードランプを二回点滅させて、車を発進させながら、リョウが口を開く。

「他のドライバーにとっちゃ、トラックはデカくて怖くて威張ってるように見えるからね。笑顔としぐさでカバーして、しっかりとコミュニケーションする。オレが教えられることは、その位かな」


 すごく大事なことを教えてもらった。ラナは、『心の教官』の横顔を見つめる。リョウは少し照れたようで、前方を真っ直ぐ見据えたままだ。


「あと、トラックを運転しているのが女だってことで、冷ややかな、馬鹿にしたような視線を感じることもあったんじゃないか?」

「ええ、たまにあったかも」

「でも、ビビることはないさ。にこやかな笑顔で道を譲る、これには誰だって悪い気はしない。オレは男だから女だからってのはあまり好きじゃないけど、女の武器で使えるものは使った方が得だと思っている」


 ゆっくり、ゆったり、笑顔で。リョウ教官が自分の運転で示して、それを教えてくれた。



 「では、ラナさんの門出を祝し、カンパーイ!」


  「「「「「カンパーイ!」」」」」



 スナック涙花にて。


 LINEグループ『トラガールの内緒話』の五人のメンバーは、全員翌日がオフの日に合わせて、ラナの激励会を催した。カウンター席の半分を陣取る。


「ラナ、まずはタイヤチェーンを着けられるようになれよ」

「もう! それは前の会社で教わったわよ」

 このネタで、相変わらずリョウがしつこく絡んでくる。


「そう言えば、リョウに4t車の講習受けたんだって?」

 ロマンが羨ましそうにラナに聞く。

「うん、大事なこと教わった」

「ええ、いいなあ。ねえリョウ、今度は私にもレッスンつけて」

「ばか、今さら何いってんだよ、お前さんがラナに教える立場だろうが」


 この会話を聞いて、ライムハイボールの氷を指でぐるぐる回しながら、ややイジケ気味にレイが言葉を発した。

「ラナの転職先ってさあ、ウチの会社だってよかったと思うんだけど、何でリョウとロマンのところに行っちゃったのかなあ?」


 ラナは返答に困って少し考える。

「実車の練習ができたり、安全講習もしっかりしてるし……」

「それなら、ボクんとこでもやってるんだけど」


「……リョウや、ロマンからいろいろ教わりたかったし」

「ほら、そこ!」


「レイ、そんなことでヤキモチ焼かないの!」

 カウンターの中からルカがたしなめる。


「まあいいや。ところでラナさ、トラックカーナビって知ってる?」

「うん、聞いたことあるけど、使ってなかった」

「あれ、いいよ、道路の上の高さ制限情報なんかも入ってるし。車が大きくなるし、距離も長くなるから、トラックが通れる道の案内や予想到着時刻なんかも知れて便利だよ。あと、大型車が駐車できる施設もわかる」

「あ、レイ、悪い。そのアプリ、ウチの会社は無料でドライバーにアカウント作ってる」


 レイはより一層大きく、ほっぺたをふくらませた。

 それからは、中型車に乗るためのアドバイス合戦となった。


 一通り参考情報が出そろい、ほろ酔い気分にもなってきて、レイがラナに質問する。

「ねえ、ラナはゆくゆくは大型に乗りたいって言ってたけど、何か夢があるの?」

「うーん、夢ってほどじゃないけど、とにかく遠くに行ってみたい。いろいろな場所でいろいろな人と出会ったり、仕事をしたい。コンビニの配送でも、いい人たちに出会えたけど、もっとその世界を拡げたい」


「へえー、いいねー …… ボクもね、夢があるんだ」

 レイは、カウンターに頬杖をつく。ラナが尋ねる。

「どんな夢?」


「月の砂漠」


 手に手にグラスを持っていた四人の頭上に『?』マークがつく。


「なんかね、最近頭の中でイメージするんだ」

「どんなイメージ?」

 ロマンが興味深々で尋ねる。


「砂漠のような広い砂浜、それに沿って一本道が続いている。砂浜の向こうは海と夜空で、水平線の上に大きな月が浮かんでるんだ」


「それが夢なの?」

 ルカがレイの前に新しいグラスを置く。

「うん、その月空と砂漠と海をバックに、並んで走る、五台のトラックのシルエット」

「ほう、流石は文学少女だな」

 とリョウ。


「うん、すごいロマンチック。ステキな夢ね」

 その光景を思い浮かべているのであろう、遠い目をしてラナがつぶやく。


「ホントにそんなことができればいいなって思ってる」

 レイがそんな夢を語って、しばらく誰もが無言でいると。


 いきなり、カラオケマシーンのモニターに映像が映し出された。

 この店では、カラオケはあるものの、滅多に歌う人はいないため、その存在は忘れられがちだ。チーママのルカは、カラオケのレンタルを解約してもいいのではとママに何度も進言している。


 タイトル:月の砂漠


 タイトルの後にフェードインしてきた映像は、どこか外国の砂漠。それに続いて外国人が海岸沿いをラクダに乗って進む姿。

 ちょっと、レイのイメージとは違うようだが、この映像に合わせて、カウンターの端に座っている、中年のネクタイ姿のサラリーマンがマイクを手に歌い始める。時々この店に顔を出す人だ。


 五人の会話に聞き耳をたてて、気を利かせてくれたのか、ただ歌いたかっただけなのか。

 ややビブラート多めではあるが、心に浸みた。


 歌い終わり、五人が拍手をすると、その男性が軽く手を振って応えた。


 カラオケの画面が変わった。


 タイトル:My Way


 そのサラリーマンは立ち上がり、お辞儀する。

 「そちらの女性の前途を祝し、一曲プレゼントさせてください」


 先ほどの、月の砂漠とは、一転し、情感たっぷりに、ビブラートをビンビンに効かせまくり熱唱する。


 これはやばい『マイウエイオヤジ』だ、とリョウは直感したが、歌詞の “I” を “ We ” に変えているところは、機転が利いている。


 そしてサビの “ My Way ” は、 “ Our Ways ” に変えて歌われた。

 なかなか心憎い演出だ。


 五人のトラガールは、グラスを傾けながら、『私の道、私たちの道、そして、その向こう』に思いを巡らせた。

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