コンパクトだからこそ

「おはようございます。本日の配送業務は、午前中、スーパーの野菜が四件、午後はディカウントショップの雑貨配送が六件となります」

「 おはようございます。体調に問題はないですか?」

「はい! この通り元気です」


小さな幸せ。点呼とアルコールチェックを終え、仕事が始まる時。


 ルカは、配送センターに荷を受け取りに行く車中で、先日のラナの激励会を思い出していた。

 とにかく遠くに行ってみたい。どこまでも。


 ラナは夢を語った。多分その夢は、トラックドライバー共通の夢ではないだろうか。私にだって心の片隅に、その想いはある。でも……


 一件目の配送。


「おはようございまーす! 今日もよろしくお願いします」

「おはよう、ルカちゃん。今日も元気ね、今日も美人ちゃんね」

 今朝の荷受け担当は、野菜売り場の超ベテラン、タキおばちゃんだ。 タキさんこそ元気いっぱいだ。


「朝からそんな照れること言わないでくださいよ。でも美人は美人ですけどね」

 ルカはタキおばちゃんの言葉に合わせて笑いをとる。

 所定のカゴ数の納品をテキパキとこなし、受領書を受け取る。


「あ、ルカちゃん、これ持ってって」

 タキおばちゃんが、バナナオレのブリックパックを差し出す。


「えー、いつもいつも、そんな気を遣わなくてもいいのに」

「いいから、持ってきなさいよ。今日も一日重労働なんでしょ」

「まだ若いから大丈夫。あ、おばちゃんも若いけど。では、ありがたくいただきまーす!」


小さな幸せ。おばちゃんのクシャクシャの笑顔とバナナオレ。


 二件目のスーパーに向かう。この界隈は細い道が入り組んでいて、渋滞箇所も多い。スムーズに移動するルートは、何度も試行錯誤繰り返して覚えた。

 高速の真っ直ぐな道をずーっと走っていくのも気持ちいいだろうな。そう思いながらも安全確認しながら、信号を右に曲がり、左に曲がり目的地に向かう。


 信号のない横断歩道。歩道には、通学途中のランドセル姿の女の子が三人。ルカは、横断歩道手前にゆっくりと車を止める。対向車の普通自動車も止まる。女の子達は、車道の左右を確かめ、手を上げ横断歩道を渡る。


「お姉さん、おはよう!」

「おはよう、勉強がんばってね!」

 ルカは窓を開けて、女の子達に声をかける。この時間、この横断歩道でよく一緒になる『顔なじみ』だ。

 女の子達は手を上げたまま急ぎ足で横断歩道を渡ると、キャッキャ言いながら、学校へ向かって走り始めた。


小さな幸せ。横断歩道だけでの小さな友だちとの触れあい。


 午前中のスーパーの配送を終え、行きつけのコンビニに寄る。昼ご飯を調達する。袋入りのキャベツの千切りと、ミニどん兵衛と、鮭のおにぎり。ルカのランチはいつもだいたいこんな感じだ。


 コンビニの駐車場に停めたトラックに戻る。ふと道路に目を遣ると、歩道と車道の間の土が溜まった場所に猫じゃらしが生えている。道路沿いの猫じゃらしは、たいてい背が低く、花穂の部分がモフモフしていて、まるで子猫の尻尾のように見えて可愛い。

 こんなとこに生えている植物を目にとめているのは私だけだろう、と意味不明な優越感を感じながらも、せっかく一生懸命生えているんだから、みんな気づいてあげてよ、と勿体ないとも思った。


小さな幸せ。道路脇の猫じゃらしが、風に吹かれてフリフリしている光景。


 お昼時。

 一旦会社の駐車場に車を停め、2t車をぐるりと回って点検し、事務所に戻る。

 手を洗い、冷蔵庫から、キープしているイタリアンドレッシングを取り出す。レジ袋からミニどん兵衛を取り出し、ポットのお湯を入れる。自分の事務机(ルカは事務職も兼務している)に座ると、レジ袋から、キャベツ千切り、おにぎり、それからタキおばちゃんにもらったバナナオレを取り出し、机の上に並べる。

 キャベツ千切りの袋を開け、そこにそのままイタリアンドレッシングを流し込む。


「さて、今日のサラメシは……お、今日も出ましたね。キャベツサラダのフクロから直食べ!」

 通りがかった社長が、某NHKの某番組の某俳優ナレーターの真似をしてルカのランチを実況する。ルカはそれを無視して袋に箸を突っ込み多量のキャベツを片づける。


小さな幸せ。一仕事終えての、いつものランチと、いつもの他愛もない会話(これは微妙か?)。


 さて、午後の仕事。

 朝とは違う配送センターに向かい、積み荷を受け取る。


「お疲れ様です」

 低くて心地よい声が、ルカを出迎える。ちょっとかっこいいかも、と思っている出荷担当の若い男性は既に、段ボールが綺麗に積まれたカゴを十二台、車付けに並べている。トラック後部の扉を開け、パワーゲートを降ろすと、次々とカゴを載せてくれた。


「では、ご安全に」

「いつも、ありがとうございます!」

 出荷のお兄さんは、帽子をとり、低音ボイスでルカを見送った。


小さな幸せ。イケメンイケボとの、愛の共同作業。


 午後は六件のディスカウントチェーン店を周り、カゴ二つ分ずつ納品し、空きカゴを回収する。

 三件の配送が終わったところで、区内にある、わりと大きな公園の駐車場に入る。車のエンジンを止め、運転席、助手席両方の窓を全開する。事務所から持ってきたペットボトルの緑茶のキャップを開け、三口ほど飲む。

 シートを倒し、背を預ける。目を閉じると、遠くには小さく車の騒音が、近くには子供達の遊び声が響いている。少し春らしく暖かくなってきた風が窓から窓へと吹き抜ける。


小さな幸せ。やさしい空気につつまれての、束の間の休憩。


 少し陽が傾きかけたころ。

 今日一日の配送を終了し、会社に戻る。

 点呼を終え、車を点検し洗車する。

 事務所に戻り、伝票の仕分けなどの事務作業を少しばかり。配送業務後の事務仕事、気分的に正直ちょっとしんどい。


「ただ今戻りましたよー!」

 中距離の配送を終えて、レイが元気よく事務所に戻ってきた。この子は本当に疲れを知らないのか? ルカが呆れ顔をしながらレイに軽く手を振るとレイは、にっこりと笑い、帽子を持って手を振り返してくる。


小さな幸せ。今日も無事に笑顔で戻ってきた仲間に会えたこと。


 ルカは思う。


 ちょっとコンパクトなトラックでも、いや、コンパクトなトラック『だから』こそ、沢山の小さな幸せが毎日もらえる。

 夢とまではいかないけど、自分には、それが大切な宝物なんだろうな、と。

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