割烹着 on セーラー服

「あーん、もうダメ・・・」

 ロマンは、めずらしく自分の欲望に負けた。


 地元駅で電車を降り、駅前のロータリーに出ると、そこはかとなく、いや、淡い煙をともなって、露骨に香ばしい香りが漂ってくる。

 その発生源は、雑居ビルにへばりつくように建っている、狭い平屋の家。白い塗り壁に、黒い瓦屋根、開き戸の他に、丸い木枠で囲まれた小窓が二つついていて、中が覗けるようになっている。

 前々からこの店が気になっていたが、空腹と、この暴力的に香ばしい煙のダブル攻撃で、もう本能を抑えることはできない。今日こそ入ってみようとロマンは決意する。


 紺地に白抜き文字で『満月亭』と書かれた焼き鳥屋の暖簾をくぐった。


「いらっしゃい。」

 作務衣姿の年配の男性がカウンターの中から声をかけ、ロマンをカウンター右端の席に案内する。座席は、『への字型』のカウンターに並んだ丸椅子、八席のみ。彼女が座って残りは、あと一席になった。


 ロマンが席に着くのとほぼ同時に、カウンター横の通用扉が開き、セーラー服姿の女の子が入ってきた。その子はロマンと目があった時、気のせいかハッとしたようにも見えた。


「おまたせ、お爺ちゃん。」

「おう、いつも悪いな。」


 どうやら、店主とそのお孫さんという関係らしい。その子は、カウンター下の棚から真っ白な割烹着を取り出し、頭からすっぽり被った。

 割烹着 on セーラー服。これは一部のマニアに大ウケするんじゃないかと、ロマンは思った。何のマニア?


「はい、どうぞ。」

 早速、割烹着JKはロマンの目の前に、大きめのグラスに氷が沢山入ったウーロン茶を置いた。まだ、何も注文していないのでちょっと不思議だったが、今日はアルコールは飲めないので、「どうも」といってグラスを手に取った。


「何にしましょう?」

 割烹着JKは、壁に並んでいる木札に目を遣りながら、注文を聞いてきた。

「そうね、外にいい匂いが漂ってたから、ついつい入ってきちゃったけど、この匂いの元はどれかしら?」

「ああ、そうですね、今焼いている、鳥皮と、セセリとぼんじりかな。」

「じゃあ、それを下さい。あと椎茸と、ナスとキュウリの浅漬けも。」

「お味は? タレか塩にできますが。」

「じゃあ、全部塩でお願いします。」

「はい、ご注文ありがとうございます。」

 女の子はニコッと笑って祖父に注文を通した。


 時々この店の前に列ができていることもあるが、味はもちろん、この子が来店効果を生んでいるのかも、とロマンは思った。

 ガラッと開き戸が音を立て、ネクタイ姿の中年男性が入ってきた。カウンターの左端の席に案内され、満月亭は満席となった。


「いらっしゃいませ。」


 男性が席に着くや否や、割烹JKは、ジョッキにレモンの薄切りが入った特大酎ハイをドンと置いた。次いでおしぼりと割り箸をセットする。


「ご注文うかがいます。」


「モツ煮込み。」

「はい。」


「ポテトサラダ。」

「はい。」


「あと全部タレで、」

「はい。」


「ネギま。」

「はい。」


「つくね二本。」

「はい。」


「プチトマト豚バラ巻き。」

「はい。」


「シロモツ。」

「はい。」


「てっぽう。」

「はい。」


「以上ですね。毎度ありがとうございます。」

 割烹JKは、祖父にオーダーのメモを渡す。


 

 ん?



 ロマンは、浅漬けをつまみながら、今の会話に違和感を覚えた。


 もう一度再現してみよう。


「ご注文うかがいます。」(JK)


「モツ煮込み。」(JK)

「はい。」(中年)


「ポテトサラダ。」(JK)

「はい。」(中年)


「あと全部タレで、」(JK)

「はい。」(中年)


「ネギま。」(JK)

「はい。」(中年)


「つくね二本。」(JK)

「はい。」(中年)


「プチトマト豚バラ巻き。」(JK)

「はい。」(中年)


「シロモツ。」(JK)

「はい。」(中年)


「てっぽう。」(JK)

「はい。」(中年)


「以上ですね。毎度ありがとうございます。」(JK)


 注文の受け答えが、逆になっていないか?

 謎の店。謎の割烹JK。謎のおじさん。


 ロマンは、こんがりと焼きあがった自分の焼き鳥を堪能している間も、頭上には?マークをつけたままだった。


 あのおじさん、何か一方的に女の子に注文を決めつけられているようでもあったが、気分を害している様子もなく、むしろ機嫌よく、酎ハイ片手にモツ煮込みをつついて、焼き物の出来上がりを持っている。


 ロマンの隣の席の若い男性が会計を済ませ、ごちそうさまと言って席を立った。これ幸いと、カウンター越しに立っている割烹JKに小声で尋ねる。


「あの、ちょっと気になることがあるんだけど。」

「何でしょうか?」

「さっき注文とったでしょ。普通、お客さんが欲しいもの言って、お店の人が確認するんだけど、何か逆になってなかった?」


「ああ、あれですか・・・」

 そう言って、女の子は黒目を斜め上に寄せて、悪戯っぽく微笑んだ。


「だいたい決まっちゃってるんです。」

「決まってる?」

「はい、オジサンの行動パターンって。」

「そういうもんなの?」


「三回ぐらいお店に来ると、だいたいわかりますね。っていうか、あまり注文するものを変えない。」

「そうなの。でもその日の気分で違うものを頼みたいってこともあるんじゃないの?」

「多分あるでしょうね。でも、注文しないうちに飲み物を出したり、こっちから注文を言ってあげると、なんかうれしいみたい。」

 そういうことか。ロマンの腑に落ちた。


「すごい才能ね。むしろこの仕事、天職って言ってもいいんじゃない?」

「いやあ、ただおじいちゃんのお店手伝ってるだけだし、バイト代も出るし。でも、これずっと続けるのはきついなあ。」

 割烹JKは、空席になったカウンターから使用した食器を下げ、カウンターを拭いた後、ロマンの隣に立って話を続ける。


「それにね、少し罪悪感があるの。」

「罪悪感? だってお客さん、喜んでるんでしょう?」

 女の子はロマンの耳元に顔を寄せ、ひそひそ声でささやく。


「『この人、どうでもいいや』と思ってる相手にこそ、これ、うまくいくんです。『どうせこれ食べてりゃ気が済むんでしょ』みたいなネガティブマインドが、プラスに働くみたいで。」

 カウンターの端で、うまそうにタレのつくねを頬ばっている男性には、とても聞かせられない真実だなとロマンは少し怖くなった。

 

「・・・その才能、将来いろいろ活かせそうね。」

「えー、そうですかねえ。」

「例えば、接客業全般とか、会社の秘書とか。」

「そうかもしれないけど、アタシ、実は人づきあいが苦手なんです。できるはできるけど、気持ち的にしんどいなと。」

 ロマンには意外だった。このお店でもちゃんと接客できてるし、こうして私にも話しかけてくれている。でも、『気持ち的にしんどい』というその気持ちはわかる。


 あ、そういえば、とロマンは思い出す。この子は、注文を聞かずにウーロン茶を出してくれた。

「私に注文を聞かないで、ウーロン茶を出したってことは、私のことも、どうでもいいのかしら?」

 ロマンは少し意地悪っぽく聞いてみる。


「いや・・・・・・それとこれとは別で。」

 割烹JKは少し頬を赤らめて下を向く。


「アタシ、お客さんのこと、知ってるんです。」

「え、どこかで会ったことあるかしら?」


「通学途中でよく見かけるの。だいたい木曜、運送会社から、お客さんがトラックを運転して出てくるところを。明日木曜でしょ。運転手さんってお酒に関しては厳しいみたいだから・・・このお店のノンアルコールの飲み物って、ウーロン茶だけだから。あ、お水でもタンサンでもいいけど。」


 やっぱ、すごい才能だとロマンは思った。


「お客さんが、あんな大きい乗り物を運転してる姿って、カッコよくて、憧れちゃう。」

 その女の子の頬はさらに赤くなり、純白の割烹着に対比して映えた。


「で、アタシもトラックの運転手になってみたいなあって、ちょっと思ってる。」

「・・・そうなの。まあ色々大変だけど、楽しいこともあるしね。でもまだ若いんだから将来のことじっくり考える時間はあるじゃない?」

 といいつつロマンは、自分が高専に五年通って、すぐに今の運送会社に入ったことを思い出した。


 ウーロン茶で焼き鳥をおいしくいただき、欲望を十分に満たすことができた。


 このお店は回転がよさそうなので、長っ尻は邪魔になると思い、お会計を頼む。


「ときどきお店に来て、トラックの仕事のこと、教えてくださいね。」

 割烹JKが釣銭をロマンに渡しながら、また来て欲しいことを伝える。


「もう、お客さんの好みのメニュー、バッチリ覚えたから。」

「そう? 私、気まぐれだから、なかなか当たらないと思うよ。」


 ロマンは、未来の後輩ができるようなできないような、ちょっとワクワクしながら店を出た。

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