失敗から、起き上がれ!

「ロマン君、本当の失敗はね。失敗から何も学ばないことなんだよ。」

 ロマンの夢の中に、高専時代の恩師、古賀先生が出てきた。

 彼は、ロマンが所属していた、ロボットコンテスト部の顧問をしていた。 


 本当の失敗は、失敗から何も学ばないこと。ことあるごとに部員にそう繰り返した。

 「いや、これは僕の考えた言葉じゃなくって、自動車の父、ヘンリーフォード氏の名言らしくてね。僕は気に入ってるんですよ。」

 古賀先生はその名言とともに、にこやかに種明かしをする。だからそれがフォードさんの受け売りであることは部員の誰もが知っていた。


 『私は、失敗から、何も学んでいない。』


 その朝、ロマンはベッドの中からなかなか抜け出せなかった。

 久々に仕事でミスをした。


 荷主の本社工場で積んだ荷物を五カ所の支店に搬送する仕事だったが、重量のバランスと荷崩れしない積み方だけに気を取られ、配送順のことが頭から抜けていた。初歩的ミスだ。トラックに乗り始めて間もないころ、やってしまったことがある。


 最近は、ほとんどウィングボディの大型車を使っていて、サイドパネルをガバッと開けられたので、さほど配送順を考えなくても、問題はなかった。


 久々に4トン車、サイドドアなしのバンボディ車で、リヤドアからの手積みだった。

 そのミスに気づいたのは、最初の納品先の支店に着く直前。荷下ろしの指定場所に三名の荷受けの担当者がすでに集まっていた。


「すみません、こちらで降ろす荷物を奥の方に積んでしまっていて、まず、前の方の荷物を降ろしてからお出ししますので、もう少しお待ちください。本当に申し訳ありません。」

 ロマンは帽子を取り、深々と頭を下げる。


「そうなの・・・でもバラ積みだからフォークリフトも使えないし、あんた一人だとすごく時間がかかっちゃうよ。おい、竹内君、みんな呼んできて。」

 最初からいた三人に加え、新たに五名、合計八名が集まった。滑り止めのついた軍手が配られ、みな手にはめる。


「じゃあ、ロマンさん、指示よろしく!」

「あ、ありがとうございます。」


 ロマンは、二件目以降の配送先の支店ごとに分けて、一旦、荷受けスペースに荷物を置いてもらった。一番奥、ココで降ろす荷物は倉庫内まで台車で運び込まれた。


「ありがとうございます。後はやりますので。」

「いいよいいよ。ほら、みんなでやるとこんなに早く済んじゃうでしょ。」


 お言葉に甘えて、積み戻しも手伝ってもらい、ロマンはキャビン内での積み荷の整理と固定に専念した。予定に遅れることなく、一件目の納品作業は終了した。


「みなさんのお手を煩わせてしまって、本当に申し訳ありませんでした。」

 作業を終えた八人にラナは再び深々と頭を下げた。


「気にすんなって。いい運動になったし。」

「そうそう。またよろしくね。」


 ロマンにはその優しさが余計にこたえた。


『私は、失敗から、何も学んでいない。』

 ラナはベッドから起き上がれずに、再び同じ言葉を繰り返し、天井をボーと見つめ、過去を回想した。


 小学生の頃のロマン。


 機械いじり、というか機械を分解するのが好きだった。


 買ってもらった人気少女アニメの変身グッズ、目覚まし時計、洗面所のドライヤーまで、ドライバーのセットを使って、何でも分解した。

 ただただ、中の仕組みはどうなっているんだろう、という好奇心から。

 問題は、分解することだけに気を取られ、組み立て直すことを考えていないことだ。どの部品をどういう順番ではずしていったのか、ほとんど覚えていない。ロマンの父親が手助けしてあーでもないこーでもないと悪戦苦闘したあげく、うまく直せたものもあり、電気屋さん駆け込んで直してもらったものもあり、そのまま『燃えないゴミの日』に出されるものもあり。


 中学生になっても、機械への好奇心は収まらず、それが高じて、高等専門学校(高専)への進学を選んだ。


 高専の生徒を参加対象者として、全国規模のロボット・コンクールが行われている。毎年違ったテーマが出され、メカとハイテクを組み合わせていかにそのテーマをクリアするかを競う、チーム戦のアイデアと技術のコンクールだ。 ロマンは新入生向けの部活の説明会で、全国大会のビデオを見、活動の説明を聞いてすぐに入部を決めた。


 そこで出会ったのが、顧問の古賀先生だ。


 ロマンの学校のチームは、いつも予選止まり。目標は全国大会出場。

 古賀先生は課題を二つ上げている。『奇抜な発想』と『確実な技術』だ。


 『アイデアはいいんだけど、トラブル多いんだよな』というのがこのチームへの一般的な評価だ。ロマンはメカのグループメンバーと一緒に、いかに思いどおり駆動部分や操作部分が動くかを追求した。


 ロマンが、例によって先輩が試作して組み立てた駆動パーツを分解して、その仕組みを調べていた。なぜかうまく動作しない原因を調べたかった。

 古賀先生が部室に入ってきた。先生はロマンの側に寄り、作業の様子や、周りに散らばっている部品を眺めた。


「ロマン君、分解してみるのはいいけど、これもう一度組み立てられる?」

「・・・そこまで考えていませんでした。小さい頃から、身の回りのものを分解するだけ分解して、親を困らせていました。」

「君は面白いね。でも、分解するだけでなく、組み立てるプロセスでわかってくることもあるよ。何にしても、うまくいかない原因をとことん突き止めようとするのはいいことだね。」


「組み立てるためには分解した手順を整理しておくことが必要ですね。」

「そうそう! いいね。」

 そう言って古賀先生は目を細めた。


 それ以来、機械を分解して調べたり、掃除したり点検するときも、シートを敷いて、順に綺麗に並べながら作業するようになった。

 それは、運送会社で働いている今も続けている。


 結局、その年のロボットコンクールは、見事に予選落ちした。

 翌年も翌年も、予選止まりだった。


 古賀先生は毎年繰り返した。

「本当の失敗はね。失敗から何も学ばないことなんだよ。」と。

 それ以上の具体的な指示は出さなかった。


 在学五年の中で、ロボットコンクール部には四年まで所属できる、という自主ルールになっている。五年生は、卒業研究や進路決めに専念してもらいたいからだ。

 副部長で、メカニックチームのリーダーとなったロマンは、徹底的にメカの動作の確実性アップにこだわった。予算が許す限り、試作品を何度も作り、テストし、うまく行かない原因を潰していった。


 その年のロボットコンクールのテーマは、敵に包囲されて兵糧攻めに遭っている城に、いかに工夫して援軍が物資を届けるか、というものだった。


 敵の包囲を破って味方のいる陣地に入っても入らなくても、とにかく救援物資が届けられればいい。市販のドローンを使うことは禁止。

 この物資搬送と妨害を同時に行う。敵が手放した救援物資を利用することもできる。

 自陣に多く救援物資を運んだチームが勝ち。


 ロマンの高専チームの作戦はこうだ。


 ・救援物資の搬送を優先。

 ・敵の包囲陣に、ドーナツ状のシートを被せ、戦闘不能とする。

 ・妨害マシンの背が高かったら、シートをひっぱり、ひくり返す。

 ・この上をキャタビラの救援車が乗り越え、自陣に救援物資を送り届ける。

 ・妨害マシンが無力化されたことに気づいた敵は、補給マシンを妨害に回すので、そこでもう一度ドーナツ状のシートを射出し、敵のマシンのほとんどを無力化する。

 ・敵陣を包囲していた味方のマシンは、敵の物資を鹵獲して自陣を目指す。


 地区予選では、見事にこの策がはまった。多少ミスがあっても原因を探り、その場で潰した。こうやって、ロマンの高専は史上初、全国大会に進出した。



 全国大会初戦。

 初戦の相手が意外な行動に出た。



 補給マシンも含め、一気に自陣を包囲し、救援を阻止しようと動いたのだ。

 慌てたドーナツシートの射出係は二回分同時に射出してしまい、敵の到着前にシートを敷いてしまった。援護に駆けつけた敵マシーンはそこに陣取り、無力化に失敗した。余った敵マシーンは自陣に戻り、物資の救援に当たった。

 ロマンのチームは、自陣に数個しか救援物資を届けられず、もともと敵の支援の阻止が手薄だったロマンのチームは数で劣勢になり、一回戦で敗退した。


 全国大会の競技が全て終わり、ロマンのチームは「アイデア倒れ賞」という名誉だか不名誉だがわからない賞を授かった。メカを担当したロマンにとっては、『アイデアはよかったんだが』と言われるのが悔しかった。


 終了後、古賀先生は健闘をねぎらった。


 解散した後、先生がロマンに声をかけてきた。


「今回、何か学べたことはあったかな?」

「・・・どんなにメカを徹底的に確実に動くようにしても、最後は『人』の力かな、と思いました。」

「そうか、それはよかった。」

 先生は目を細めてロマンの肩をポンと叩いて言った。 


「ロマン君。僕とチームをここまで連れてきてくれて、本当にありがとう。」




「よう、ロマン。」


トラックの横でしゃがんで作業をしていると、ポンと肩を叩かれた。リョウだ。


 その日の午後、ロマンは車の整備の仕事を頼まれていた。

 元々、彼女はこの会社にトラックの整備業務の担当として入社した。高専で学び、実務を経て三級自動車整備士の資格を持っている。

 整備の腕を磨いていきたいと考えていたが、颯爽と大型車を運転するリョウの姿を見て気持ちが揺らいだ。何度かトラックに同乗しての補助作業を経験し、決心して大型車の免許をとった。これから、整備と運転と、どちらに軸足を置くか迷っている。


「あいかわらず、マメな仕事ぶりだなあ。」

 リョウは、ロマンの足もとに広げられたシートの上に綺麗に並んでいるパーツを眺めてつぶやいた。


「そんなことない。」

 ロマンは地面に視線を落とす。


 リョウは直感した。これは、いつものクソ真面目なお悩み病だと。

「で、どうしたんだよ。」

 ロマンは昨日のミスを事細かにリョウに話した。


「なんだよ、そんなチョンボ、誰だってやってるぜ。あんまり気にすんなよ。」

「ううん、ミスそのものっていうより、それを繰り返していること、何も進歩ないっていうこと。こんな感じだと私、車の整備も運転も、どっちもうまくやっていけないのかも知れない。」


「でもさ、そうやってミスしてもさ、お客さんがみんなでフォローしてくれたんだろ。今回は、そのこともちゃんと考えろよ。」

「どういうこと?」


「お前さんが、今まできっちりと仕事してくれてるから、信頼されてんだよ。ロマンは『人』として進歩してんだよ。」


 最後は人の力。

 ロマンはロボットコンクールの後に自分で古賀先生に言った言葉を思い出した。

 立ち上がり、しばらくリョウの肩を借りた。


 リョウはロマンの背中を軽くポンポンと叩きながらいつぶやく。


「失敗したらさ、悪いトコはもちろんだけど、いいトコもきっとあるんだから、それを認めてやらなくちゃいけないんじゃないの? あ、オレはいいとこしか見えてねえけど・・・」

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