届ける喜び
ボクは、膝の上に置いたポメラのモノクロの画面と、にらめっこしている。この先、書こうか、書かないでいようか、ずっと迷っている。
でも、ボクの、ボクたちの大事な記憶として、残しておきたい。
ボクは、ベッドからイスに座り直し、テーブルの上にポメラを置いて背筋を伸ばした。
学校や会社など、新しい環境に少しでも早く慣れるよう、緊張感を持ちながら過ごしてきた春。やがて、花の主役は菜の花や桜から、ネモフィラ、ツツジ、ふじへと変わっていく。その花々を見て、一段落、一息つけるゴールデンウィークが近づいてきたことを知る。
しかし、それは時を選ばない。この国では、いつでも、どこでも、それは突然やってっくる。
“ブイッブイッブイッ 地震です ブイッブイッブイッ 地震です”
“チャラン、チャラン、緊急地震速報です、強い揺れに警戒してください。”
スマホとテレビ画面から、地震の発生を知らせる音声が同時に発せられる。
東京では全く揺れを感じなかったが、テレビのニュース速報では、震度、マグニチュード、警戒に関する情報が時々刻々と伝えられ、それに遅れて少しずつ被害の情報が加えられる。津波の心配は無いようだが、揺れが強い地域では、土砂崩れによる道路の寸断、停電や断水が各地で発生しているようだ。
震災発生当日の夜。
ここは、運送会社『十里運輸』の社長室。リョウとロマン、そして最近入ったばかりのラナが働く会社だ。社長室といっても、事務所の一角、三畳ほどをパーテーションで区切ってあるだけ。
通話を終え、受話器を戻した部屋の主は、社長の物としては質素な椅子にどっかと座り、つるりと頭を撫でた。
「どうしたものか・・・」
社長の十里善作が冷静に考えをまとめようと目を閉じるのと同時に、パーテーションをコンコンと叩く音がした。
「社長、今の電話はあれですか? 救援物資の配送要請。」
ノックの主は、社長の長男の十里良弘。得意先の会社で修行を重ね、この四月に取締役デビューした、若き経営者だ。
赴任早々、さっそくリョウからニックネームを付けられた。
十里(じゅうり)社長のボンボンだから、ボン・ジュール(リ?)。
これまた質素な応接セットに座った二代目に向き直り、善作はタメ息まじりに言葉を漏らす。
「配送要請。そうだ。被災地の役に立ちたいのはヤマヤマだが、車はともかく、人の手配が難しい。」
「そうですね。ゴールデンウィーク前で仕事が立て込んでますからねえ。」
自然災害が発生した初動の対策として、緊急支援物資輸送が行われる。 国の要請に基づき食料や飲料水、生活用品等、被災者が真っ先に必要な物資が調達され、その輸送手段をトラックが担う。
トラック業界団体から、運送会社に要請があり、この十里運輸にも先ほど連絡があったのだ。
「プッシュ型輸送ですね。」
経営者の卵、良弘が一夜漬けで詰め込んだ、災害発生時の輸送体制に関する情報から、用語を引っ張り出す。
「ああ。ウチは、生活雑貨メーカーの倉庫で荷を積み、被災地の広域物資拠点まで届ける。」
「何台出すんですか?」
「要請では、大型を三台だ。」
「それは、なかなかきついですね。」
「ああ、ドライバーの手配が難しい・・・あ、ヤツのところはどうだろう・・・」
社長の善作は、何かを思い出したようで、スマホを取り出し、連絡先をスクロールしてボタンを押した。
「おう、夜分にすまん。君のところは、緊急輸送の要請は来ているかね? ・・・そうか・・・うちもカツカツでな。協力してもらえないか? ・・・ありがとう。わかった。よろしく頼む。詳しくは、セガレから連絡させる。」
「山杉トラックさんですね?・・・どうでした?」
会話の成り行きに聞き耳をたてていた良弘が尋ねる。
「ああ、彼のところには要請は来てないそうだ。中型と小型なら出せるそうだ。」
「小型ですか?」
「ああ、今回の地震の規模だと、何が起きるかわからん。小回りのきくクルマがついてきてくれるのはありがたい。」
「ウチはどうするんですか?」
「リョウとロマンは大型、それにラナには小型で行ってもらおう。」
「ラナはこないだ中型に乗り始めたばかりですからね・・・でも、リョウとロマンを引っ張り出すと、通常業務が回らなくなるのでは?」
「それは、俺と専務の山本が引き受ける。本当はお前にも頼みたいところだが・・・早いところ大型の免許を取ってくれ。」
「すみません。」
「お前は、山杉さんの所も含めて、関係各所との指示連絡に当たってくれ。」
「わかりました。ところでいつ出発ですか?」
「明日の昼だ。要請のメールが届いたようだから、転送する。」
二人ともスマホを手に取り、送信と受信の操作をした。
良弘が画面に表示された転送文を読み、眉をピクリと上げた。
「あ、明日の十五時にメーカーの倉庫に受け取りですか!?」
「ああ、これは救援物資の搬送にはスピードが求められる、メーカーさんもよく手配できたものだ。緊急物資輸送車両の申請は今夜中にメールしておいてくれ。」
「わかりました。至急連絡します。」
「ちなみに、山杉さんのところのドライバーは二人とも女性、うちの連中と仲がいいようだ。」
「そうですか・・・それなら社長、ひとつ思いついたんですが、せっかっくなんで、こういうのはどうでしょう?」
翌日の午後一時。
ラナ、リョウ、ルカ、レイ、ロマンは、十里運輸の駐車場に立って、社長の息子、良弘から説明・指示を受けていた。
「広域物資拠点の物流センターまでは、道路の状況は問題ないようですが、被災地周辺の状況はまだ詳しいことはわかっていません。混乱があったり、現地での要請があるかも知れませんが、柔軟に対応してください。」
並べられた、大型二台、中型一台、小型二台の前面には『緊急貨物輸送車』の表示が取り付けられている。五人はそれぞれ泊まりに必要な私物を持参し、会社からは念のため必要と想定される防災グッズ、保存食、水、携帯トイレなども積まれた。
それから。
車両の整備担当者が三名がかりで、トラックのボディの左右の側面に何やら大きなシートを貼り始めた。
出来上がりを見て、五人は目を丸くする。
「な!」「これは!」「ヤバくね!」「そんな!」「マジ?」
「おい、ボンジュール、いったいこれは何だ?」
リョウが十里ジュニアに噛みつく。
「あの、リョウ、俺、一応役員なんだからその呼び方は・・・」
「そんなこたーどうでもいい。マジでこれで走れってか?」
そのシートに描かれていたのは、
『We are Truck Girls!』とデカデカと書かれた文字、
運転席には笑顔で手を振る、アニメ調の女性トラックドライバー。
そして、『ドライバー募集中!』の文字の横にQRコード。
#__i_d16f626a__#
「これ、被災された方々から顰蹙かうんじゃないかな。」
「いやそれだけじゃなくて、全女性ドライバーからの反発も招くかも。」
「ネット炎上だな。」
「遂に痛トラを運転することになるのかー」
賛否両論というより、否否片論だ。
ひとり、レイだけは、やや肯定的だ。
「ま、いいんじゃない。別にボクら悪いことしに行くわけでもないんだし。人手不足なのは確かなんだから。」
「そーでしょ、そーでしょう! 運送業界の健全な発展のために、みんなで協力しあおう!」
「しっかし、時間もない中で、他にもいろいろと手配することがあったろうに・・・まあ、その努力に免じて、よしとするか。」
ほんとにコイツが十里運輸の次期社長になるのかとリョウは不安を感じながらも渋々従うことにした。
五人はそれぞれのトラックに乗り込み、荷受けの場所に出発する。
LINEグループの音声通話は基本的に常時オンにしておくことにした。
『みんな、よろしくな。貼ってある“アレ”のことは気にしないで走ってくれ。無理に隊列を組まなくていいからな。ラナやルカは、少しでも困ったことあったら、すぐにヘルプを出してくれ。とにかく安全第一だ。いくぞ!』
「「「「オー!」」」」
ボンジュールこと十里良弘と整備担当の三人、事務所から女性スタッフが出てきて、公道に向かう五台のトラックに手を振って見送った。運転時の制服に着替え終わった十里善作も慌てて外に飛び出してきて手を振り叫ぶ。
「ご安全に!」
「あ、アレ見て!」
「かっこいい。」
道行く人の中には、自分たちのトラックを凝視している人がいる。手を振ってくれる子供達もいる。スマホを向ける若者も。
ロマンは、これはこれで悪くないと思ったが、被災地ではどうだろうか、と気になる。
救援物資を提供する神奈川のメーカーの倉庫に五台のトラックがほぼ同時に到着した。バース(荷物の積み降ろしスペース)の中や周囲には、大勢の人が待機していた。側面のシートを見て、笑う人、かっこいい! と言う人。ここでもまあまあの反応でレイは安心した。
五人のドライバーは、誘導に従いトラックをバースにつけ、運転席を降り、それぞれウィングや後部ドアを開ける。
荷物は、日用雑貨と衛生用品で、段ボールの規格は多様だったが、なるべく同一の商品、同サイズのもので分けられ、パレットに乗っていた。
倉庫の荷出し担当の方々がフォークリフトをフル稼働し、手際よく五台のトラックに積み込む。ドライバーのやることは、荷を降ろすスペースを指示したり、積み込まれた荷物の位置の微調整、固定具合の確認くらいだった。
「ありがとうございす。おかげで積み込みは、あっという間に終了しました。」
「こちらこそありがとうございます。これから長旅でしょうが、どうぞ、ご安全に。」
五人は荷物の固定と戸締まりを再度確認し、運転席に乗り込む。荷積みを手伝ってくれたスタッフの方々が、手を振って見送る。リョウがクラクションを短く鳴らし出発する。
厚木インターチェンジから東名に乗り、目的に向かう。途中で休憩を一回とる予定だ。高速道路は、順調に流れていて、一番左側の走行車線を五台が列をなして走る。追い越していく乗用車の窓からは、大人も子供も少し驚き、手を振る様子がうかがえる。五人も軽く手を振って応える。
ただ、通常と違うのは、リョウたちのような緊急物資輸送車の他に、警察、消防の車両、そして自衛隊の車両が数多く併走し、追い越していくことだ。
『ねえ、みんなに聞いていい?』
スピーカーホンから聞こえてきたのは、レイの声だ。
『どうした?オシッコか?』
リョウが聞き返す。
『もう、そのネタやめてよー! まじめな話なんだからさー。』
わりぃわりぃとリョウが謝る。
『あのさ、今回の仕事って、いつもボクたちがやっている仕事と、どこか違うのかな?』
その答えをみんな考えているのだろう。少し間が空いてロマンの声が届く。
『そうね・・・荷物を届けたいお客さんがいて、荷物を待っているお客さんがいて、私たちが決められた場所に決められた時間に届ける。基本的には変わらないような気がするわ。』
リョウが引き継ぐ。
『そうだな、それは変わんないだろうな。ただし、いつもの仕事と違うのは、ボンジュール(十里ジュニア)が言ってた通り、現地の状況がよくわかっていない。いつもの仕事のやり方が通用するかがわからないってことだ。』
ルカが同意する。
『そうね、普段の仕事も時々無理を言われることもあるけど、一応何をやるかやらないか、契約で決まってるものね。今回は、その場その時の事情に合わせて柔軟に対応しなくちゃいけないかもね。』
『ああ、そうだな、だからルカ、お前さんを頼りにしてるぜ。小回りは効くし、コミュ力高いし。』
小型トラックを運転するルカが今回、なぜ自分がこのメンバーに加わったか、少しわかったような気がした。
『ところでリョウ、ミムちゃんは大丈夫なの?』
ラナが心配する。
『ああ、いつものことさ。ただ今回ばかりは土産を買って帰るのは難しいだろうな。』
高速を降りる時にトラック渋滞が発生していたが、そこを過ぎると、数十キロに渡って続く海沿いの道は、沈む夕日が美しい。今のところ概ね順調だ。
臨時検問所の前で多少待機時間があったが、広域物資拠点となっている大手運送会社の物流センターには、予定よりも早く到着した。夜の闇に包まれた物流センターは広大で、多くのトラックと貨物が収容されているはずだが、整然としている。
ゲート前で五台のトラックは受付を済ませると、所々に立っている誘導員の指示に従い、センター内を進む。所定の場所に車を止め、荷下ろしの準備を始めていると、ほどなく作業スタッフとフォークリフトがやって来て、次々と荷物を降ろしては、淡々と積み上げていく。
ちなみに、誘導や荷下ろし作業を手伝ってくれた方々も、五台のトラックに貼られたシートを見たとき、少し驚くが、その顔は笑っているので、少なくとも悪い印象は持っていないようだ。場内ですれ違うトラックドライバーも同様な反応だった。一人だけ女性ドライバーとすれ違ったが、シートを指さして、サムアップしてくれた。
納品されたそれぞれの荷物の山から、必要な数量が新たにフォークリフトに載せられ、カゴに移し替えられ、次の輸送拠点に運ぶ荷物のセッティング作業が同時に行われている。
日頃の業務で積み重ねてきたノウハウと、近年の災害で得た経験、教訓から、この素晴らしい集配システムが出来上がっているんだな、と『手順マニア』のロマンは感動した。
リョウは、ボンジュールこと十里ジュニアに納品完了の連絡を入れる
この後、五台とも一泊しながら神奈川の別のメーカーの倉庫に行き、再びこのセンターに納品する予定だ。
『状況が変わったので、予定を変更します。』
『え?』
リョウは聞き直す。
『今五人がいる広域物資拠点の物流センターから、市域内の輸送拠点、つまり自治体への配送トラックが足りず、支援の要請がありました。道路の損傷はさほどでもないけど、集積所が広く散らばっているので、輸送に時間がかかっているらしい。』
『じゃあどうするんだ、ボンジュール?』
『だからその呼び方、やめてくれ・・・ リョウとロマンは予定通り、神奈川に戻って荷を積んでください。ただし、もう一往復、追加になる予定です。』
『・・・わかった。あとの三人は?』
『その配送センターから、自治体の集積所への配送を頼みたい・・・このあと三人は事務所を訪ねて、出荷責任者に会って指示をもらって欲しい。ここにいる間、その責任者の指揮系統に入ってもらいます。』
『ここにいる間って、どの位の日数なんだ?』
『一応、明日から三日間と、取り決めています・・・道路の復旧次第では、さらにそこから先の各避難所への配送を頼むかもしれない。』
『・・・さすがに道に不慣れな避難所への配送は厳しいんじゃないか?』
『その時は、地元のルート配送経験者にナビを協力してもらうことになる。』
『わかった。やってもらうしかないよな。』
『うん、避難所でみんなが待っている。それから、路面状況に注意してパンクには気をつけるよう、伝えておいてください。』
リョウは四人に作業変更を伝え、ロマンとともに神奈川に向かって出発した。
ラナとルカとレイは、車を駐車スペースに移し、センターの事務所に向かった。
車中泊をした居残り三人組は、翌朝からセンターの出荷責任者の指示に従い、それこそ臨機応変に荷を運んだ。前回の災害の教訓から、どこの集積所や避難所でどんな救援物資を必要としているか、情報の集約と一元管理が進んだが、そのニーズに応えられるだけの『運び手』が必要数足りていない。
三人のドライバーは、それぞれ別々にあちらこちらの集積所に荷を運んではセンターに戻り、荷を積み込んでは別の集積所に向かった。時間と体力が消耗していく。
カーナビに従って走ればだいたい目的の近くまで行けるが、自治体の集積場に近づくと、道路の損傷が激しい箇所も随所にあり、迂回も迫られた。パンクも怖い。ゆっくり注意深く走るしかない。
二日目から、作業分担がまた変わった。中型車のレイは、そのまま配送センターから各自治体の集積所への配送を続け、小型車に乗るラナとルカは、同じ自治体の集積所から各避難所への配送に変わった。
三日目の朝、ラナとルカが担当している自治体の集積所で、レイは二人にばったり会った。お互い忙しくて、LINEも十分に送れていない。
「ねえ、二人ともいくらルート配送をやってたからって、見知らぬ土地でやるのはきついんじゃないの?大丈夫?」
レイが心配する。
「確かに大変だけど、何とかなってるわ。荷積み作業は集積所のスタッフさんがやってくれるし、地元の方が添乗してくれて、道案内や、避難所の方々へ荷下ろしのお手伝いもお願いしてくれるの。」
ラナが答える。
「そう、色んな人が手伝ってくれて助かる。昨日、なんか威勢のいい炊き出しのボランティアのお兄さんが、荷物担いでくれたし、余ってるからって豚汁のお裾分けももらえたし・・・」
ルカも何とかなっているようだ。
「あとね。あのトラガールのイラスト、結構評判いいのよ。」
ルカが続ける。
「子供達が指さして喜んでるし、大人・子供問わず、アレをバックにして『一緒に写真に映ってもらえますか』って頼まれるの。」
「そっちもそう? 内心、こんなことしてていいのかなって思いつつも、みんな喜んでくれてるものね。元気になってくれるんなら、まあいいかなって。」
ラナが嬉しそうに話す。
レイはちょっと不機嫌顔だ。
「ボクもそっちに行きたいなあ。でもさ、十里ジュニアの思うつぼじゃん。それは悔しいなあ。」
「ハハハ、でも・・・早くお風呂入りたいね。」
「「ほんと、それ!」」
五人が広域物資拠点である大手運送会社の配送センターに来てから五日目の午前、リョウとロマンが神奈川のメーカーからの救援物資を届けに来た。結局彼女らは、関東と被災地を三往復した。ラナとルカとレイは、午前中の配送でミッション終了だ。
避難所を後にするラナに、子供達が大きく手を振ってくれた。
泣いてる姿を見られたくなくて、振り返ることができなかった。
ルカは、炊き出しボランティアのお兄さんから餞別に握り飯を五個渡された。
「よお、お疲れだったな。」
リョウがねぎらう。
「リョウもロマンもお疲れ!」
レイが二人にハイタッチを迫る。
「さて、そろそろ行くか!」
結局五人がそれぞれ、かわりばんこにハイタッチをした後、リョウが促し、それぞれのトラックに向かった。
「ちょっと待ってください!」
配送センターの事務所の女性が何人かこちらに走ってくる。
「お疲れ様でした・・・あの、私たちも一緒に写真撮らせてもらっていいですか?」
「私たち『も』?」
「ええ、ご覧になってません?」
と言って一人の女性スタッフが五人にスマホでXの画面を見せ、次々とスクロールする。
「「あ!」
ラナとルカが同時に声を発する。
避難所でトラックの側面のイラストを背に、子供達とポーズを決めるラナ。
おじいちゃん、おばあちゃんに囲まれてにっこり顔のルカ。
それぞれのツイートに、フォロー数も結構ついている。
「お前ら、そんなことやってたのか? よくもボンジュールに加担しやがったな!」
「まあ良いじゃん、みんな喜んでもらえるんならさ。ボクらも撮ってもらおうよ!」
レイはノリノリだ。
広大な屋外駐車場に、イラストがよく見えるように五台のトラックを斜めに並べた。
すると。
センターの建物から、ワラワラと働いていた人々が出てきてトラックの前に集まる。その数は百人くらいか?
五人のトラガールは集団のセンターに並べられ、建物の二階から、スマホで何枚も写真が撮られた。
そして五台のトラックが、センターのゲートから出て行くまで、その集団はずっと手を振り続けていた。
五日間のミッションを終え、帰路につく五台のトラック。
五人はLINEの音声通話用のスピーカーをオンにする。
『みんな、おつかれ。大変だったな。』
『うん、すごく大変だったけど、すごく良い経験させてもらった。』
ラナは前向きだ。
『ほんと、何が大変かって、五日間もお風呂に入れなかったこと。避難所で暮らしている人は、ほんと大変なんだなって思った。』
『そうか、でも、レイは五日でも一か月でも風呂入らなくて全然平気だと思ってたけどな。』
『もう!ボクのこと、何だと思ってんのさ!』
スピーカー越しにみんなの笑い声が聞こえる。
『でもさ、きれい好きっぽいロマンが、お風呂! って全然騒がないね。』
『ああ、私とリョウは、サービスエリア泊まりの時にシャワーしているから。』
『ああ、ズルい!』
辺りが次第に暗くなってきている。車の後方に日が沈んで行くのがわかる。
すっかり日が沈んてしばらくして、スピーカーホンからロマンの声が聞こえた。
『ねえ、この景色って、まさにあれじゃない?』
『あれって何だよ?』
『ほら、ルカのお店でレイが言ってたの。』
『ああ!【月の沙漠】。』
海岸線を走る道路、その脇に広がる砂浜。その向こうは濃いブルーの海。空には、星と・・・・丸い月も出ていた。
それを背景に、隊列を組んでゆったりと走る五台のトラック。
『これがレイが言っていた、夢の景色ね!』
『でもさー、思うんだけど・・・』
『レイ、なんかイメージと違ったか?』
『いや、まさにイメージぴったりなんだけど・・・ボクがここで運転してたら、五台のトラックの隊列が見られないじゃない。』
『ははは、確かにそうね。』
ラナも残念がる。
『レイ。見るんじゃなくて、感じるんだ!』
『リョウは難しいこと言うなあ。』
#__i_112e67dc__#
その後、レイの声はしばらく聞こえなくなった。
ひょっとして泣いているのか? とみんなが思い始めたころ、リョウはある気配を察知した。
『レイ、それだけはやめろ! ムードぶち壊しだ。』
『えー、いいじゃん。せっかくのチャンスなんだし。』
レイは構わず、歌い出す。
【月の沙漠】を。
レイの素直な歌声は、みんなの心に滲みた。
だが。その後が、いけなかった。
気をよくしたレイがもう一曲歌い出す。
マイウェイ、改め【Your Ways.】。
スナック涙花の謎の常連客がアレンジしたこの歌を、
そのオジサンばりの、超ビブラートでレイは歌い上げた。
リョウはそれを恐れていたのだ。
この道をずっと走っていたい、というレイの願望空しく、そろそろ東名のインターに着く。ここらで夢の景色は終わりだ。
五人と五台は足柄サービスエリアをめざし、『金時湯』で久しぶりのお風呂を堪能した。
湯船の中での四方山話で、ルカが遭遇した、赤いキッチンカーと赤い小型トラックの炊き出しコンビの一人が、リョウの元夫であることが判明した。
ルカはリョウの元旦那さんから握り飯を五個もらったことを思い出し、風呂上がりにみんなに分けて食べた。
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