赤いヒーロー

 東京インターチェンジから東名に乗って三時間少々。

 430休憩も兼ね、リョウはウィンカーを出して新東名の長篠設楽原パーキングエリアに入った。


 今日は日帰りで、東京から愛知県岡崎市の工業団地に自動車部品の配送だ。貨物は昨日のうちに群馬で積まれ、日をまたいで出発した。

 積み荷は鉄製の部品も多く、「かさ」の割に重い。いつもに増してボディへの固定は入念に行った。


 そこは、パーキングエリアの割に広く、サービスエリア並みに駐車スペースは十分にある。

 リョウがここで休憩をとるのは初めてだが、戦国大名ゆかりの地で、全国から観光で来る客も多いらしい。

 「長篠の戦い」で織田信長が本陣を構えた跡地と隣接していて、このパーキングエリアからも歩いて行ける。


 店舗の外観は和風の作りで、脇には鉄製の展望台が建っている。

 建物の周りでは、武将の紋が入った沢山の「のぼり旗」が風にはためいている。

 リョウは特に戦国武将マニアでも何でもないが、この地で戦った織田信長、徳川家康、武田勝頼の名前くらいは聞いたことはある。

 強いていえば、その中では何となく織田信長が好きだ。少し、別れた元夫とイメージが重なる。アイツみたいに、信長は女には冷たい自己中のサムライだったのだろうか。


 自販機にまで紋が入っている。ペットボトルの緑茶を買うと、

「鉄砲三千丁の三だんウチ、とくと見よ!安全第一、ゼヒに及ばず!」

 という信長の声がやや高圧的に流れた。『安全第一』は、運営会社の配慮からだろうか。


 店内も和の造りだ。

 一角には、真っ赤な甲冑が飾ってある。その脇では女子たちが、これまた真っ赤なマントを羽織り、金屏風の前で火縄銃を構え、スマホで写真を撮りあっている。

 展示コーナーには何種類かの火縄銃が飾ってある。中にはバズーカ砲みたいなのもあり、あれはさすがに担いで歩けないだろ、大砲みたいに固定して撃つんだろうなとリョウは推測する。

 お土産コーナーでも火縄銃や日本刀のレプリカが並んでいる。


 「長篠陣屋食堂」と表示されたレストランに入る。この地で戦った武将に因んで「家康鯛天丼」、「武田の鶏塩ラーメン」、「信長赤味噌ラーメン」がオリジナルメニューとしてあるが、赤味噌ラーメンを選んだ。やっぱり信長は赤か……


 トッピングされている赤味噌を溶きながら食べる。だんだん濃い味になる。信長の好みはガッツリ濃い味系?


 食べ終わるとリョウはお土産コーナーに向かう。遠出の仕事の時は、いつも娘のミムにお土産をせがれているからだ。

 今日のミムは、フルーツ系をご所望。

『三ケ日みかんぷりん』。これにしようか。もう少し見て回ると『信長のりんごいっぱい』というのもあった。これはアップルパイをもじったネーミングらしい。でも、何でりんご? この辺りはリンゴの産地ではないような。やっぱ、「信長は赤」だからか?


 みかんとりんご、どっちにするか迷う。リョウはスマホを取り出し、母のスマホに電話する。

『ああ、母さん、ミムに代われる?』

『何よ、私はただの呼び出し係?』

 リョウの母親は少し不満そうだが、すぐにミムが電話口に出る。


『ママ、なあに?』

「あのさ、お土産なんだけど、みかんのプリンとアップルパイ、どっちがいい?」

『ん-、アップルパイかな』

「そうか、ミムは信長派か」

『何それ?』

「いや、今、『おさむらいさんたちのパーキングエリア』にいるんだけどさ。ノブナガは、よろいも、マントも、みそラーメンも、おみやげも、みんな『赤』でさ」


『ふーん……ノブナガって、センター好きなんじゃない?』

「え?」

『ほらだって、“なんとかレンジャー”って、だいたい、レッドが、まんなかじゃない?』


 なるほど。


 リョウは、電話を切り、『信長のりんごいっぱい』を買い、店の外に出る。

 鉄製の展望台(物見櫓というらしい)に登る。山に囲まれた平野を一望できる。ここがかつて『長篠の戦い』の戦場だったのか。

 てっぺんには案内板があって、向かって左側の山が織田信長の本陣跡らしい。あそこで赤い甲冑を着けて『レッドとして』陣頭指揮をとっていたのだろう。


 約束の到着時間まで、まだだいぶ時間がある。

 トラックに戻るとスマホで30分経ったらアラームが鳴るようセットし、キャビンの仮眠スペースに潜り込む。


 変な夢を見た。

 リョウが知っている戦国武将たちが、現代にタイムリープし、戦隊ヒーローの『中のヒト』になっている。


 確か、

 徳川家康がブルー、

 豊臣秀吉がイエロー、

 上杉謙信がシロ、

 伊達政宗がクロ、


 そして、

 織田信長はレッド。


 ピンクはいなかった。


 レッドはやはりセンターでポーズを決めていた。


 武将のヒーロー達は、若いママの間で人気者になったが、レッドは女性には冷たいとの噂が立ち、賛否両論だった。

 戦いが終わり、『中のヒト』に戻ったレッドの姿は、別れた元夫に似ていた。


 ここで、リョウは目を覚ます。

 いまいち、目覚めが良くない。


 トイレに行き、洗面台で顔を洗い、化粧と髪を直す。

 大型トラックをぐるりと回って点検し、キャビンに戻る。

 リョウは、ゆっくりと車を出し、新東名の本線に向かった。

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