車間距離と人間間距離
夜の中央自動車道、上り線。
ロマンはリョウが運転する大型トラックを追っていく。
大口荷物の配送と積み込みのために、長野県飯田市~東京間を「二台口」のランデブー走行で、東京に帰還中だ。
リョウの安定した、かつ優雅な走りっぷりは、アップダウンとカーブが多い中央道で、より際立つ。前を走る乗用車と適切な車間距離をとり、そこに他の車が割り込んできても、徐々に間をつくり、再び適切な距離感を保つ。
リョウが収まっているキャビンに複数のカメラを取り付けて、ギアチェンジのタイミングとエンジンブレーキの効かせ方、コーナーリングのハンドル捌きなどを参考にしたいとロマンは真剣に思った。そして、自分の前を走る大型トラックから、大海原を悠々と泳ぐクジラをイメージした。
双葉サービスエリアまで二キロメートルの表示が出ると、リョウがウィンカーを出した。
この時間、サービスエリアの駐車場は、『深夜割』のために時間調整をするトラックで混雑することが多いが、この日は土曜の夜だったこともあり、ガラガラだ。リョウが停めた車のすぐ隣に、ロマンは大型トラックを並べる。ここは山々の眺望が楽しめるサービスエリアだが、この時間、周囲は真っ暗闇だ。
フードコートでコーヒーを飲みながら、ロマンはリョウの運転の感想を率直に述べた。
「リョウの運転は、一般道でも高速でも、ほんと勉強になる。前、ツーマンやったとき、私、休憩時間はほとんど仮眠スペースにいたけど、助手席でよく見ておくべきだったわ」
「そんな大したことねえよ。ただ、車のスピードや動きに急な変化を与えないようにしているだけ。お前さんの運転だって、なかなかのもんじゃねえか」
「うーん、私は、車間距離の取り方がイマイチだと思うの。少し車が多い高速だと、いい感じで距離を空けようとして、ついついスピードを上げたり下げたりしちゃうし……今日みたいに、リョウが安定したペースをキープしてくれると、すごく走りやすい」
「前の車と安全な距離がとれて、周囲がちゃんと見渡せたら、回りの車がどうだとか、あまり気にしない方がいいんじゃねーの」
「……なんか、リョウの話を聞いていると、人と人との距離の取り方に通じてるような気もするな」
「そうか? むしろオレはそっちの方がダメだ。知っての通り、あまりグイグイ詰め寄りすぎて一度大失敗してるし」
「ごめんなさい。いやなことを思い出させて」
「いや、構わねえんだけど。でもさ、車間距離と、人間の距離のとりかたって、そんな似てるか?」
「リョウが言ったみたいに詰め寄りすぎると衝突する危険があるけど、あまり離れすぎていると、安全かも知れないけど、不安で少し寂しい」
ロマンは、空になった二つの紙コップの位置をコツンとぶつけたり遠ざけたりしながら説明する。
「え! お前さん、ガラ空きの道を『寂しいの』って思いながら走っているのか?」
「うん、少しね」
「ちょっと人間関係の話に寄ってねえか? まあ、遠距離恋愛しているお前さんとしてはそうかもなあ。オレなんか、せいせいするけどな……やべ墓穴掘った」
「平常心でいられる距離のとりかたって難しいわ」
「また、ロマンはすぐそうやってクソ真面目に考える!」
「そういう意味じゃ、ラナとかルカとか、ホドホドな距離のとりかたがうまいと思う……『曖昧な距離感』っていうか」
「そうだな、ルカは店に出ていて、客のイナシかたなんかも手慣れたもんなんだろうな……でも、二人とも、恋愛が絡んでくると、わからんぞ」
「確かに。あの二人からそういう話、全然聞いたことないものね」
「こないだのLINE会の時も口割らなかったしな」
「その点、レイはどうなのかしら。普段はパーソナルスペース無視して、どんどん詰めてくるけど」
「LINE会の時、恋心が芽生えたの高二の頃って言ってたから、ちょっと奥手で、相手との距離のとりかた、迷うタイプかもな」
初恋が高二って奥手なのかしら、とロマンは内心思ったが、それは口に出さなかった。
リョウはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「ラナとルカは、吐かせるのが難しそうだが、レイはイジクリ甲斐がありそうだな」
ロマンがたしなめる。
「ちょっと! あの子、小説書いてるんだから、逆にいつのまにか根掘り葉掘り聞かれて、ネタにされちゃうかもよ……あ、でも、リョウが『距離間詰めすぎて、何が起きたか』物語、読んでみたいかも」
「お前さん、なかなか悪趣味だな」
◇ ◇ ◇
「ハックショィ、ハックショィ」
その頃、自室で眠りについていたレイは、いきなり大きなクシャミが二回続けて出て、目が覚めた。
いよいよ、花粉症になったかと、暗闇の中スマホを手探りで探し、近所の耳鼻科の評判を調べた。
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