北関東のうどんタクシー
「レイさん、検品完了。サインしといたわよ。」
荷受け担当のサキさんから、サインしてもらった伝票を受け取る。
群馬県の配送センターで、昼前に貨物室満載の荷物を降ろし、配送完了。いや、正確に言えば、降ろしていただいちゃった。サキさんがフォークリフトで手際よく、さばいてくれた。ボクもそろそろフォークリフトの、免許とらないとなあ。
今日は、ここで荷を降ろしたら、業務終了。カラ荷は効率悪いけど、積み荷がないんだからしょうがないもんね。
帽子をとり、センターの方々に深々と頭を下げ、中型トラックに乗り込む。
エンジン始動。これで今日の仕事はおしまい。
罪悪感みたいなのと、開放感がマゼマゼな心持ちのまま、ゲートから街道に出る。
中型の免許をとってまだ2か月。荷の量と運ぶ距離の長さからから、中型車の方がしんどいかなと思ったけど、意外とそんなことはない。荷の積み降ろしの回数が少なく、カゴやパレットでまとまっているので作業しやすい。
一番気を遣うのが、「指定の時間の少し前」に届けること。早すぎても荷受けの現場の方々が困るし、遅れるのはもってのほか。絶妙のタイミングで到着して、荷を降ろし、帰路につく。
この瞬間が中型車の仕事の醍醐味かも、とボクは思う。
「さて、と。」
東北道の最寄りインターの佐野藤岡に向かわず、下道を進む。
行ってみたいところがあった。
うどんの自販機のあるコインスナックだ。
少し前からテレビ番組で取り上げられるようになって、なんとなく惹かれている。
目的地の配送センターに出発する前には、スマホで近場にコインスナックが無いか探す癖がついた。
今日のセンターのそばにも一件あったけど、前に行ってみてびっくり。店内の片隅に自販機が何台か置いてあり、うどんの自販機もあるにはあったけど、使えず。まるで廃墟だった。
その近くに、もう一件あったのをこないだ来たときは見落としていた。今日はそこで『うどん再チャレンジ』だ。
ナビに従ってしばらく走ると赤い帽子が目印の看板が見えてきた。駐車場も広い。なんか、高級車っぽい個人タクシーも停まっている。
お昼ごはんに「自販機製」天ぷらうどんと、トーストサンドを食べる。そんなに味には期待してなかったけど、うどんはスープも具もまあまあ。特に病みつきになるヒキの要素もないけど、少し時が経つとなぜかまた食べたくなる味だ。
まだまだ食べられそうなお腹の具合だけど、積み込みも荷降ろしも楽しちゃったし、カロリーコントロールのために、今日はこの二品に留めておこう。
容器の回収コーナーの側の席では、スーツ姿にネクタイのおじさんがチャーシュー麺を食べている。ナルトに、大振りのチャーシューが二枚。こんど来たとき、あれ食べようかな。
その時、チャーシューを箸上げしたおじさんと目が合った。
箸を上げたまま、口を開けたまま。動作が停まったおじさん。
しまった! ボクも釣られて口を開けていた・・・
「あんた・・・チャーシュー欲しいの?、コレ食べる?」
おじさんは、口に運ぼうとしていたチャーシューをボクに差し出してくる。
そんなにモノ欲しそうに見えた?
イヤイヤイヤ、それ食べかけでしょう!?
「あ、ジロジロ見てゴメンなさい。結構ですので。」
「まあそうだよな、食べかけだもんな。・・・じゃあこうしよう。」
そのおじさんはちょっと待ってて、と言ってチャーシュー麺を速攻で平らげる。容器を片づけ、席を立つ。
「こっちこっち。」と手招きする。
そっちはゲームコーナーで、おじさんの前にあるのは、レトロの格闘技ゲーム。
「勝負勝負。これであんたが勝ったら、チャーシュー麺、奢ってあげる。」
「え、でもボク、やったことないし。」
「なに、基本的に三つの操作だけだから。初心者でもチャンスあるよ。」
このおじさんのバーチャファイターの実力はまったくわからないが、ド初心者のボクが勝てっこないのは明らか。
「ハンデで、五戦して一勝でもしたら、勝ちでいいよ。」
「あの・・・負けたときは?」
「ハハハ、気にすんなって。」
気にすんなってどういう意味だろう?
よくわからないまま、おじさんの奢りでコインが投ぜられた。
・・・もちろん、完敗。
いったいボクはどうなっちゃうの?
おじさんは、スタスタと「うどん・ラーメン」の自販機の前に行き、お金を投入する。
ボクはあわてて側に駆け寄る。
「あの、ボク、負けたんですけど。」
「いいからいいから。」
そう言って、出来上がったばかりのチャーシュー麺をボクに差し出す。
「・・・ではお言葉に甘えて・・・いただきます。」
チャーシューは・・・うまい。でもあまり、ゆっくり味わえん。
おじさんはテーブルを挟んで、ニコニコしながら、ボクがラーメンをすすっている姿をガン見している。
「僕はね、北海道の出身なんだけど、当時あっちではね、こういう街道沿いだけでなく、町ナカにもコインスナックがあってね。」
おじさん、いきなり語り始めた。
「飲み物や食べ物に並んで、エロ本とかも自販機で売っててね、僕ら不良中学生のたまり場だった。」
「・・・そうだったんですか。」
我ながら気のない相づちを打つ。
「ある日、そこでケンカした馬鹿どもがおって。コインスナックの立ち入りは学校が禁止にしてしまった。」
「・・・」
「そしていつのまにか、その店は無くなってしまった。そこの自販機の食い物、全種類、制覇したかったんだけどねえ。」
「・・・」
「いつまでもあると思ってると、後悔するよ。」
「・・・それで奢ってくださったんですか?」
「ははは、チューシュー食ってるところをあんな顔で見られたら、ほっとくわけにはいかんだろ。」
今、確実にボクの顔は赤くなっているだろう。
「僕はね、個人タクシーやってるんだけどね、テレビ取材のせいか、いるんだよ結構。『うどん自販機』の店まで乗せてってくれってお客さんが。」
駐車場のシーマは、このおじさんの車だったのか。
「じゃあ、そろそろ仕事に戻らんと。」
おじさんは席を立つ。
「ほんとうに、ごちそうさまでした。」
「また会おうな、兄ちゃん。」
えええ!!
このオッサン・・・ボクのこと、ずっと男だと思ってたの!?
ボクは、腹の虫が収まらず、再びお礼を言う。
帽子を取り、留めておいた髪をぱあっと広げ、なびかせながら。
「またお会いしましょう。」
目が点になる。おじさん。
「こ、これは失礼した!」
おじさん、ドアを閉める前に、さらに一言。
「どおりで、綺麗な顔した兄ちゃんだと思った。」
もう遅いわい。
帰りの東北道。LINEの音声通話で、リョウとロマンに愚痴ったら、無茶苦茶ウケてた。
ボクは、小説を読んだり書いたりするのが好きだ。
トラックに乗ってるか、読んでるか、書いてるか、寝てるか。
ぜったい、あのおじさん、ボクの作品のどこかで、変な役で登場させてやる。
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