第6話 ナーロッパの常識

 異世界転生の舞台は、大体中世ヨーロッパスタイル。

 けれど、現代日本人が普通に暮らせちゃうナーロッパの世界観。魔法の存在を言い訳もとい根拠にして、文明の発展インフラが整備されていた。


 電気やガスのエネルギー事業、水道局、交通網、通信施設など、規模の大きい街ほど普及している。


 とても蒸気機関で産業革命どころじゃない発展っぷりだが、過去の転生者が科学TUEEEした結果だろうか。値が張る宿では、岩盤浴やフィンランド式サウナ・ロウリュが体験できる。今まで全く疑問に思わなかった。現代人の記憶がすっぽり抜けてたぜ。


 ジャグジーバスを満喫した俺は、例の計画の下準備を済ませつつギルドへ向かった。

 併設された酒場兼食堂は、主に冒険者たちのたまり場である。LEDは流石にないものの、ランプの照明とロウソクの灯が埃舞いカビ臭い空間に光をかざした。


 腕っぷしの強そうな荒くれや騎士風の鎧姿、漆黒のマントを羽織った盗賊、怪しい商売に熱心なターバンを巻いた商人。なるほど、冒険者も千差万別だ。


「この光景、改めて見ると渋谷のハロウィンを思い出すな」


 ナウでヤングがコスプレ乱痴気騒ぎに興じる中、もちろん俺は会社でエンドレス残業。

 俺は労働に精を出していたけど、お前らは一体どこへ精を出して――羨まけしからん!


 もういいんだ、過去は日本に置いてきた……振り返ることなかれ。

 忍び難きをしのび耐え難きをたえ、涙を拭っていくばかり。


「おう、カフク! あいかわらず、しけた面してんなッ。酔いが醒めちまうぜ」

「エリートに寄生して、利益掠め取りやがってハイエナ野郎っ」

「ワイも勇者に人生キャリーされてーなー、ワイもなー」

「うるさいよ。まあ、おっさんたちの指摘は間違ってないけどな」


 ガハハギャハハと騒ぐ顔見知りに挨拶がてら、奥のテーブルを目指した。


「遅いっ! おじさんのくせに、レディを待たせるなんてサイテーッ! 罰金よ!」


 開口一番、とんがり帽子が騒いだ。

 俺はじろりと見つめ、視線を移した。


「そんなに待たせた? 悪い、ニニカ。買い物行くって聞いたから、半身浴にうつつを抜かしてた」

「大丈夫ですよ、カフクさん。私たちも今来たところですから」


 小さく手を振るや、コップの水を一口飲んだニニカ。


「カフクさんお風呂好きですね。私はゆっくり浸かるのが苦手です」

「あぁ、風呂は日本人の魂だから。なるほど、体は覚えてるってやつだ」

「ニホンジン?」

「いや、何でもない。気にするな」


 同郷の人、探せば見つかりそうだ。最初から記憶を持ち込めたのか、ぜひ聞いてみたい。


 ニニカを観察すると、花柄ワンピースの上にストールを羽織っていた。

 いとカジュアル。プリーストの格好はあくまで仕事着らしい。

 ユニシロやらズィーユーで売っていそうな洋服……? ファッション?

 きっと、アパレル店員の転生者がファッション無双した結果だろう。知らんけど。


「あたしを無視するなぁー! ニニ姉もちゃんと怒ってよっ」


 魔女っ子がムキーっと抗議した。


「あらあら、ハレルヤちゃん。カフクさんが待ち遠しかったんですか? ふふ、ずっとソワソワしていましたから」

「入口の扉が開く度、何度も顔を上げて落胆するを繰り返してたね」

「は、はぁ~!? そそそそんなわけないでしょ! 勘違いしないでくれる? あたしはお腹ペコペコなの! ナギが全員揃わないと注文しないって面倒言うから!」


 ハレルヤがフンとそっぽを向いてしまう。

 まるで、ツンデレ。中学生の頃、この手のヒロイン流行ってたなあ。

 もちろん、勇者パの女性陣は勇者が好きなわけで。勘違いしないんだからねっ!


「おじさんのせいで不愉快な誤解されたじゃない! アンタ、バツとして奢りなさいよ」

「仕方がねえ、お子様ランチ一つください」

「お子様ランチ! パフェに旗付け――って、誰がお子様じゃぁぁあああっっ!」

「目を輝かせてからのナイスツッコミ」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐハレルヤの姿、やっぱレストランに出没するクソガキなり。


「ニニカ、幼女先輩がご立腹だ。なだめてもろて」

「よしよし」

「子ども扱いするんじゃないわよ!」


 俺は一旦、食堂のメニューへ興味を移した。

 ……カレー、スパゲティー、麻婆豆腐、ミラノ風ドリア、ハンバーガーねえ。

 ここはファミレスか? なぜ、異世界にお馴染みの料理が存在するのか。

 料理人の転生者が――以下略。深く考えるのはやめよう。いい加減、疲れちゃう。


 ナーロッパには、サンドイッチ伯爵が不在でもサンドイッチが存在する。

 そういうものである。異世界には魔法で解明できないものがうんぬんかんぬん。


「じゃあ、全員揃ったから注文しよう」

「ナギサはカニクリーム定食。ニニカはハンバーグステーキセット。ハレルヤはオムライスとヨーグルトパフェだろ。すいませーん!」


 給仕の人に頼むと、なぜか目を丸くした仲間たち。


「あ、注文間違えた?」

「僕に関しては正解だよ。カニクリーム定食を選ぶって、どうして予想できたんだい?」

「なぜって? お前らの好みと昨日注文したメニューで予想しただけだが?」


 一応、何度も一緒に冒険して共に食卓を囲んだ仲だろ。真の仲間じゃなくても、無関心の無頼派足手まといにあらず。カフクは、他力本願足手まといや!


「流石、俯瞰のカフク。僕たちをしっかり把握してる」


 初めて聞いたわ、その異名。二度と言わないで。


「私も当てられちゃいましたあ」

「ニニカは肉食系聖女(健全)だから簡単」

「汝、他人のお金で頂くお肉は美味しい。てへっ」


 そして、ペロである。

 プリーストの宗派は存じ上げないけれど、かなり戒律が緩い聖職者サークルかしら?


「ふん、昨日のディナーを全員分覚えてるわけ? おじさん、キモッ」

「大人ぶってブラックコーヒー嗜んで、気持ち悪くなったロリめ」

「アンタ、どこから覗いてたの! このストーカーッ」


 ――お客様、店内で騒ぐのはおやめください。

 シンプルに、給仕の人に怒られた。

 はぁ~、これだから子供連れはやんなっちゃうわぁ~。モラルってご存じ?

 そんな視線を感じつつ、そんな客層はギルド食堂にやって来ない。

 俺たちは静かに、食事する。黙々とモグモグタイム。


 そういえば、外国へ行くと日本食が恋しくなるらしい。帰国して真っ先に向かう場所が空港の牛丼店で、白飯と味噌スープの味に感動するとかしないとか。

 異世界転生する予定の人、安心してください。ナーロッパには、寿司・天ぷら・焼き鳥・肉じゃが、その他もろもろ揃ってます。ラーメン、つけ麺、タンタンメン。


 日本と貿易できる僕は、取り寄せスキルで成り上がります。異世界転売ヤーで丸儲け。

 ……絶対いるはず。できれば、その手のチート持ちとコンタクトを取りたいなあ。

 スマホを輸入してもらい、搭載AIに異世界を攻略させる。まるで、人工知能だな。


 うどんをちゅるちゅる吸いながら、俺の伸びきった根性とダンチなコシを味わった。

 さて、仲間たちもごちそうさま。若干一人、クソガキが満面の笑みでパフェを享受している。しょうがないな、3分間待ってやる!


 俺は、頭の中で先の展開を何度もシミュレーション。大丈夫、やれる!

 真の無能は、下準備を欠かさない。

 考えなしの行き当たりばったり? おいおい、実力不足アピールが成功しないでしょ。アドリブで乗り切れるの、優秀な人だけだぞ。


「戦利品の換金、どれくらいだった? クエスト報酬は結構多かったね」

「勇者ご指名の緊急クエだったし、特別手当だ」


 夕食後、落ち着いたところで本日の戦果を確認する。

 勇者パのルーティーンゆえ、仕掛けるなら今である。


「クックック、今日は稼いだぜえ。ソーラーロックをたくさん倒して、良質な鉱石を鍛冶屋で売りさばいてやったよ。道中のレアドロップは行商人と皮革工房に卸してやった」


 悪徳商人よろしくニヤリと笑みをこぼした、俺。


「人相が悪いですよ? お祓いしましょう」


 ニコニコなニニカ、清めのソルトをお茶へぶち込んでいく。

 いとも容易く行われた所業に、俺は戦慄せざるを得なかった。


「良薬は口に辛し」


 これが塩対応というやつか。しょっぺ。


「五目が長いわね、年寄りは。さっさと教えなさい」

「ご託、な。五目は並べてろ、せっかちなお子様。あと、俺はまだ初老じゃない」

「ふんっ、人の間違いにねちっこいわね! おじさんがモテない理由よ」

「うるせー、俺がモテないのはパッとしないからだ! って、何言わすんだ!?」


 そして、ノリツッコミである。

 プークスクスと笑う魔女っ子へ、復讐するは我にあり。


 許さねえ。とびきりの怪談を仕入れて、夜一人でトイレに行けなくしてやるッ。

 餅つけ……もとい、落ち着け。冷静になれ。ペースを乱されるな。いや、俺は無能ゆえ簡単にペースを乱される。良い傾向だ。ポジティブシンキングがてら深呼吸せよ。


 段取りが悪くても、言いたいことを結論へ導け。

 社畜時代、散々否定前提のプレゼンをやらされたでしょ。

 それ、意味ある? 前例がないから、ダメ。売れるかわからないから、ボツ。思い出せ、かつてのブラック会社――否、思い出したくない。うっ、体に拒否反応が!?

 テーブルの下、ガクブルな両膝両手を押さえつけた。だいじょべ!


「よーし、お前らぁっ。最近じゃ、一番いい稼ぎだった。発表するから、期待し……っ! あぁぁああああアアアア――っ!?」


 リュックサックをまさぐっていた腕が止まり、衝撃の事実に気づいた俺の表情は真っ青間違いなし。怖気が走った顔、風呂場の鏡で練習したって皆には内緒だぞ。


「何か問題かい?」

「ない、だと……うせ、やろ?」

「顔色が悪いですよ。お祓い――」

「それはもういい」


 しょんぼりニニカ。


「ハッキリしなさいよ。どうせアンタがミスしたんでしょ?」


 億劫そうに頬杖を付いたハレルヤに、俺は管理能力の欠如アピールを遂行していく。


「……すまん。財布、なくした。あと間違えて、皆の武器預けちゃった」

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