一身上の都合で追放されたいのに勇者がいい奴すぎて辞められません。荷物持ちがお荷物だと分からせようとしたら、活躍しちゃってもう遅い。

金魚鉢

第1話 理想のプロローグ

《プロローグ》

「悪い、正直もう限界なんだ。この際、はっきり言うよ……カフクをこれ以上旅に同行させられない」


 開口一番、パーティーリーダーの勇者ナギサは神妙な面持ちだった。

 本日の冒険が一段落つき、ギルドへクエスト完了を知らせた直後である。宿屋の一室に戻るや、なぜか仲間たちに出迎えられてしまう。


「おいおい、冗談はやめてくれ。俺はもうツッコミに回す元気なんてねーぞ?」


 げんなりとため息交じりな俺。

 今回のダンジョン探索は大変だった。あぁ、仕事上がりの一杯が恋しいぜ。


「キャハハ、辞めるのはアンタの方でしょ! あいっかわらず、おバカさんね」


 耳をつんざくような甲高い声を発したのは、仲間の魔法使いハレルヤ。大人をなめくさったクソガキ感マシマシな魔女っ子など、本気で相手にしていられない。


「ナギサ様の言葉は真実です。カフクさん、ようやく決別の日が訪れました」


 聖女と評判な神官ニニカが慈悲なしと、薄い笑みを浮かべている。


「……何、だと?」


 三者から拒絶の視線を受け取って、俺の疲労感は一気に引っ込んだ。代わりとばかりに冷や汗が背中を湿らせていく。


「いや! いやいや! どういうこ」

「今回のクエスト、カフクの実力をテストしていたんだ。はたして、君が勇者パーティーの一員として劣っている事実を覆せるのか? 前々から薄々感じていたけど……結果は残念だった」


 ナギサは静かに首を横に振った。


「ぷぷ~、ちゃんと言ってあげなさいなナギ! こいつ、いい加減足手まといじゃん! 同郷のよしみで仲間にしてあげたのに、まるで役立たずとか雑魚乙」

「……っ、た、確かに戦闘力に欠けている! けど、俺はパーティーを支える後方支援に特化したスキル持ちだろッ」


 ハレルヤのニヤケ面に反論すれば、


「サポートの重要性は否定していません。ただ単純に、カフクさんの能力が私たちの要求に達していないのです」


 淡々と事実を告げるかのようなニニカ。

 勇者パーティーの平均レベルを下げていたのは事実。しかし、サポート型の俺はモンスターと戦う前衛と比べてしまえば、タレントレベルに差が生まれるのは必然である。


 さりとて、優秀な仲間に後れを取るまいと惰眠を貪っていたわけにあらず。皆が休息する間、幾度となく経験値稼ぎだって行ってきた! 何度、日の出を拝んだことか。


「アンタはお払い箱なの、お払い箱。ほら、シッシ。ねぇ、今どんな気持ち? 勇者に寄生プレイして散々甘い蜜を吸った感想を聞かせなさいよ」

「俺だってパーティーに貢献してきただろ! ダンジョンのマッピング、モンスターのデータ収集、アイテム管理にクエストやギルド施設の手続き……っ!」

「こ・う・け・んw アハハハハ! それ、ぜぇ~んぶ誰にでもできる雑用じゃないっ」


 心底愉快らしく、ハレルヤが腹を抱えて噴き出した。

 ロリの評価など別に気にしない。俺の好みはナイスバデーな美人ゆえ。


「残念ですが、私とハレルヤちゃんが分担できる内容かと。勇者を支えるメンバーとして、替えの利かない役割ではありません。ナギサ様の恩情に甘えるのは潮時でしょう」

「俺には特別なタレントがない。だから、足手まといってか?」

「自分の胸に手を当てて考えてみてください。カフクさんに良識があれば、思い当たる節が見つかるはずです」


 ニニカは優しく諭すようだったが、実際は自ずと身を引けの命令形。

 そうか、お前らの俺に対する評価がよく分かった。俺の努力など、溢れる才能の前では無力に等しいわけだ。やれやれ、実力主義の勇者パにふさわしい判断である。

 深いため息と共に、俺の中からやる気と活力、あらゆるエネルギーが抜け出ていく。


「カフク……すまない、僕たちの目的は魔王討伐。至上命題を果たすためには、さらなる戦力が必要なんだ。四人目にきわめて眩しいタレントの逸材を加入させたい」

「ナギサは勇者で、リーダーだろ。ちゃんと言えよ! 同情はいらない! 俺はお前の真の仲間じゃなかったってよ!」


 ナギサの柔和な笑みはなるほど、女性にはたいそう魅力的に映る。

 しかし、この場においてはヘラヘラとした事なかれ主義の権化だ。

 幼馴染の俺は最後まで、こいつの本音を引き出せなかったと悟ってしまう。


「……リーダーの決定だ。バックパッカー・カフクは、著しい能力不足とパーティーメンバーの信頼性を大いに損ねた。改善の余地がなく、よって本日付で追放処分とする!」

「反論の余地もないな」


 ナギサの諦観の念を感じ取り、俺に抗議する熱量など残っていなかった。

 これ以上、冷ややかな視線で部屋の空気を凍らせるのは忍びない。

 勇者パと部外者ゆえ、可及的速やかに退散しよう。

 俺がくるりと踵を返したタイミング。


「アンタ、ちょっと待ちなさいよ」

「何か用ですか? 元同僚のハレルヤさん」

「えぇ、追放されたカフクさん。持ち逃げなんて許さないから」


 意味が分からず首を傾げた俺に、先方はベッドで足をブラブラさせながら。


「あたしたちが! ダンジョンで手に入れた武具にアイテム! 稼いだゴールド! 懐に入れたままでしょ? ちゃっかりコソ泥するなら、うっかり燃やすけど?」


 手のひらで大きな火の玉を転がした魔法使いが真顔でうそぶいた。


「さっさとこの場から出ていくことばかり考えてた。全部返すよ」


 俺は背負っていたバックパックを逆さに揺らしていく。剣や杖、ポーションに書類、袋にぎっしり詰まった金銀銅貨が床に散らばった。


「すごい、随分と保管していたんですね」

「あなたたちの活躍に応じて、容量増加スキルを取ったんだ」

「まあ、高級なマジック鞄を購入すれば代用できますね」

「違いない」


 追放された以上、何を言われてどう侮られようが至極どうでもいい話だ。


「アハハ、荷物持ちがお荷物でした! ほんと、アイテム係に相応しいオチじゃない? アンタ、田舎に帰って芸人目指せばいいんじゃない? 道化としては優秀よ!」

「俺の人生最大の一発芸だ。飲み会のお笑い種に使ってくれ」

「フン、面白くない返しね。超ウケる」


 ハレルヤは俺に興味を失ったらしく、ベッドへ大の字に寝転んだ。

 俺も喧しい奴との今生の別れが寂しいぜ。永久離脱最高っ!

 足早に階段を下りていけば。


「僕たちが必ず、平和な世界を勝ち取るから。故郷の皆を、頼んだよ」


 そう言って、勇者は一文無しの無職へ申し訳程度の餞別を握らせた。

 流石に可哀そうと思ったらしい。一応、今まで一緒に冒険した仲間だったし。

 田舎に帰ろうにも、先立つものは必要。ありがとう、この屈辱もとい温情を忘れない。


「あぁ、恩に着」


 バタンッ!

 顔を上げた瞬間、すでに彼の姿はなく、部屋のドアが固く閉まっていた。


「ざけんな……っ!」


 俺は頭に血が上り、咄嗟に金貨を床に投げ捨て――られなかった。

 震える腕を押さえつけ、再びしっかりと握りしめた。

 金は必要なのだ。無力な俺には、なおさら。

 俺はけっして振り返らず、宿を、村を、後にした。

 勇者パーティーを追放された俺の行方など、本人さえ知る由などなかった。


 …………

 ……

 唯一断言できるのは、これが俺の妄想であること。

 目下、勇者パーティーの後方支援カフクって奴はさあ。


 こんな追放劇を思い浮かべていますとも!

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